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「ああそうそう、ひとつ言っとかなきゃいけない事がある」
急に真面目な顔になって重々しく宣言するシヌに、ユファはおもわず背筋を伸ばした。
きょろきょろとあたりを見回してから、シヌは身を乗り出してユファの耳に口を寄せると小声で囁く。
「俺がA.N.JELLのシヌだってこと――シヌと知り合いだってことは人に言わないって約束して」
「…え、あの…」
「俺にとっても君にとってもリスクが大きいからだ。わかるね?」
「なんとなくは」
「うん。じゃあ約束してくれるね?」
「ハイ」
ユファが素直にこくっと頷くのを確認すると、シヌは笑って頭をなでた。
*
そこから先は、たわいもない話に延々と花が咲いた。
基本的に仕事で忙しく、世間話をするような相手もいない――テギョンもジェルミもミナムも、忙しいという点では同じだったし、どうしても顔を合わせれば音楽の話になってしまっていた――シヌにとって、ユファの話はとても生き生きとしていて、面白かった。退屈に飽きたシヌの目には、ユファがとても魅力的に映った。
ユファにとってもそれは同じで、勉強ばかりしていた自分とはまったく違う世界に生きるシヌという存在がとてもまぶしかった。そして、出会ったばかりのまぶしい人が、自分の話を楽しそうに聴いてくれるのが嬉しかった。
生まれて初めてやってきた韓国という地、これから始まる新生活に覚えていた不安が、しゅるしゅるとほどけていくような気さえする。
全く違う世界に住む2人の話は弾み、ふと外を見れば空は鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
「あ、もうこんな時間・・・」
「ホントだ。じゃあそろそろ帰ろうか」
予想外に長いこと話しこんでいたことに気付き、あわてて席を立つ。
でもその前にやっておくことを思い出してシヌがユファに声をかける。
「ね、携帯かして」
きょとんとしているユファに向かって右手を差し出し、左手にある自分の黒い携帯を振って見せる。
「アドレス。交換しないと、もう連絡つかなくなっちゃうよ?」
「ああ、なるほど」
ごそごそとカバンをあさって白い携帯を引っ張り出し、シヌに渡す。
シヌは背面を合わせて赤外線通信をしてアドレスを交換すると、ユファの携帯に自分の名前を打ち込んだ。
「…シヌオッパ?」
はい、と返された携帯のアドレス帳を確認してユファは小首をかしげた。
「あの…」
「ん?」
「なんで『オッパ』なんですか?」
「『オッパ』の意味は知ってる?」
「えと、old brotherですよね」
「あ、そこ英語なんだ」
「だって日本語言ってもシヌさんわかんないでしょう?」
それもそうだ、と笑う。
「これからはさ、『シヌさん』じゃなくて『シヌオッパ』って呼んでよ」
「兄妹じゃないのに?」
「うん。そういうもんだから、いいんだよ」
「ふうん…わかりました、シヌオッパ」
納得したのかしていないのか、微妙な表情で頷くと、ユファは携帯をカバンにしまった。
そのまま店を出て、駅でわかれる。
(――シヌオッパ、か)
オッパという響きは耳に心地よい。
本当はミニョに呼んでもらいたくて――でもそれは結局かなわなくて。
けれど、いつまでもミニョにこだわっていては先に進めない事もシヌには痛いほどよくわかっていた。
どうしたってミニョは、自分のものにはならないから。
だから、先に進むために、ユファにオッパと呼んでもらった。
半ば強制的に呼ばせたようなものだったけど、自分をオッパと呼んでくれる人ができたことが素直に嬉しい。
メトロに揺られながら満足げに微笑むと、シヌは座席に体を沈めて目を閉じた。
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