「コッツプレイス」 の ブログ

どこか行きたいね。 どこがいいかな。

旅行記

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2019年5月26日
   
桜島を「サクラジマアイランドビュー」で観光しています。
 
散策しながらやってきたのは、赤水展望広場です。
 
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「叫びの肖像」が見えてきました。
 
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残念なことに逆光なので正面から撮れません。
    
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2004年8月に行われた長渕剛桜島オールナイトコンサートを記念して、桜島赤水採石場跡地で制作されたモニュメントです。
 
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東京在住の彫刻家、大成浩氏が中心となって、桜島の溶岩で制作したのだとか。
  
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桜島に向かって雄たけびを上げる男性の顔と、ギターのネックが印象的です。
 
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その視線の先には桜島が聳え立っています。 
 

  
 

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2004年8月21日に長渕剛の故郷、鹿児島桜島で行われた 「桜島 ALL NIGHT CONCERT」。
 
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人口約4,700人の桜島町に、全国から約75,000人ものファンが大集結した伝説の屋外ライブです。
 
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この日は、長渕剛の歌に酔いしれ桜島が揺れたとか
 
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これらの写真は、現地にパネル展示してあったものを撮りました。
 
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彫刻中の写真です、高さ約3.4メートルもあるのだとか。
 
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大きすぎて、全体を撮れなかったので、パネルの写真をあげておきます。
 
眼下に錦江湾や鹿児島市街地を望み、背後には雄大な桜島がそびえる、抜群のロケーションに「叫びの肖像」があるのです。

 



2019年5月26日
  
桜島周遊バス「サクラジマアイランドビュー」で烏島にやってきましたが、
次のバスまでは30分あるのです。
 
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なので、次の停留所(赤水展望広場)まで歩くことにしました。

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ここから赤水展望広場までは約700m、十分歩ける距離ですよね。
  
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遊歩道も整備されていて、歩きやすくなっています。
 
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溶岩の固まった岩肌を見ながら自然林の中を歩きます。
 
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メイン道路に出ましたね、あの街路灯はもしかして・・・・・・。
  
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桜島にパイナップル・・・・・いやいや、桜島大根ですね。
 
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溶岩の形が奇抜ですね。
 
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たぬき岩だったとは・・・・ たぬきさんに見えますか〜
 
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散策道からもしっかりと桜島が見えています。
 
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桜島には19の河川が島の中心から放射状に分布していますが、水無し川なんですね。
 
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火山灰が多く堆積しているため、少ない降雨でも土石流が発生しやすくなっているそうです。
この枯れ川は、土石流を流すための川なんですね。
 
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さあ、赤水展望広場まであと少し・・・・・
 
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広場では、長渕剛さんの桜島オールナイトコンサートの記念モニュメントが待ってます。
 
その様子は、また明日!!
 
 
2019年5月26日
 
桜島の北側を走る市営路線バスで黒神埋没鳥居を観光した後、桜島港まで戻ってきました。

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今度は、桜島周遊バス「サクラジマアイランドビュー」に乗り換えて観光を続けます。
 
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「サクラジマアイランドビュー」は桜島周遊バスといっていますが、鹿児島港のあたりを周遊するだけなんです。

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なので黒神埋没鳥居に行くためには市営路線バスじゃないとダメなのでした。
  
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今度は、桜島港からバスに乗り、烏島展望所で下車します。
 
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烏島展望所にやってきました。
どこからでも桜島がよく見えますが、烏島展望所は特別な場所なんですね。
 
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石碑に刻まれていた文字は「烏島この下に」
100年以上前は桜島ではなくて烏島だった場所なんです。
 
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大正3年の大噴火で、桜島の中腹から流れ出た溶岩により、烏島が埋もれてしまったのです。
 
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急の桜島は、大丈夫でしょうか。
火山灰で少し山肌が白くなってますが・・・・・大丈夫ですね。
 
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薩英戦争砲台跡の看板もありました。
1863年の薩英戦争の時三門の大砲が配備されており撤退するイギリス艦隊と交戦します。
 
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もともと烏島は鹿児島湾沖にある島でしたが、大正3年の桜島大噴火の溶岩によって埋まり桜島に取り込まれてしまいました。
もちろん、砲台跡も溶岩の下にあるのですよ。
 
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そして、溶岩原は、段々と森になっていくのです。
桜島の溶岩原は、人間の手を一切加えず、自然のままの状態に保護しています。
噴火から100年を経て溶岩原の主役はクロマツになっています。
  
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最初にコケが生育し、草がたくましく根を張ります。
そして、クロマツが林をつくるまでになりました。
 
さて、アイランドビューバスが30分毎なので、時間が余ってます。
ならば、次の停留所(赤水展望広場)まで歩きましょう。

ここからは遊歩道が整備されており、700m程歩くだけで到着します。 
それでも、次のバスに十分間に合いますね。 

つづく
2019年5月26日
 
桜島港から、桜島の北側を走る市営の路線バスに乗り、黒神中学校前で下車しました。
ここには、黒神埋没鳥居を観光するためにやってきました。

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大正3(1914)年の桜島大噴火で噴出した大量の火山灰・軽石は、上空8000m以上まで上昇し、火山灰は遠くカムチャッカ半島まで飛んでいったそうです。
 
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そんな大正大噴火の猛威を如実に物語るものが黒神埋没鳥居です。
  
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現在は、火山灰に埋もれてしまって、絶対にくぐることが出来ない鳥居となってます。
  
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埋もれているのは、黒神地区にあった「腹五社神社」の鳥居です。
大正の大噴火で、たった1日のうちに軽石や火山灰に埋め尽くされました。
 
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もともと高さ3mあったという鳥居ですが、今は笠木部分の約1mを地上に見せるだけとなっています。
 
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当時の様子がわかる写真も展示してありました。
 
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埋まった直後の鳥居の写真ですね。
大正の大噴火では1ヶ月にわたって計30億トン以上もの溶岩が噴出し、神社のあった黒神村全687戸も同時に埋もれてしまいました。
 
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噴火がおさまった後、住民達は神社の神聖な鳥居を掘り起こそうとしたそうです。
 
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しかし、当時の村長「野添八百蔵」氏が、「後世に噴火の記憶を残そう」と決断し現在に残されているのです。
 
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鳥居を潜って(間違えました、避けてですね)参道を先に進むと・・・・・
黒神中学校の渡り廊下が交差しています。
 
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中学校のすぐ近くにあるため、毎朝始業前に全校生徒で黒神埋没鳥居のボランティア清掃活動をしているそうです。
 
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大噴火にも耐え、奇跡的に生き残ったアコウの老樹もしっかりと根付いてました。
 
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外観は質素な本殿です。
 
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開いている扉の中を、ちょっと覗いてみましょうか。
 
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中は・・・・・、奥行きもあって意外と広いです。
 
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参道の脇には、いろんな社も祀られていました。
 
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こちらは、石の祠に守られているような仏像です。
 
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よく見たら、左手に子供を抱いているではありませんか。
右手は・・・・巾着袋!?、それとも桜島大根!?
違うかな〜
  
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桜島火山ハザードマップも掲示してありました。
 
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ジオを体感できる場所の掲示板も!!
 
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防災新聞もパネルになって、避難三原則を呼び掛けてます。
 
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桜島の誕生物語もパネルになっています。
 
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すわ〜噴火だ〜・・・・
 
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いいえ、パネルの写真でした。
でも、そんな時は退避壕があるんですよ。
 

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退避豪には小窓があって・・・・・
埋没鳥居の方が見えるようになってました。
 
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最近では、荒天時を想定して、バス島外避難訓練もされているようです。
 
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日頃から、避難訓練をしておくことは大事ですよね〜
 
黒神埋没鳥居は、これからも大噴火のすさまじさを後世に伝え続けていくことでしょうね。
 


2019年5月26日
 
桜島港から黒神埋没鳥居に行くには、桜島の北側を走る市営の路線バスに乗り、黒神中学校前で下車します。
黒神中学校前まで直接行くバスは、桜島港を13:21に発射するバスでした。
 
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観光客は・・・・・いませんね〜。
  
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地元の方ばかりの路線バスに乗り、海を見ながらのんびりと揺られるのもいいもんです。
  
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バスが通る道としては、細いんですね。
対向車が来たら待避所が無いとすれ違えない。
  
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でも・・・・・対向車は皆無なんですよ。
のんびりとした田舎道のようですね。
  
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西浦ノ前のバス停から見えたのは、新島(しんじま)です。
新島とは、安永8(1779年)の桜島の噴火でできた、生まれて240年くらいの新しい島のことです。
 
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多いときでは200人もの人が住んでいて、数年前までは住民がいましたが、いまは無人島だそうです。
 
桜島の河川を横断します。
  
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桜島の河川は、水無川とよばれ、水が流れていませんが、活発な火山活動のため、少ない降雨でも土石流が発生し、下流域まで流出した土砂が住民や人家に被害を及ぼすのだそうです。
  
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13:54、黒神中学校前のバス停で下車しました。
ここからだと、黒神埋没鳥居がすぐ近くのはずです。
下車したら、帰りのバスの時間を確認しておきます。
 
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帰りに乗車するのは、14:20の東白浜行きですね。
東白浜に14:47に着くので、14:47の桜島港行きに乗り換えるのです。
 
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桜島の、南岳山頂火口及び昭和火口から半径2kmの区域は立ち入り禁止なのですが・・・・・・
ここ、黒神地区は昭和火口まで3.8kmなんですよ。
  
最寄りの避難港の表示とか、退避豪を目の前にすると・・・・・・・
おぃおぃ、大丈夫か〜!!!

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でも、そんな黒神地区にも、中学校があり、住民の皆さんが普通に生活しています。
 
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黒神中学校は、内閣総理大臣賞も受賞しているとか・・・・・
それは何かというと・・・・・
 
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毎朝始業前に全校生徒で行っている黒神埋没鳥居のボランティア清掃活動を、昭和22年の開校当初から70年も継続しているから。
 
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全校生徒といっても、今は数名の生徒なんですよね〜
伝統のボランティア活動が光ってますね。

明日は「黒神埋没鳥居」をご紹介します。

つづく

 

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