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先日、たくさん貰ったお野菜の中にこんなモノが・・・ |
私事ですが・・・(回想録)
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妻と義父がICUを出てまた暫く眠った。別に疲れているという感覚ではなかったが、ホッとしたというか気が抜けたというか・・・やはり神経はそうとう疲れていたのかな、点滴にも精神を安定させる薬なども入っていたのか、よく眠れた。その後目覚めてから改めて自分の姿と廻りを確認してみると、部屋は大きな窓とベットが六つあり、この日は私だけしか居なかったが、当然一般病棟より殺風景な、あとはカーテンで仕切るだけの部屋です。私のベット周りは、モニターのついた心電図らしきもの、これは私の腕についたベルトで定期的に血圧や心拍数を測って表示している。点滴が2本、頭のところには太いシリンダーのようなものがあり、私の頭と管がつながっている。これは脳内に流れ出た血を洗浄した際の薬や脳水を流しだしているもの。まだ術後間もないのでうっすらと血が混じり濁っている。あとは当然のことながら暫くはトイレにも立てないので、強制的におしっこを出すように尿管に管が通っている。身体はこんな状態。 |
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昨日のテレビで天国からの手紙というのをやっていた。江原啓之さんの出る番組が大好きな妻は、昨日もタオル片手に見ていた。私もこの人が好きで、機会があれば診てもらいたいものだと思いますが、この番組を見ているとつくづく自分は運が良かったと感じます。死というものは必然として人に訪れるものだけど、それがいつどんな形で現れるのかはわからない。そして死を目の当たりにしたとき、本人が想像もできないほどの影響を世に残してしまうものです。そのことについてどう思うかなど、ましてや死人を責めることなどできはしない。だからこそ残された家族や大切な人たちが自身との葛藤の中で苦しみ、悩み続ける。 |
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何時間後だったのだろう・・・目を覚ますことができた。ちゃんと生きていた。自分の姿はわからないがここはICUらしく私の周りには多くの機材があり、点滴も2本ぶら下がっていた。とにかく生きていたし、意識もしっかりいていた。まずはホッとしていると私が起きたことに気づいた若い看護師が、気分はどうかと声をかけてきた。「腹へった。」が第一声だったと思う。看護師はクスッと笑って「食欲があるようなら問題ないですね。」と、食事の手配をしてくれた。暫くしてお粥が届けられ、まだ身体が思うように動かない私に看護師はお粥を口へ運んでくれた。味も何もないお粥だがけっこう食べれた。もうその時点では自分の身体に不安はなかった。 |
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手術の段取りを聞いても麻酔がかかればあとは分からないので、「はいはい」と聞いているだけだったが、といっても点滴の安定剤か何かの影響でずっとボーっとしてるだけで覚えていないけど、それに手術前のあの部屋に誰かが来たのかどうかも覚えていない。ましてや病院へ来たのが朝9時過ぎで、その後どれくらいの時間がたっていたのかもわからなかった。ただ記憶にあるのは文字通り頭を開く手術なので、院内のある床屋さんがきて頭を丸められてたことだけだ。動かせないので横になったまま頭を持ち上げられバリカンで丸坊主に、それからシェービングクリームを塗られてカミソリでつるつるに。ボーっとする頭の中でも何となく情けなさを感じたものだった。今思えは記念に写真でも撮っておけばよかったと思うけど、もしかしたら最後の写真がそれになったかもしれないんだからやっぱ撮らなくて良かったかな。 |





