私事ですが・・・(回想録)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

変な・・・?

イメージ 1

先日、たくさん貰ったお野菜の中にこんなモノが・・・

ジャガイモです。

変でしょ?

妻と義父がICUを出てまた暫く眠った。別に疲れているという感覚ではなかったが、ホッとしたというか気が抜けたというか・・・やはり神経はそうとう疲れていたのかな、点滴にも精神を安定させる薬なども入っていたのか、よく眠れた。その後目覚めてから改めて自分の姿と廻りを確認してみると、部屋は大きな窓とベットが六つあり、この日は私だけしか居なかったが、当然一般病棟より殺風景な、あとはカーテンで仕切るだけの部屋です。私のベット周りは、モニターのついた心電図らしきもの、これは私の腕についたベルトで定期的に血圧や心拍数を測って表示している。点滴が2本、頭のところには太いシリンダーのようなものがあり、私の頭と管がつながっている。これは脳内に流れ出た血を洗浄した際の薬や脳水を流しだしているもの。まだ術後間もないのでうっすらと血が混じり濁っている。あとは当然のことながら暫くはトイレにも立てないので、強制的におしっこを出すように尿管に管が通っている。身体はこんな状態。
そんなこんなしているとズキズキと頭が痛み出した。その痛みはだんだん強くなり、頭を強く締め付けるように苦しくなる。思わず「ううぅ」と声が出るほどだ。2〜3分その痛みが続き、だんだん引いてくる。その間5分くらいだろうか、これは術後はじめに目覚めたときにはまだ麻酔の効果で感じなかったのかもしれないが、これからこの痛みは30分おき位の周期で襲ってきた。それから数日この痛みと付き合わなければならなかった。
これは脳内の薬や血液を脳が異物と感じ脳圧が不安定になり起こるものらしいが、かなり辛いものだった。それに加えて何時間かに一度、頭とつながっている管から直接脳内へ薬を入れる。これはもっと辛く、頭痛の周期が5分から10分になり、その痛さは熱いような感覚が加わりかなりきついものだった。夜は痛み止めをもらって眠ったが、それもたまに数時間で切れてしまうことがり、連続で痛み止めをもらうこともしばしばだった。

私事・・・余談 1

昨日のテレビで天国からの手紙というのをやっていた。江原啓之さんの出る番組が大好きな妻は、昨日もタオル片手に見ていた。私もこの人が好きで、機会があれば診てもらいたいものだと思いますが、この番組を見ているとつくづく自分は運が良かったと感じます。死というものは必然として人に訪れるものだけど、それがいつどんな形で現れるのかはわからない。そして死を目の当たりにしたとき、本人が想像もできないほどの影響を世に残してしまうものです。そのことについてどう思うかなど、ましてや死人を責めることなどできはしない。だからこそ残された家族や大切な人たちが自身との葛藤の中で苦しみ、悩み続ける。
もし自分があそこで死を迎えていたら・・・この番組を見るたびに胸が痛み、生きていることに感謝している。と同時に生かされた人生なのだから、もっとしっかり生きなきゃ、ちゃんと家族や支えてくれた人たちに恩返ししなきゃ・・・と、別な胸の痛みも感じる。一昨日のテレビでは、レーサーの太田哲也さんの話が出ていた。レース中に大事故に遭い、大火傷をおって生死を彷徨った体験。今は自動車評論家として、また、私も大好きなアルファロメオでレースをしている。この人の本は私も読んだ。同感だなぁ・・・と感じながらもなかなか真似するのは難しい・・・

何時間後だったのだろう・・・目を覚ますことができた。ちゃんと生きていた。自分の姿はわからないがここはICUらしく私の周りには多くの機材があり、点滴も2本ぶら下がっていた。とにかく生きていたし、意識もしっかりいていた。まずはホッとしていると私が起きたことに気づいた若い看護師が、気分はどうかと声をかけてきた。「腹へった。」が第一声だったと思う。看護師はクスッと笑って「食欲があるようなら問題ないですね。」と、食事の手配をしてくれた。暫くしてお粥が届けられ、まだ身体が思うように動かない私に看護師はお粥を口へ運んでくれた。味も何もないお粥だがけっこう食べれた。もうその時点では自分の身体に不安はなかった。
お粥を食べさせてもらいながら看護師からこんな質問があった。「院長とはお知り合いなのですか?」、「どうして?」と返すと、どうやら私の手術中に数回、経過を確認に手術室へ電話があったようで、そのことからのようだった。この県立病院の院長と私の義理の父、つまり妻の父親は古くからの友人で、院長の自宅は妻と同郷、家族ぐるみのお付き合いをしていた関係で義父が私が入院したことを聞き、院長へ直接確認したのだった。後から聞いた話だが手術も予定の時間をかなりオーバーしていたため(6時間以上かかったらしい)、何度も院長へ確認していたとか・・・そのため院長も私の手術経過を直接確認していたので、周りの看護師もどういう関係なのかと思っていたらしい。
お粥を食べ終わった頃、妻と義父が私のもとへ来てくれた。ここはICUなのでちゃんと白衣と衛生帽をつけて。不安そうな妻の顔を今でも覚えている。義父の「どうだ?」の声に「すいませんでした」としか答えられなかった。妻も泣き出しそうなのをこらえていたのだと思うが、私もそれ以上言葉を出したら泣き出しそうで怖かった。途切れ途切れに二言三言会話を交わして、疲れるから休んで・・・と、二人は出て行った。後から看護師に言われたのだが、手術から術後のこのICUで目覚めるまで、待合室には身内や友人、仕事関係の人、そうとうの人数が居てくれたらしい。それを聞いて自分の身に起こったことの重大さをあらためて感じ、感謝の気持ちでいっぱいになった。

私事・・・4 手術準備

手術の段取りを聞いても麻酔がかかればあとは分からないので、「はいはい」と聞いているだけだったが、といっても点滴の安定剤か何かの影響でずっとボーっとしてるだけで覚えていないけど、それに手術前のあの部屋に誰かが来たのかどうかも覚えていない。ましてや病院へ来たのが朝9時過ぎで、その後どれくらいの時間がたっていたのかもわからなかった。ただ記憶にあるのは文字通り頭を開く手術なので、院内のある床屋さんがきて頭を丸められてたことだけだ。動かせないので横になったまま頭を持ち上げられバリカンで丸坊主に、それからシェービングクリームを塗られてカミソリでつるつるに。ボーっとする頭の中でも何となく情けなさを感じたものだった。今思えは記念に写真でも撮っておけばよかったと思うけど、もしかしたら最後の写真がそれになったかもしれないんだからやっぱ撮らなくて良かったかな。
その後はもう麻酔が始まって、その部屋以降の記憶が無い。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.

ブログバナー

cot**o330
cot**o330
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事