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僕が、何故これほどまでにこんなややこしい佑子にこだわるのか。
それは、佑子と知り合ったきっかけになった、ある合コンにさかのぼる。
互いに集まった男女十人が、ひとつのテーブルを挟んで自己紹介から始まるそれは、僕としては最初からあまり興味のないものだった。
限られた時間のなかで理想の女性なんて、どうして探せるものだろう。
異性に興味がないわけではないけれど、こういう集まりの苦手な僕は、いつでもひとりその場で浮いてしまう。
何度目かの席替えで、僕は佑子の幼馴染という女性と隣り合わせになった。
その女性は、最初から僕に興味が無かったのだろう。
自分をアピールすることよりも、佑子のことについてあれこれ喋り出していた。
なぜ佑子なのかと問うと、僕の雰囲気がどことはなしに佑子に似ているからと言う。
そう言われて覗き見た佑子もまた、見るからに怪訝そうな顔をした女性だった。
なるほどなと納得はしたものの、僕にとっては少々の不満は残る。
けれど、幼馴染だと言う女性の会話の上手さに引きずられるように、そのまま僕は話を聞き続けることになったのだった。
佑子の両親は今もって健在だが、八年前に別居している。
夫婦仲が悪いのは物心ついた時から相変わらずらしく、佑子はそんな二人の仲を取り持とうと幼い知恵を振り絞ってあれこれ取り成していたらしい。
父の仕事での憤りや、母の感情の掃き溜めになった幼い子が、どうやって人間として正常な感情を保てたのか。
それは、それぞれの前で、それぞれの気持ちに同意することに気づいてかららしい。
唯一、佑子の心の拠り所になったのは、一体の大きな犬のぬいぐるみだったそうだ。
その心のよりどころだったぬいぐるみが、高校生の頃に母が処分するという事件が起きた。
幾年も佑子の涙を拭ってくれたぬいぐるみも、耐久年数は大幅に過ぎていたのだろう。
あちこち汚れ、ほつれの目立ったぬいぐるみを捨てた母の気持ちも分からないではない。
が、そのことにより佑子はかなり荒れてしまう。
両親の仲を取り持っていた佑子の精神状態が不安定になると、両親を繋ぎ止めるものはもう何ひとつ残っていなかった。
まるでタガが外れたように、あっという間にバラバラになってしまったそうだ。
両親は互いに好き勝手な行動をとり、家には寝るためだけに帰ってくる。
一戸建ての広いリビングには、もう誰も集まらなかった。
佑子もまた、自室にこもりっきりになっていたらしい。
その後は、大学進学を機に自らその家を出たのだそうだ。
目の前に並んでいる数種の皿から、あれこれつまみながら話すその女性は、別段裕子のことに関心があるわけではなかった。
裕子が可哀相だとか、同情するだとか、そういう言葉は全く出てこない。
きっと幼馴染と言うだけの、ただのおしゃべり好きな人なんだろう。
今日はたまたま裕子が同じ場所にいるということで、これまたたまた同じ雰囲気の僕に話しただけと思われる。
そんな裕子の過去話は、僕にとってはあまりにも衝撃的な話だった。
育ってきた佑子の環境と、その時の気持ちを考えると胸が詰まる思いがしたものだった。
温かな両親に育まれ、たいした行き違いも無く今日まで過ごしてきた僕は、それがあたりまえのように思っていたことが、逆に恥ずかしくなるほどだったのだ。
* * * * * * * * * * *
彼女からのメールを全て読み終えた佑子は、黙ったままで冷えた缶ビールを出してくれた。
自分では飲まないくせに、ちゃんと冷蔵庫に準備しているあたりがなんとも哀しい。
もちろん、アルコールを飲むような場合で無いのは分かっている。
が、気まずい雰囲気に耐えられず、僕はプルトップを引いていた。
瞬間、わずかに上がった炭酸の飛沫が頬に当たる。
そんなわずかなことが、逆上せた僕の頭と心を、ちょっぴりだけど冷静にさせてくれていた。
佑子は、相変わらず何も言わずに僕の前に座っている。
嘘の言い訳もしないが、いつものように僕を睨みつけることもしない。
そんな様子から、今回の嘘については佑子自身も、かなり後悔しているのではないだろうかと僕は思った。
きっと、同僚である真奈美から、僕のことが気になるとかなんとか言われて相談でもされたんだろう。
彼女とは、会社で毎日顔を合わせるのだ。
そんな状況の彼女からの要望を拒否することは、二人の関係を壊すことになると考えたのかも知れない。
それは、過去の哀しい経験から佑子が一番嫌っていることだった。
所詮、僕とは知り合ってまだ五ヶ月ぐらいのもの。
真奈美との関係とは、比べようも無いくらいの希薄さだ。
たとえ僕が好きであろうとも、嫌いになった振りをすることぐらい佑子には簡単な作業だったに違いない。
それに、わざわざ僕にメールをくれた真奈美だって、視点を変えれば根っからの悪人でもなさそうだ。
佑子の複雑な過去は知る由も無いだろうが、妊娠と嘘をついて別れたことを知らされると、それを正直に僕に教えてくれたのだ。
こうしてみれば、佑子はとても素晴らしい友人関係を築いているものだと、遠めに見れば逆に羨ましくさえ思った。
「佑子、嘘はつかない約束だろ。彼女のために、どうしてそこまで嘘をつくかなぁ。結局、僕だけじゃなくて彼女も傷つけてるってこと、ちゃんと認識しなきゃ」
僕は、ピタリと締め切られた吐き出し窓のカーテンを片方に寄せ、窓を一気に開け放した。
途端にひんやりとした夜風が入ってくる。
ビールの酔いはさほど感じてはいないけれど、別の理由で火照っていた身体には心地よかった。
「僕はね、佑子のことをもっともっと知りたいと思ってる。でも、焦ってるわけじゃないんだ。佑子が話したいときに、ポツリポツリと話してくれたらそれでいい。もちろん僕のことだって、佑子に知ってもらいたいしさ」
そう言って振り向いた僕と、佑子の視線が初めて重なった。
「だけど、嘘はいらない。本音で僕にぶつかって、喧嘩して、怒って、泣いて、お互いが傷ついたって構わない。それが我儘というものであっても、僕はちゃんと受け止める。佑子自身が持て余している気持ちを昇華しなきゃ、その先には進めないし、何も始まらないじゃない」
膝を抱えて座り込んでいた佑子が、おもむろに立ち上がった。
すわ、反撃か? なんて思わないでもなかったけれど、佑子は僕の隣にたたずんで夜風に髪を遊ばせ始めた。
「ごめん、高志」
それっきり、佑子は何も言わなかった。
僕も、他の言葉が欲しいわけじゃなかった。
そんなことよりも、あらためて佑子の気持ちが分かったような気がして嬉しかったのだ。
まるで、単純な男の見本みたいなものだけど。
……どうやら僕は、とことん佑子に惚れてしまったらしかった。
<完>
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