おさんぽ日和

のろのろと再始動・・・してみようかと(・・;)

短いお話

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<嘘のゆくえ>後篇

僕が、何故これほどまでにこんなややこしい佑子にこだわるのか。

それは、佑子と知り合ったきっかけになった、ある合コンにさかのぼる。
互いに集まった男女十人が、ひとつのテーブルを挟んで自己紹介から始まるそれは、僕としては最初からあまり興味のないものだった。
限られた時間のなかで理想の女性なんて、どうして探せるものだろう。
異性に興味がないわけではないけれど、こういう集まりの苦手な僕は、いつでもひとりその場で浮いてしまう。

何度目かの席替えで、僕は佑子の幼馴染という女性と隣り合わせになった。
その女性は、最初から僕に興味が無かったのだろう。
自分をアピールすることよりも、佑子のことについてあれこれ喋り出していた。
なぜ佑子なのかと問うと、僕の雰囲気がどことはなしに佑子に似ているからと言う。
そう言われて覗き見た佑子もまた、見るからに怪訝そうな顔をした女性だった。
なるほどなと納得はしたものの、僕にとっては少々の不満は残る。
けれど、幼馴染だと言う女性の会話の上手さに引きずられるように、そのまま僕は話を聞き続けることになったのだった。


佑子の両親は今もって健在だが、八年前に別居している。
夫婦仲が悪いのは物心ついた時から相変わらずらしく、佑子はそんな二人の仲を取り持とうと幼い知恵を振り絞ってあれこれ取り成していたらしい。
父の仕事での憤りや、母の感情の掃き溜めになった幼い子が、どうやって人間として正常な感情を保てたのか。
それは、それぞれの前で、それぞれの気持ちに同意することに気づいてかららしい。
唯一、佑子の心の拠り所になったのは、一体の大きな犬のぬいぐるみだったそうだ。
その心のよりどころだったぬいぐるみが、高校生の頃に母が処分するという事件が起きた。
幾年も佑子の涙を拭ってくれたぬいぐるみも、耐久年数は大幅に過ぎていたのだろう。
あちこち汚れ、ほつれの目立ったぬいぐるみを捨てた母の気持ちも分からないではない。
が、そのことにより佑子はかなり荒れてしまう。
両親の仲を取り持っていた佑子の精神状態が不安定になると、両親を繋ぎ止めるものはもう何ひとつ残っていなかった。
まるでタガが外れたように、あっという間にバラバラになってしまったそうだ。
両親は互いに好き勝手な行動をとり、家には寝るためだけに帰ってくる。
一戸建ての広いリビングには、もう誰も集まらなかった。
佑子もまた、自室にこもりっきりになっていたらしい。
その後は、大学進学を機に自らその家を出たのだそうだ。


目の前に並んでいる数種の皿から、あれこれつまみながら話すその女性は、別段裕子のことに関心があるわけではなかった。
裕子が可哀相だとか、同情するだとか、そういう言葉は全く出てこない。
きっと幼馴染と言うだけの、ただのおしゃべり好きな人なんだろう。
今日はたまたま裕子が同じ場所にいるということで、これまたたまた同じ雰囲気の僕に話しただけと思われる。

そんな裕子の過去話は、僕にとってはあまりにも衝撃的な話だった。
育ってきた佑子の環境と、その時の気持ちを考えると胸が詰まる思いがしたものだった。
温かな両親に育まれ、たいした行き違いも無く今日まで過ごしてきた僕は、それがあたりまえのように思っていたことが、逆に恥ずかしくなるほどだったのだ。


* * * * * * * * * * *



彼女からのメールを全て読み終えた佑子は、黙ったままで冷えた缶ビールを出してくれた。
自分では飲まないくせに、ちゃんと冷蔵庫に準備しているあたりがなんとも哀しい。
もちろん、アルコールを飲むような場合で無いのは分かっている。
が、気まずい雰囲気に耐えられず、僕はプルトップを引いていた。
瞬間、わずかに上がった炭酸の飛沫が頬に当たる。
そんなわずかなことが、逆上せた僕の頭と心を、ちょっぴりだけど冷静にさせてくれていた。

佑子は、相変わらず何も言わずに僕の前に座っている。
嘘の言い訳もしないが、いつものように僕を睨みつけることもしない。
そんな様子から、今回の嘘については佑子自身も、かなり後悔しているのではないだろうかと僕は思った。
きっと、同僚である真奈美から、僕のことが気になるとかなんとか言われて相談でもされたんだろう。
彼女とは、会社で毎日顔を合わせるのだ。
そんな状況の彼女からの要望を拒否することは、二人の関係を壊すことになると考えたのかも知れない。
それは、過去の哀しい経験から佑子が一番嫌っていることだった。
所詮、僕とは知り合ってまだ五ヶ月ぐらいのもの。
真奈美との関係とは、比べようも無いくらいの希薄さだ。
たとえ僕が好きであろうとも、嫌いになった振りをすることぐらい佑子には簡単な作業だったに違いない。

それに、わざわざ僕にメールをくれた真奈美だって、視点を変えれば根っからの悪人でもなさそうだ。
佑子の複雑な過去は知る由も無いだろうが、妊娠と嘘をついて別れたことを知らされると、それを正直に僕に教えてくれたのだ。
こうしてみれば、佑子はとても素晴らしい友人関係を築いているものだと、遠めに見れば逆に羨ましくさえ思った。

「佑子、嘘はつかない約束だろ。彼女のために、どうしてそこまで嘘をつくかなぁ。結局、僕だけじゃなくて彼女も傷つけてるってこと、ちゃんと認識しなきゃ」

僕は、ピタリと締め切られた吐き出し窓のカーテンを片方に寄せ、窓を一気に開け放した。
途端にひんやりとした夜風が入ってくる。
ビールの酔いはさほど感じてはいないけれど、別の理由で火照っていた身体には心地よかった。

「僕はね、佑子のことをもっともっと知りたいと思ってる。でも、焦ってるわけじゃないんだ。佑子が話したいときに、ポツリポツリと話してくれたらそれでいい。もちろん僕のことだって、佑子に知ってもらいたいしさ」

そう言って振り向いた僕と、佑子の視線が初めて重なった。

「だけど、嘘はいらない。本音で僕にぶつかって、喧嘩して、怒って、泣いて、お互いが傷ついたって構わない。それが我儘というものであっても、僕はちゃんと受け止める。佑子自身が持て余している気持ちを昇華しなきゃ、その先には進めないし、何も始まらないじゃない」


膝を抱えて座り込んでいた佑子が、おもむろに立ち上がった。
すわ、反撃か? なんて思わないでもなかったけれど、佑子は僕の隣にたたずんで夜風に髪を遊ばせ始めた。

「ごめん、高志」

それっきり、佑子は何も言わなかった。
僕も、他の言葉が欲しいわけじゃなかった。
そんなことよりも、あらためて佑子の気持ちが分かったような気がして嬉しかったのだ。
まるで、単純な男の見本みたいなものだけど。



……どうやら僕は、とことん佑子に惚れてしまったらしかった。





<完>

<嘘のゆくえ>前篇

佑子と出逢ってからというもの、僕はいつもイライラするようになった。
あれほど約束したにもかかわらず、嘘をついては僕を戸惑わせる。
けれど、佑子のそれは僕に被害が及ぶとか、誰かを陥れようとするものじゃない。
純粋に僕を思いやってのことだったり、友人の立場を尊重するためのものだったりするから始末が悪い。
僕としても、いつものこととして軽くやり過ごせば良いとは思う。
が、どうしても気持ちがすっきりしないのだ。
やはり、幼い頃から『嘘はいけないこと』としてすり込まれたからに違いない。
僕にしてみれば、いや、一般常識としてだって、嘘は許される行為では無いのだから。


そんな佑子と付き合い始めて、五ヶ月になろうとする日曜日のこと。
僕は、ある災難に出くわしていた。
うな垂れた首筋から、がくっと下がる肩先へのライン。
紛れもない脱力感のオーラ。
そんな後姿の男を傍から見れば、それがどんな精神状態なのかは一目瞭然だろう。
夏の気配さえ感じる空はどこまでも青く、流れる雲は綿菓子のように白い。
街路樹は、そのどれもが一斉に若枝を伸ばし、先端に顔を出した若葉も徐々に深みを増している。
ことさらにパワーを感じるこの季節に、僕は一瞬にして深く淀んだ気持ちを抱えこむことになろうとは思いもしなかった。

「赤ちゃんができたみたい。どうする?」
僕の部屋で、まったりとくつろいでいると思っていた佑子が突然に切り出した。
揺らぎない視線が、僕の胸を突き刺してくる。
香り立つ漆黒の液体で満たされたマグカップを、ご満悦気分で運んでいたその時にである。
たしかに、事の発端は僕にもある。
佑子の告白に、いまさらシラを切るつもりもない。
健全な男性ならば誰しもが持っている欲望を、僕は押し殺そうとはしなかった。
むしろ、二人の意思により自然の流れで……と、説明するのが妥当だろう。
が、いささか僕のひとりよがりな部分も無きにしも非ず。
そこに佑子の同意を確かめることをしなかったのは、否めない事実だから。

街並みを染めつくした夕陽は、カーテンを引いていない僕の部屋の窓辺からも、少しの遠慮もなく入り込んでくる。
立ち尽くす僕の顔を照らすだけでは飽き足らないのか、さほど広くない部屋の壁に添うように、長くて黒い影を作り出していた。
「私、高志と別れてあげる。こんな面倒なことになっちゃったら、なんだか気持ちも醒めちゃうもんね」
なんとか持ち堪えていたマグカップをローテーブル(と言っても、ただの折りたたみの安っぽいちゃぶ台だけど)に置き、正面に座っている佑子の顔をまじまじと見つめてみる。
そして、一口それを喉に流し込むと、僕は佑子に問いかけてみた。
「確かに、付き合って五ヶ月だし、お互いのことも充分に分かっていないと思う。でも、だからといってすぐに別れ話を持ち出すこともないんじゃない?」
手にしたマグカップは、まだほんのりと温かい。
寒くもない季節に、なぜかそのぬくもりが僕の強い味方になっていた。
「融通の利かない人ね。もうちょっと、面白おかしく人生を楽しもうとは思わないの?」
返ってきた返事は、あまりにも素っ気なく冷ややかなものだった。
『妊娠』という事実を、上手い具合に利用しようという魂胆が全く無いからなのだろうか。
男に必死ですがりつこうとはしない佑子の潔さが、ともすれば一瞬で萎えそうになる僕の気持ちを、逆に熱くさせるのだった。


裕子から伝えられた事実に悶々としていた二日目の夜。
僕の携帯に見慣れないアドレスメールが届いた。

――佑子と高志さんって、いったいどんな関係なの?

挨拶も何も無い、唐突な綴りのメールだった。
しかも、なんだか妙に悪意を含んでいて、危なそうな匂いがする。
僕は、それから切れ切れに何度も届くメールから、急いで記憶のピースをはめ込んでみる。
出来上がったジグソーパズル。
それは、橋本真奈美という佑子の職場の同僚だった。
一週間前、佑子と連れ立って入ったスタンドで、彼女とばったり鉢合わせしていた。
彼女の、僕に向けられた視線の、そのねっとりした感じがとても苦手だったことを覚えている。
その時は、ひと言ふた言くらい言葉を交わしただろうか。
彼女には教えていないはずの僕のアドレスは、きっと佑子から聞きつけたのだろう。

――私、佑子からあなたをいただいちゃったんですけど、ご存知でしょうか。

僕をいただく?
明かりを落とした室内に、手元のディスプレイが怪しく光って僕の顔を照らしている。
それをただ呆然と見つめていると、間髪入れずにつぎのメールが着信されてきた。

――こうしてみると、賞味済みのナマモノをいただくようで、なんだか気分が悪いわね。

気分が悪いのは、お互い様だ。
僕は、送られてきたメールを返信モードにすると、急いで文字を打ちつけた。
しかし、その作業も終わらないうちに、またまたメールは着信する。

――高志さんはご存知かしら。佑子の妊娠がデタラメだってこと。

えっ? デタラメ? 佑子の妊娠が? 
僕の思考回路が、急激にそのピッチを下げていく。
問いただす気力は完全に失せていた。

――高志さんが欲しいと言ったのは私だけど、佑子も佑子よね。



しかして妊娠事件の結末が、こんなにもあっけなく解決してしまうとは。
まるで、ジェットコースターのような急展開に、開いた口がふさがらないとはこういうことをいうのだろう。
突然届いたメールに佑子の顔を思い浮かべながら「今度はこうきたか」と、つぶやいた。
それと同時に、今まで経験したことのないような感情がふつふつと湧き上ってくる。
佑子は、また嘘をついたのだ。
それも、僕を彼女に譲るために。
僕は物じゃない。
お中元みたいにのしをつけられ、贈られてたまるものか。
いや、怒りの源はそこじゃない。
佑子のイデオロギーのあり方が問題なのだ。
察するに佑子は、彼女からの要望を断り切れなかったのだろう。
それはそれで、なんとなく分かる。
はたまたこれをきっかけにして、僕と別れようと思ったのかも知れない。
けれど、佑子が僕に嘘をつき、彼女の願いを叶えようとしたことだけは曲げようもない事実なのだ。


怒りの感情を抑えることができなくなった僕は、平日の、しかも真夜中の十一時過ぎにもかかわらず、佑子のマンションにタクシーで乗り付けた。
ドアの前に立った僕は、誰にはばかることなく部屋のドアを激しく叩く。
間もなく、ドアの向こう側からパタパタと慌てた足音が聞こえてきた。
「……どちら様でしょう」
低く押し殺したような佑子の声。
途端に後悔の念にかられる弱気な僕の性格。
けれど、この怒りの気持ちを持続しなければと気持ちを奮い立たせた。
僕は、覗き窓から見えるように立ち位置を調整すると、自分の顔をさらに険しく歪めてみた。
「た、高志……?」
カチャッとチェーンを外す音がして、ドアがゆっくりと開けられる。
そこで僕を出迎えたのは、いつもの高飛車な佑子ではなかった。
黒縁メガネを鼻に預け、怯えるように上目遣いをした、幼い少女の顔だった。
「こんな真夜中にゴメン。でも、どうしても確認しておきたいことがある」
たいがい疑問符付きでの会話が多い僕が、その時はめずらしく、きっぱりと言い切っていた。


初めて通された佑子の部屋は、僕と同じでさほど広くは無かった。
ひと間にキッチン・ユニットバスという、一人暮らしなら至極当たり前のスペース。
なのに、なぜか僕の部屋より広く感じるのは何故だろう。
僕は、部屋を見渡してはっとした。
色物の家具や雑貨がひとつもない。
こんな、シンプルというよりも殺風景な部屋を、僕は今まで見たことがない。
年頃の女性が住んでいるとは到底思えなかった。
……いや、そんなことはどうでもいい。
今は橋本真奈美のことを問い質さなければ。

僕は、何も言わずに佑子の前へ自分の携帯を差し出した。
「さっき届いたメールの五件、読んでみろよ!」
いつにない命令口調の僕。
戸惑いながらも、メガネの縁を押さえながらメールを開く佑子。
くくりつけの棚に置かれた時計の音が、やけに響いてくる。
確実に時は刻まれているはずなのに、そのときの僕には時間の感覚などまったく失せていた。



<後篇につづく>
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数年前、ある投稿サイトに投稿してみた短編ストーリーです。
割合に好評だったんですが、女性の生きざまが突飛過ぎるかも?って批評されました。
正直、自分でもそう思います(苦笑)

novelの方にアップしている長編のお話がちっとも書けていないので
お茶を濁すためにコチラに・・・。
お目汚しですが、時間のおありの時にでも、目を通していただければ幸いです。

「みさきが前に言うとったように、ほんま綺麗やねぇ。さっきから止むことなく散ってるヮ。なんか、勿体無いって思うのに、いつまでもこうして散っていく桜を見てたい気分やなぁ」

彼の腕に捕まったままの私だったけれど、それでも何度か、すり抜けようと抗ってみる。

が、その度に彼の腕は緩むことなく、一層強く縛り付けた。


 ……そんなに離したくなかったのなら、どうしてその腕を緩めたりなんかしたのよ。

 ……いつもこうして、貴方の腕の中にいたかったのに。


そんな愚痴のようなつぶやきが、未練たらたらの私の体を駆け巡る。



頭上の桜は、もう限界なのだろうか。

私の焦りにも似て、まるで業を煮やしたように、殊更にはらはらと海に零れ落ちていた。


「なぁ、みさき。俺、初めてお前に言うけど、今まで何度も何度も、お前の気持ちを確かめるようなことばっかりしてきた気がするヮ」


私は、これまで聞いてきた彼の言い訳とはまったく違う色合いを敏感に感じ取った。

普段あまりおしゃべりではない彼が、自ら言葉を重ねようとしている。


確かに、反省すべきところは私にだって多々ある。

頑固で短気。おまけに傍若無人。

きっと彼にだって、私を持て余すことがあったに違いない。

そういえば、彼の言い訳ばかりで、私を責める言葉は一度も出てこなかったことに初めて気がついた。


「結局、自分に自信が無かったんや。お前が俺に尽くしてくれればくれるほど、その裏側を勘繰ったりして。ほんま、情けない男やな」


そんな、彼の本音とも言える言葉に同調するかのように、ちょうど良いタイミングで吹いてきた風に誘われて、目を見張るような花びらの乱舞が始まった。


「わぉっ! ほら、見てみ。すごいなぁ〜。すっごい綺麗やわ」

彼らしいボキャブラリーのない台詞とともに、思わず私を揺さぶる。


 ……わかってる、そんなことくらい。私はこの歳になるまで何度も見てきたんだから。

 ……こんなに綺麗で、こんなに哀しい風景を教えたのは、あなただけなのよ。

 ……私にとってあなたは、それだけ唯一無二な存在なんだから。

 ……でも、だからこそ、あなたにすがり過ぎていたのかも知れないね、私。



「すごいなぁ。みさきは毎年のように見てたんやろなぁ。ちっちゃい頃からこんなん見て育ったからこそ、感性豊かで澄んだ心の持ち主に成長したんやろな」


そこまで白々しいことを言われると、私もいよいよ知らんぷりしていられなくなる。

こんなにお世辞の上手な人だっただろうか。

いくら私の機嫌を治したいからといっても、いい加減、持ち上げ過ぎだ。



……ったくもう。

これ以上、彼を懲らしめると罰が当たってしまう。

少々の反省をしながらも、私はすっかり彼のペースに乗せられている。

でも、それはそれで心地よいものがあったりして。

そこがまた、彼の人の良さであることは重々承知の上。



私は、それまでひと言も発しなかった重い口をそろそろと開いた。


「それ、本気で言ってんの? 本当は、頑固で可愛げが無いって思ってるくせに」


私は、未だに彼の腕の中で毒を吐いた。

刺々しく、可愛げのない言葉だけれど、既に心は彼を許している。

私の気持ちの変化に、彼も気づいていることだろう。

今までのそれとは違い、私を捕らえている彼の腕には、微妙な力が加わったような気がした。

彼の温もりを、あらためて背中に感じながら、少し気持ちに余裕ができたのか、私は自然に頭上へと視線を向けていた。



陽が落ち、少々薄暗くなってきた景色の中にあってさえ、桜の花だけはなおもくっきりと白く浮き上がっていて、まわりに決して負けていない。

凛とした美しさが、そこには確かにある。

ともすれば自分を見失いそうになる世の中で、この桜のように凛とした生き方をしなくてはと、ふと自身を恥ずかしく思う一瞬だった。


「いや、ほんまにそう思ってるよ。俺、嘘はつけん性分やし」


そう言いながら彼は、私の頬に自分の頬を近づけてくる。

……熱い。

きっと、あの日のように耳たぶまで真っ赤にしているんだろう。

逆に私の頬はといえば、すっかり冷え切っていたらしく、あまりの冷たさに驚いた様子の彼だった。



今まで、律儀にずっと持っていたビニール傘を無造作に足元に落とすと、今度は両腕でしっかりと私を抱きしめてくれた。


「こんな冷たなって。風邪ひくやん」

「今まではね。そう、今まではすっごく寒かった。ケンの胸にぽっかり開いた穴から、風がヒューヒューと音を立てて私を攻め立ててたから」

「穴が開いてた? 俺の……ここに?」


そう言うと、彼の悪戯な親指が私の心臓の辺りをつつく。

私は、あわててその指に自分の指を絡めた。

胸元に置かれた彼の大きな手は、今も変わらず温かい。

私は、ふと、その温かさに懐かしさを感じていた。

この温もりから一時でも抜け出そうとしていたなんて信じられないけれど、私はこうしてまた、彼のこの温もりに帰って来た。

そう思うと、ただただ単純に嬉しい私だった。


「そうよ。でも、もう大丈夫みたい。この桜の花びらが、あなたの胸に開いた穴をすっかり塞いでくれたの。ほら、障子の破れをね、桜の花びらの形に切った障子紙で貼り付ける、みたいな?」


私は、いつの間にか彼の手の甲に貼り付いていた花びらを摘み取って、目の前でひらひらとして見せた。


「障子紙ぃ〜?」


思わず素っ頓狂な声を上げた彼は、きっと私の予想通りの表情をしているに違いない。

その顔を想像するだけで、思わず笑えてくるから不思議。



そういえば、笑うのは久し振りだったような気がする。

こんなんじゃ、きっと誰かれかまわず当り散らしていたんだろうな。

人間が出来ていないのは、彼じゃなくて私の方だ。


「ま、こうなったら障子紙でも何でもええヮ。こうして、みさきの笑顔が見れたんやからな。俺はそれだけで満足やし」


のうのうと言ってのけた彼の照れくさそうな笑顔を、さっきからくっつけたままの自分の頬で感じ取れることが嬉しかった。


今まで張り詰めていた感情が一気に緩んだのか、私の頬には自分でも知らないうちに涙が零れていたようだった。

そのことに先に気づいた彼は、とても自然にその涙に口づけてくれたあと、


「なに泣いとんねん。らしくないで」


と、その優しさをいつものようにおちゃらけで切り返してきた。


「な、なによ、いきなり。強がり女を泣かせるなんて、ケンのほうこそ相当なワルだわ」


そう言うと、今まで後ろ向きだった体勢をくるりと変え、私は彼の胸板をトンと軽く突いた。





海へと儚く零れた桜の花びらは、波間を揺れながらやがて砂浜へと辿り着く。枝から海へ。

そして砂浜へ。

渚を薄桃色に染めた後は、再びその海に抱かれるように返っていく。

まるで私が、こうして彼の胸の中へと戻っていったように。

お互いがお互いを思うばかりに掛け違った絆なら、再び元の位置へと戻してみるのもアリなのではないだろうか。

やはり、こうなることが一番自然なカタチなのかも知れないと、半ば一方的に思うのだった。



彼は、砂浜にへたり込んだままの私を、まるで子供を抱き上げるようにして立たせた。


「あ〜ぁ、砂だらけやないか。しょーもないなぁ。やっぱ、俺がついとらんと駄目やんか。もう、おまえはあちこち動き回るな。ずっと、こうして俺がお前を捕まえといたるから。……な」


花びらの乱舞に酔いしれたように、どさくさに紛れ、彼は再び私に約束してくれたのだった。

私は、足元に放り出されたままのビニール傘を彼に差し掛けた。

不思議そうな顔の彼が、窮屈そうな傘の中にすっぽりと納まった瞬間、私は彼にくちづけをした。

透明だったその傘に貼りついた花びらが、私たちを上手い具合に隠してくれるだろう。

一枚、また一枚と、風にさらわれて花びらは剥がれていくけれど、二人の久し振りの逢瀬を、刹那に舞い散るこの花びらにゆだねてみたい。

明日のことなど、本当は誰も知らないはずなのに、まるで永久に続くかのように錯覚しているだけ。

この桜のように、刹那の先にあるものを大切にしてみたいから、私は再び、彼の胸に舞い戻ることにした。


<おわり>

--------------------------------------------------------------------
最終話まで長々とお付き合いしていただき、ありがとうございました。

私の書くお話は、どれもがこんな感じのライトノベルです。

稚拙で駄文ですが、私にとっては愛しいモノであります。

コメントを残して下さった方々。

また、文句も言わずにスラ〜っと読み流してくださった方々。

ほんとにほんとに、ありがとうございました<(_ _)>


あの〜。

・・・今後もまた、別のお話を載っけてもいいですか?(不安)

<海に零れる桜>4

 み……さ……き……

いったいどのくらいの時間が経っただろう。

ふと、海風に乗ってどこからともなく、私の名を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

兄には内緒で帰省したはずなのに、そこは小さい町のこと。

知らぬ間に、誰かに姿を見られていたのだろうか。

地元で細々と商店を営んでいる兄が、誰かお節介な人にでも教えられ、ここまで探しに来たのに違いない。



両親亡き後、兄が私を進学させてくれた手前、私はいつも優等生の良い子でいなくてはならなかった。

そんな気負いもまた、彼にしてみれば頑固で可愛げのない女として受け取られていたかも知れない。

私は、急いで涙を拭き取ると、何も無かったように笑顔でその声がする方向に振り向いた。

が、そこに立っていたのは兄ではなく、心で別れを告げたはずの彼だった。



予想もしていなかった展開に、思わず私の手元からビニール傘がこぼれた。

すっかり様変わりしたそれは、転がるたびに花びらを散らしていく。

私といえば、この現実をなんとか理解しようと焦るばかりなのに、彼はゆっくりと近づいて来る。

彼らしい、困ったような面持ちがなんとも歯がゆいけれど、その足取りはとてもしっかりしたものに見えた。


いつもは、その優しさゆえの行動が、どこか頼りなく感じられるだけに、なんだか違う人物が私の目の前に現れたような錯覚に陥ってしまいそうになる。

そんな彼に、どうして此処へ来たのかと問いただすよりも、今こそ男らしく私を怒鳴りつけて欲しいと思った。

そうしたら、私はいったいどうなってしまうだろう。

もしかしたら、とんでもなく素直になって可愛い女に変身するかもしれない。

けれど、彼の性格を知りすぎている私は、ありもしないこととさっさと諦めた。

いまだに彼の真意をつかめないまま、私はどこまでもメビウスの帯に縛り付けられたかのように呆然と立ち尽くすだけだった。

さっきまで降り続いていたはずの雨が、すっかり止んでいたことに気づきもしないで。



私の手から離れたビニール傘は、吹き始めた海風に遊ばれるように砂浜を転がって行く。

そして、こちらへとまっすぐに近づいてきた彼の足元までたどり着くと、その場でくるりと一回りしてからぴたりと止まった。

一瞬、驚いたように軽く飛び跳ねた彼は、それが私のものだということを確認したかのように、すうっと指先を傘へと伸ばした。

ひょいっと持ち上げた、その一面に貼り付いている桜の花びらが、一枚、また一枚と風に剥がされて空を舞っていく。

彼は、その風景に見惚れたように、小さな薄桃色のそれを、とても愛おしいものを見るような穏やかな顔つきでしばらくの間ながめていた。

再び、こちらに向かって歩みを始めた彼は、あっという間に私のすぐ側までやって来た。

手にはもちろん、傘を持っている。

私は、複雑な気持ちを整理しきれぬまま、急いで彼に背を向けた。

が、その時は既に彼の腕の中だった。


「なんで黙って出掛けたん。俺も一緒に、帰りたかったのに」

普段より、いっそう低い声が彼の怒りを象徴している。

けれど、「帰りたかった」という彼の言葉を聞いた途端、なんだか体中の力が抜けていくような気がしていた。

……私の故郷なのに、まるで自分の故郷のように思ってくれているの?

……あの日も、私をこうして後ろから抱きしめながら誓ってくれたこと、今もまだ覚えてる?



私はもはや、まるで波間に吞み込まれていく花びらのように、その身の行方を彼に任せるしかなくなっていた。




<つづく>

<海に零れる桜>3

その後も私たちは、相変わらずのんびりと、順調に歩いていた。

お互いの背中を押しつ押されつしながら、時には他愛ない喧嘩も織り交ぜながら。


それなのに、その均衡を破ったのは、以外にも彼のほうからだった。

故郷の海を見ながら抱きしめてくれたその両腕は、自分からは決して解こうとはしない。

けれど、気がついたときにはすでに緩められていた。

私は、その緩められた腕の中の隙間が無性に気になって、次第に居心地が悪くもなっていた。


一度気になり始めると、それはどんどん膨らんでいくものだ。

ちょっとした彼の一喜一憂が、微妙に今までとは違うような気がしてならなくなっていった。

終いには、彼の腕の中に平然として居ること自体がいたたまれなくなってきて、とうとう自ら抜け出すことを選択したのだった。



そんな私の変化に気づいた彼は、何度も私の部屋にやってきた。

彼の瞳は、まるで私の方が心移りをしたかのように解釈していて腹が立った。

たまらなくなった私は、一度だけ彼を問い詰めた。

「心変わりしたのなら、素直にそう言って欲しい」と。

そのとき彼はふいに立ち上がり、吐き出し窓から広がる薄墨色の空を見ながら、大きなため息を一つだけ吐いた。

そしてその後で、闇雲に並べただけの薄っぺらな単語が彼の口からこぼれ出た。


けれど、その時の私はもう普通じゃなくなっていたのかも知れない。

四角いビルが居並ぶ都会の、冷たいコンクリートの一室では、彼がどんな言葉を吐いても、少しも心は揺れなかった。

もはや彼の声は、車のブレーキ音やクラクションや、雑踏の中に響く忙しない靴音にしか過ぎなくなっていたから。

確かに、自分が父親譲りの頑固者だということは承知している。

それでもやっぱり、彼の言うままを素直に受け入れることができなかったのだ。



私は、彼に対して言い返す言葉も思いつかないまま、まるで逃げ出すかのように桜の咲く故郷へと舞い戻ってきたというわけだ。

どうしてもこの場所で、幼かった頃の純粋な気持ちに立ち返り、自分の何もかもを見つくしてきたこの海に、彼の言葉の真意を尋ねてみたかったから。



桜の花は、中心にある赤みが色鮮やかになればなるほど、その命は数日を残すだけになる。

ここの桜も、すでにそんな状態だった。

時折やってくる海風に耐えられず、ちらちらと舞ってはその花びらを海へ散りばめていく。

海に降る雪の潔さとはまた違う趣があって、本当に大好きなシーンのはずなのに、今日の桜はやけに私の胸を締め付けた。

私も、目の前の桜のように、あっけなく彼の心から散っていなくなってしまうのだろうか。

海に零れるように咲くこの桜の花を、必ず見せてあげると約束したのに。

とうとうそれも果たせないまま、新たな季節が訪れようとしているのだろうか。




気がつくと、雨で濡れた傘一面に桜の花びらが張り付いていた。

透明なビニール傘が功を奏し、内側からも花びらの降り積もる様が伺える。

ちょうどいい。

この花びらの舞い散る傘に隠れるように、彼への最後の涙を流すことにしよう。

そうしたら、私はまたきっと元気になる。

小さい頃から繰り返してきたように。



私は、桜の懐に抱かれるように枝の下に潜り込み、海を見渡すように石垣に身体を預けた。

枝垂桜のように海へと突き出した桜の枝からは、今も絶えることなく花びらが零れてくる。

まるで、私の流す涙のように。




僅かな幅しかない小さな入り江の波打ち際は、時間を追うごとに薄桃色に染まっていくのだった。



<つづく>

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