おさんぽ日和

のろのろと再始動・・・してみようかと(・・;)

NOVEL

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「ルナちゃん。サンは今、あの工房にはおらんのじゃよ。後継者争いに巻き込まれちゃってねぇ、とうとう一年前に飛び出していきおった」
老婆から発せられたその言葉に、ルナは返す言葉を失っていた。
一年前と言えば、サンからの手紙が途絶えた時期とちょうど重なる。
サンが工房を飛び出すなど考えもしなかっただけに、ルナが受けた心の衝撃は思いのほか強かった。
しかし、サンのその時の気持ちを察すれば、今の自分の比ではないだろう。
あの十年前の時のように、どれほど辛い選択をしたことか。
お爺様の工房へ行けば、サンに必ず会えるものと思っていた自分が情けないルナだった。

全身から力が抜けていくような虚脱感に襲われながら、ルナは一言も発することができないままでうなだれている。
そんなルナの背中を大きくさすりながら、老婆は優しく話しかけてきた。
「・・・すっかり夜も更けちまった。今夜はもう寝るとしようかねぇ。ルナちゃん、アタシのベッドで一緒に寝よう。とにかく眠って、これからのことは明日、考えようじゃないか」
思いがけないほどの力でルナの腕を取り上げると、老婆は自分の部屋へ連れていったのだった。


翌朝、ルナは誰よりも早く目覚めていた。
老婆とともに布団に潜り込みはしたが、熟睡などできるはずもない。
うつらうつらと現実と夢の間を彷徨っているうちに、朝を迎えていた。
まるで、サンと暮らしていたあの小屋で、朝が来るのが怖くて怖くて仕方なかった頃のように。

ルナは、東の空がようやく白み始めた頃、隣で寝ている老婆を起こさないようにそっとベッドを抜け出した。
が、家の中ではなんとなくいたたまれない。
いったん外に出ようとドアを開け、一歩踏み出したところで、その横にポツンと古ぼけた椅子が置いてあるのが目にとまった。
「お婆さんがここで日向ぼっこでもするんだわ」
そんな老婆の姿を想像すると、少しだけ頬が緩む。
その頬を両手で包んで、ルナもその椅子に座ることにした。
「サンは、この椅子に座ったことがあるのかしら」
ルナは、昨夜の老婆の話を思い出しながら、幼かったサンの姿を想像していた。
母親に手を引かれ、たびたび遊びに来ていたというサンの姿を。

その頃のサンは、今日のこの日のことなんて想像だにしなかっただろう。
ただただ両親の愛に育まれ、無邪気な笑顔を振りまいていたに違いない。
サンの父が、母に巡り合いさえしなければ永遠に続いていたであろう幸せを思うと、申し訳なさでいっぱいになる。
ルナもまた、サンを知らないままであれば、こんな切ない気持にもならなかっただろうに。
お互いの父母の出会いは、やはり間違いだったのだ・・・。

「これから私は、どうしたらいいんだろう・・・」
のんびりと登っていくように見えた太陽は、気がつくと、とっくの昔に山の峰の線を越えていた。
「のんびりし過ぎていたのね、私。もっと早く、サンに会うべきだったんだわ。十年なんて、そんな気の長い話し、最初から絵空ごとだったのよ」
落胆のため息が、つぎからつぎへとついて出る。
目の前にはお爺様の工房が見えるというのに、そこにサンはもう居ない。
直面した現実を受け入れようとするルナには、もう一粒の涙さえ出てこなかった。


一瞬、さわさわと夏草を揺らすように風が吹いた。
ルナのワンピースの裾も同時に揺れる。
その時、ルナの間近で誰かの声がした。
「そんなことで諦めちゃうの?」
かなり強い語調で発せられたそれは、ルナに対して少々悪意を持っているようにも聞こえる。
驚いたルナは、急いで立ち上がり、辺りを見渡してみた。
なんと、そこに立ってこちらを見ていたのはマリーだったのだ。
「マリー!?・・・どういうこと?」







*ここまで書きました。
 まだまだ6話の途中なので、後で編集してこの続きをここに載せますね。
 途中までですが、少しだけでもどうぞ・・・。

手を引かれて訪れた老婆の家は、本人が言うほどのオンボロな家でもなかった。
ルナが叔母に養われて生活していた小屋に比べたら、雲泥の差だ。
バートンの家のように大きくはないが、こじんまりとして温かみのある家のように思ったルナだった。
家族は、他に老婆の息子さん夫婦と十四歳になる娘を加えた四人で、突然の来訪者のルナに嫌な顔一つするわけでもなく、あっさりと迎えてくれたのだった。

「皆さん、今夜はお世話になります。突然おじゃましてすみません。私、ルナ・バートンと申します」
続けて、この家の孫娘の名はマリーだと名乗った。
「よろしく。こんな狭い家ですが、どうぞゆっくりしていってね」
一人前のあいさつがちゃんとできる、聡明そうな娘だ。
老婆も、この孫娘のマリーを愛しんでいるということは、彼女に向けたまなざしですぐに分かった。

皆で軽い夕食を済ませると、息子夫婦は早々に自分たちの部屋に入ったきり、その夜は二度と顔を見せることがなかった。
娘のマリーもまた、いつの間にかリビングから消えていた。
気がつくと、ランプの明かりの灯るこのリビングには、老婆とルナの二人きりになっている。

「・・・いつもこんなものだよ。」
ぼそっと呟いた老婆の丸い背中が、なんだか寂しそうで切ないルナだった。
家族で住んでいても、心は離ればなれなのかしら・・・。
そんな思いがルナの頭をよぎる。
どんな言葉を返したら良いか分からなくなったルナは、膝の上で重ねた両手へと視線を落とすのだった。

そんなルナの気持ちを、すっかり老婆に読み取られていたのだろう。
老婆はたいしたことでもないよというように、言葉を続けた。
「夜はすぐに眠くなるからね。明日のために少しでも早く寝るんだよ。畑を耕し、わずかな野菜を収穫する。農作業をしていたら、あっという間に日は暮れるんじゃよ」
老婆もまた、若い頃から農地を耕してきたのだろう。
日に焼けた温厚そうなその顔に刻まれた皺は、老婆の生きてきた証しのように思う。
楽しいことも辛いことも、きっと明日への道標として培ってきたのだろう。
そんな目の前の老婆に、ルナは、そうですね・・・と答えるしかなかった。

ランプの芯がジジジ・・・と小さな音を立てる。
明かりはゆらゆらと揺れ、壁に老婆の影を映し出している。
過ぎ去る時間が、とてもゆっくりのような気がした。
このまま、時が止まってしまいそうだ。
夕方、老婆が言ったように、明日の朝目が覚めたら、私はお婆さんになっているのかも知れない。
・・・そんな不思議な感覚に、頭の中が支配されそうになるルナだった。
それほど、心身ともに疲れていたのだろう。

「あの工房はなぁ、昔とは随分変わったんじゃよ。前はあんなでも無かったんじゃがなぁ」
突然の老婆の言葉に、ルナは一気に現実に引き戻されるのだった。
「どんな風に変わったんですか?」
まるで老婆に飛びつくように身を乗り出していたルナは間髪入れずに問い質す。
ルナの様子に少し驚いた老婆だったが、一つ息を吐いてからまた、喋り始めた。
まるで、独り言のように・・・。


「あそこの爺さんとは幼馴染での。小さい頃はよく遊んだもんじゃった。
気心も知れて、アタシも随分はねっ返りじゃったから、言いたいことも言ったし喧嘩にもなったもんじゃ。
でもな、代々ヴァイオリンを作ってきた伝統のある家じゃから、村のみんなからも一目置かれてたもんだよ。
そんな爺さんが変わったのは、今から・・・そう、二十年くらい前になるかの。
いや、十八年くらいか。
目に入れても痛くないほどに可愛がっていた息子が、突然家を飛び出してからさ。
ヴァイオリンの修行も厳しく教え込んでいたんじゃが、そこはほら、一人前になってもらいたいが故のことじゃからのぉ・・・」

「それからの爺さんは、まるで人が変わったようになってねぇ・・・。
一時は、工房も閉めるんじゃないかと思うくらい落ち込んでたよ。
こんなアタシでも、声を掛けることができなかった。
今から思えば、もっと親身になってあげればよかったんじゃが・・・。
それから爺さんとは疎遠になっていってな。
いや、心配はしておったよ。何しろ幼馴染だからねぇ。
そんな折、そこで働いておった職人の一人が跡を継ぐことに決まったらしく、なんか知らんがバタバタと工房も建て直したりしてな。
爺さんの顔も少しは明るさが戻って気とったんじゃ。
でもな、それからじゃよ。
あれよあれよという間に、あんなふうな金儲け主義の工房になっちまったのは・・・」

「ところが、十年前のことじゃて。
突然、サンがアタシを訪ねてやってきたんじゃよ。
小さい頃は、そりゃあもう可愛い男の子でねぇ。いつもニコニコ笑っとったよ。
サンのお母さんが時々ここに連れてきてくれて、アタシも随分可愛がった。
自分の孫のように思えてねぇ・・・。
サンがまだ小学校にも上がらない頃にその母親が病気で亡くなった時は、見てられなかったよ。
そりゃあもう、可哀そうで、可哀そうで。
母親の棺を追いかけるサンの、あの小さな背中は今も脳裏に焼き付いて、離れるもんじゃないよ」


老婆の目には、昔を思い出したのか涙が滲んでいた。
袖口を引っ張り出し、眼頭にたまった涙をぬぐっている。
ルナもまた、幼いころのサンを想って胸が熱くなっていた。


「そんな小さかったサンが、なんとまあ、大きくなってアタシの目の前に現れたんじゃよ。
最初は誰かさっぱり分らんかったが、小さい頃の面影は残っていたからねぇ。
すぐに爺さんのところに連れて行ったんだよ。・・・このアタシがね」


ルナは、ただ黙って聞いているだけだった。
その人は私のお兄さんです。駆け落ちしたのは私の母なんです。
と、喉元まで出そうになる言葉を飲み込んだ。
それで?そのあとサンはどうなったの?今はどうしているの?
はやる気持ちを抑えながら、今は老婆の言葉を聞くことしかできないルナだった。


「家を飛び出した息子は憎んだとしても、その孫には罪はないからねぇ。
いくら頑固爺と評判の人でも、やっぱりサンは可愛かったんじゃろう。
悲惨だった父親の死を受け止め、自分の元へ帰ってきた孫だもの。
とうてい、邪険にはできないさ。
その後、サンを正統な後継者として認め、父親以上に厳しい修行が始まったんじゃが、サンは工房が休みの日でも、一日も休むことなくコツコツと修行したそうな。
ほら、ルナちゃんと会ったじゃろ?あそこの道はアタシの散歩道でね。
そこで、空を見上げているサンと出くわすことがよくあったんじゃよ。
いろいろと話をしたもんじゃ・・・。そう、いろんな話をね。
アタシを婆のように慕ってくれていたからねぇ、サンは・・・」


そこまで話した老婆は、大きな欠伸をひとつしたのだった。
その頃にはすっかり夜も更けていたから、それも仕方のないことだろう。
でも、ルナにとっては、その先のサンの行動こそが一番知りたいことだった。
もう、居ても立っても居られなくなったルナは、今にも瞼を閉じそうになる老婆の体をゆすりながら、話の続きを乞うたのだった。
「お婆さん!それからサンはどうしたの?今も元気で工房にいるんでしょ?私、私・・・」
ルナの目には涙が溢れていた。
我慢できずに、とうとう最初の涙がポロリとこぼれ落ちたその時、老婆はルナの目をしっかり見つめてこう言ったのだ。
「やっぱりお嬢さんが、サンが言ってたルナちゃんなんだね。アタシはすぐに分ったよ」
そう言った老婆の顔は、孫娘のマリーを見るような柔和な顔をしていたのだった。









<6、につづく>

十年ぶりに訪れたラミレスおじいさんの町からまる二日かけ、ルナはようやくサンのお爺様の工房がある町に辿り着いていた。
駅のホームに降り立つと、いままで座りっぱなしだった体を思いきり伸ばす。
座りっぱなしで固まっていた背骨も腕も、まるでミシミシと音がするようだ。
一気に体中に流れだした血流は、勢いよく足先まで下っていき、まるで貧血のように頭がくらくらした。

「ふう・・・」
これまでの疲れもあってか、大きなため息が知らず知らずに口を衝いて出る。
単純に、サンに会うためという、ただそれだけの旅ではなくなっているのは否めない。
おじいさんの訃報を一日も早くサンに伝えなければならない。
そして、この十年間の間に少なからず変化が起きているらしいことも心配のひとつだった。
そんなサンに会うことが、今は素直に喜べなくなっている自分に気が付いているルナだった。


始めて訪れたお爺様の住む町は、考えていたより以上に田舎町だった。
サンとこれまでいろんな町を渡り歩いたけれど、此処以上の田舎町があっただろうか。
そう思わせるのに充分な田園風景が、ルナの目の前に広がっている。
遠くから聞こえる牛の声。
小高い丘にぽつんと立った赤いサイロ。
駅前だというのに、ほとんど人通りのない閑散とした町並み。
西に傾きかけているとはいえ、容赦ない夏の日差しだけが、この町に足を踏み入れたルナを歓迎してくれているようだ。
「怖気づいてちゃ何も始まらないわ」
足元に置いたカバンを持ち上げ、見上げた青空の眩しさに目を細めたルナだった。


駅前を出たところで、ちょうどすれ違った人から聞くところによると、お爺様の家は案外近いらしい。
ヴァイオリンを作っていることで有名なその工房は、この辺りの人なら誰でも知っているそうだ。
途中、農機具を車の荷台に載せていたおじさんが、送って行ってあげようかと声を掛けてくれたのだが、ルナはそれを断った。
サンの住む町を、ゆっくり眺めながら歩きたかったから。

サンが毎日吸っているこの町の空気。
サンが見上げているこの空。
サンを照らしてくれる熱い太陽。
サンの心を癒してくれているであろう鳥の鳴き声。
そんな様々なものに、ひとつひとつ感謝したいルナだった。
けれど、そんなルナはいまひとつ心が揺れていた。
サンに会いたいのは山々だけれど、何から話していいのか見当もつかないでいる。
頭で考えていることと、心で待ち侘びている感情が絡まりながら気持ちが落ち着かない。
ルナは、額にうっすらと浮かんだ汗を拭きながら、時折吹く風に髪を遊ばせるのだった。


お爺様の家は、駅から一時間強の距離だった。
・・・どこが近いのよ。と、思わず愚痴が出てしまうルナは、もうすっかりヘトヘトになっていた。
見渡してもベンチらしきものは無く、それでも大きな切り株を見つけてそこに座り込んだ。
さっきまで、頭上高く熱くルナを照らしていた太陽も、そろそろ町全体を朱く染めようとしている。
・・・急がなきゃ。でも・・・。
もうひとつ踏ん切りがつかないルナは、目の前のお爺様の工房を遠目に眺めることしかできないでいた。
工房の造りは、そこら辺に散らばっている民家と違い、意外と目を引く風貌をしている。
というか、周りの緑の木々に馴染もうとせず、一軒だけ派手な色で浮いているのだ。
大きな看板には、あからさまなくらいセールの言葉が書き綴られており、金儲け主義がひと目で読み取れるほどだった。
「この町の風景にそぐわない建築物だわ・・・」
思わず口を衝いて出る。
この先どうしたものかと考えあぐねていると、後ろからふいに声を掛けられた。
「お嬢さん、ここら辺りの人間じゃないね。いったい、どこから来なさったね」
振り返ると、なんともみすぼらしい服装の老婆が立っていたのだった。


ルナは瞬間、この近くの農家の人だろうと思った。
腰が少し曲がっていて、良く日に焼けたふくよかな顔をしている。
「あの・・・。こちらの工房はヴァイオリンを作っていらっしゃるんですよね?」
そう尋ねた老婆の顔は、みるみるうちに曇っていく。
「そうじゃの・・・」
そう言ったかと思うと、踵を変えて今来た一本道を戻ろうとする。
ルナは慌ててしまっていた。
この老婆に、聞きたいことはいっぱいあるのだ。
そんなにいけない質問をしたのだろうか。
「あの!すみません。こちらの工房ってどんな方がいらっしゃるんでしょう?」
もっとストレートに聞けばいいのに、なぜかこんなことしか聞けないルナだった。
「ん?お嬢さんはこの工房を訪ねてきたのかね?余計なことは言いたくないが、こんな金儲け主義のヴァイオリンしか作れないようなところに何の用があるんかのぉ」
「金儲け主義?それはどういうことでしょう・・・」
「悪いことは言わん。こんな工房とは関わらんほうが良い。高く売りつけられるに決まっとるんじゃ」
一気に捲し立てた老婆だったが、ため息をひとつついたかと思うと、ルナに思いもかけない言葉を掛けたのだった。

「お嬢さん、今日は何処に泊まるのかい?ほら、もう日が沈みかかっとるぞ。ここは日が落ちるのは早い。あっという間に暗くなるよ」
そう言われてあらためて見上げた空は、老婆の告げた言葉通りだった。
今はすっかり、西の山の向こうに沈もうとしている。
ルナの住んでいる町もそうだから、疑いようもない。
この老婆が言うように、山の夕暮れはあっという間にやってくるものなのだ。
「お婆さん、この近くに宿はありますか?」
そう言って老婆の顔を伺うと、大きな声を出して笑い始めた。
「お嬢さん、もしかして駅からここまで歩いて来なさったかね?それならわかっていると思うが、こんな田舎町に宿なんて一軒もあるわけないさ」
「・・・そうなんですか。困ったわ、どうしよう」
「そんな賢そうなお顔立ちをしとるのに、そんなことも知らずにこの町に来たんかね?」
「はい。何にも知らずに来ました」
きっぱりと言いきったルナがよほど気に入ったのか、老婆は一瞬目を見開いてルナをまじまじと見つめていたが、さっきとは全く違う優しい面持ちでルナを見ては笑うのだった。
ルナにしてみれば、本当に何も調べずに来たのだから返す言葉もない。
それよりも何よりも、今夜のことが急に心配になってくる。
「駅にでも、泊るしか無いのかしら・・・」
ますます困り顔のルナに、もう一度大きな屈託のない笑い声を浴びせると、老婆はルナが考えもしなかった提案を出してきた。

「それなら、アタシのおんぼろ小屋にでも泊まりなされ。ただし、ご馳走は無いよ。家族で細々と農地を耕して暮らしているんじゃからの」
そう言ってルナの顔を見上げている。
その眼は、どこまでも深い慈悲の色をしていた。
「えっ!お言葉に甘えてもいいのですか?でも、迷っている場合じゃないのでよろしくお願いいたします!」
そう言って頭を下げたルナの手を、間髪入れずひょこっと取り上げたかと思うと、老婆は続けてこう言うのだった。
「こんな工房に来るくらいなら、アタシの家のほうがよっぽどマシだよ。今夜、その訳をじっくり教えてあげる。さあ、こっちこっち!」
腰の曲がった体ではあったけれど、器用に左右に腰を振りながら、ルナを引っ張る老婆だった。
その姿はあまりにも可愛くて、今日までの緊張と疲れをすっかり忘れさせてくれる。
「お婆さん、ありがとうございます。一晩お世話になります。土間でもどこでもかまいませんから、狼に食べられないようなところで休ませて下さい」
その言葉が可笑しかったのか、大きな声で笑ったかと思うと、ルナを振り返った。
「狼には食われんが、アタシには食われるかも知れん。明日の朝には、アタシがお嬢さんのように若くなっとるかも知れんぞ」
その言葉に、二人して笑うルナと老婆だった。


サンのことは気になるし、一日も早く会いたい。
けれど、どうにも話を聞いた限りでは、お爺様の工房は大変な所らしい。
そんなところでサンは、十年もの長い間修行を続けているのだ。
老婆に手を引かれながら、サンやお爺様のことに思いを馳せるルナだった。
ふと、遠くから忙しないカラスの鳴く声が響いてくる。
どうやらカラスも、山の巣に帰るらしかった。



<5、へつづく>

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誤字脱字、表現のおかしいところがあるかも知れません。
素人の趣味程度のお話ですので、大目に見ていただければ幸いです。
それでも、時々は読み返して手直しなどしています。

「さあ、こちらへどうぞ。父の好きだった紅茶を淹れましょう」
アーサーはそう言うと、十年前となんら変わりないテーブルへとルナを導いた。
おじいさんの他界を受け入れることのできないルナは、深く腰掛けたソファにもたれてはみたものの、震える両手を固く握りしめることしかできないでいた。

「ルナさんがそんなに父を慕っていてくれたなんて。父が知ったらよほど喜びます。さあ、紅茶が入りましたよ。どうぞ」
アーサーが差し出してくれた琥珀の液体からは、懐かしいアールグレイの香りがほのかに漂ってくる。
「・・・この香り。いつもおじいさんが淹れてくれていた紅茶だわ」
ルナは、震える指先をカップへと伸ばした。
ソーサーごと胸の前で包むように抱えた途端、おじいさんとの思い出が走馬灯のようにつぎつぎと現われては消えていく。
思わず零れ出す涙は、一粒、また一粒と紅茶の中に溶け込んでいった。
優しかったおじいさんの笑顔は、もうこの世にはないことを受け止めるしかないのだろうか。
ルナは、現実と過去の狭間の中でもがいていた。
忘れてしまいたい過去があるというのに、その一方ではどうしても忘れられないおじいさんとの思い出がある。
「おじいさん・・・」
どんなに紅茶が冷めてしまおうとも、ルナはそれを口にすることはなかった。
そんな姿を見つめ続けるアーサーにも、ルナに掛ける言葉を必死で探すほか、なす術が無かったのだった。


それから、どのくらいの時が経ったのだろう。
遠くから小さな足音が響いてきたかと思うと、広いリビングにクリスの元気な声が弾け飛んだ。
「お姉ちゃん、これ見て!僕が描いたんだよ」
眩しい笑顔とともにやってきたクリスは、ルナの目の前に一枚の画用紙を広げ始めた。
白い画用紙の真ん中には、確かにこの屋敷が描かれており、その前で二人の男性が笑っていた。
「この人は・・・。ラミレスおじいさんとサンね!」
途端に華やかな顔になったルナに、クリスは満面の笑顔で答えてくる。
「そうだよ。サンはね、いつも一緒に遊んでくれるんだよ」
目の前の人懐っこそうなクリスの笑顔と、画用紙の中のサンの笑顔が重なっていく。
拙い絵ではあるけれど、この画用紙にはサンの懐かしい息遣いまでもが感じられる気がした。
少しシャイなところがあって、でも、しっかり者だったサン。
・・・私の、大好きな人。

「あの・・・。サンは知っているのかしら、おじいさんのこと」
そう言ってアーサーに問い掛けたルナの瞳には、もう涙は残っていなかった。
「いや、知らないと思うよ。父が亡くなる一年くらい前から、こちらにはまったく訪れなくなったんだ。サンも何かと忙しいのだろうね」
少しだけ顔を歪めたアーサーがそこにいた。
「・・・そうですか。知らないのですね、サンは」
画用紙に描かれたサンの姿に指を這わせながら、遠く離れたサンを想うルナだった。
おじいさんが亡くなったことを知ったら、サンだってどんなにか驚き悲しむことか。
十年という歳月が、今再びルナに重く圧し掛かっていくようだった。


それから、少しの間があっただろうか。
アーサーが心を決めたように、一気にルナに話し始めた。
「最後に会った時のサンはね、なんだかいろいろと悩んでいるようだったよ。ヴァイオリンの修行が上手くいってないのか、珍しく苛立った顔もしていたなあ・・・」
ルナは、その言葉を聞いた途端、心の中で何かが繋がっていくような気がしていた。
サンからの少ない手紙の返信が途絶えたのも、ちょうど一年前。
やはり、サンの身に何かが起こっているに違いない。
正直、今日まで何か得体の知れないものが胸につかえていた。
その正体がようやく解りかけたような気がして、思わず身震いするルナだった。
お礼も言えぬまま旅立たれたおじいさんのことを想うと、やはり心がしぼんでしまいそうになる。
それでも、今は必死で気持ちを奮い立たせなければならないと思うルナだった。


「ブランドンさん、今日は突然にお邪魔してしまい失礼いたしました。私、サンに会うために夏休みを利用して出掛けたのです。でも、その前にお世話になったおじいさんに会って、どうしてもお礼が言いたかったんです。」
表情が一層引き締まったルナの顔を見て、アーサーも安心していた。
さっきまでの弱々しそうなお嬢さんを、一人で送り出すわけにはいかないと思っていた矢先だったのだ。
「それはどうもありがとう。父もきっと喜んでいるよ。で、これからルナさんは・・・」
ソファから立ち上がると、ルナは鞄を持ち直した。
「はい。今から汽車に乗ってサンの住む街へ向かいます」
腕時計を見ながら、ルナはきっぱりと言い放っていた。
そう言われて思わず窓の外を見やるアーサーは、外の景色が夕暮れに近いことに気づく。
「気がはやるのは分かるが、今日はここに泊って行かんかね?昨日からの長旅で疲れているんじゃないかな」

そんなアーサーの言葉に、すかさず反応したのはクリスだった。
「お姉ちゃん、僕のベッド貸してあげるよ。僕が歌も歌ってあげるからね」
クリスの無邪気な笑顔と、小さな心遣いが嬉しいルナだった。
けれど、今は少しでも早くサンのところに辿り着きたい。
気持ちはとうに、サンの元へ飛んでいる。
「ごめんね、クリス。私、これからすぐに汽車に乗るわ。もうじっとしていられないの」
そういうルナの顔を不思議そうに見上げるクリスだったが、傍にいた父親にふいに抱きあげられ、それ以上我儘は言えないことを悟ったようだった。
「お姉ちゃん、きっとまた来てね。今度はママを紹介するよ」
大きな瞳をきらきらと輝かせながら、クリスのおしゃべりは止まらない。
「ママね、僕の妹を産んでくれたんだ。今はまだ、妹と一緒に病院にいるんだよ」
「まあ、そうなの!おめでとう、クリス。お兄ちゃんになったのね」
そう声を掛けると、クリスは得意げに答えた。
「そうなんだ!僕はお兄ちゃんだから、妹をちゃんと守らないといけないんだよ。ねえ、パパ!」
父の腕に抱えられながらも、嬉しそうに振り返って同意を求めるクリスに、ますますサンを重ねずにはいられないルナだった。

・・・そうよ。お兄ちゃんは妹を守らなきゃいけないんだわ。
・・・それなのにサンったら、いったいどれほど妹に心配をかけさせるのかしら。
・・・でも今は、私がしっかりしなきゃいけない時なんだわ、きっと。
ルナは、とても誇らしげなクリスの言葉に、いつの間にか元気を取り戻していた。

「アーサーさん、今度は必ずサンと一緒にお伺いします。今日は本当にありがとうございました」
「いや、なんのお構いもできなくて。それよりも、今の言葉きっと守って下さいね。お待ちしていますよ、お二人でのお越しをね」


あたりはすっかり夕焼けに包まれようとしていた。
玄関の天井近くには、今も変わらずステンドグラスのマリア様が夕日とともに優しく微笑んでいる。
十年前、サンとの距離に悩んでここを一人飛び出そうとした。
そんなルナを引き留め、自分の気持ちに気づかせてくれたマリア様に、もう一度指を組んで祈る。
「どうか、サンに会えますように・・・」

ルナは、一抹の不安を抱きながらも、おじいさんの家を後にした。
見送ってくれるアーサーの顔は、おじいさんと瓜二つに見えてくる。
まるであの日のお別れのように、隣にはサンがいるような錯覚さえしてくるルナだった。

駅までの道すがら、ルナはおじいさんのことに思いを馳せていた。
サンとルナが旅立った後、アーサーが帰ってきて一緒に暮らすようになり、やがてクリスが生まれ、とても賑やかな家族の団欒を過ごしたことだろう。
おじいさんはきっと、お亡くなりになるまで幸せな日々を過ごしていたはず。
どうかこの幸せな家族に神のご加護がありますように・・・。
いよいよ遠ざかっていくおじいさんの家を背に、人それぞれに訪れた十年という歳月を、今ひとたび噛み締めるルナだった。


予定時刻を一時間遅れで到着した列車は、ルナを乗せるとサンの住む街へと走り出していた。
とにかく、お爺様の家へ行けば何かしらサンの近況が分かるはず。
今はあれこれ考えても仕方ないのだ。
暗闇に閉ざされた車窓には、遠くの街灯がぽつんと現われてはまた流されていく。
まるで、この波に乗れといっているかのように。
何にせよ、とにかく眠ろう。
やがてくる明日のために。
規則的に刻む心地よい列車のリズムに身を任せ、ルナは深い眠りに就こうとしていた。




<4へつづく>

ルナの乗った列車は、やっと目的地の駅に辿り着いた。
ホームに滑り込む間際、運転手が掛けたブレーキにより、車輪が擦れて軋む音が大きく響き渡る。
開け放った窓からは、潮の香りとむせるような漁港の匂いが、一気にルナの鼻腔をくすぐった。
ゆっくりとホームに降り立ったルナは、潮の香りを体中に充填するかのように大きな深呼吸をひとつしてみる。
「この香りよ。何度思い返して懐かしんだことか・・・」
サンと一緒にホームに降りたときの光景が、香りとともに走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
思わず込み上げてくる懐かしさからか、思わず頬に一筋のあたたかな涙が伝っていった。

ルナは駅舎を後にすると、迷うことなく公園のある方へと歩いて行った。
時折すれ違う人たちは、もちろん見知らぬ人たちばかりだけれど、なんだか全てが友達のような気がして、ついつい声を掛けてしまう。
「こんにちは。とっても良いお天気ね。」
不意に声をかけられた中年男性は、驚きながらも気軽に挨拶を返してくれる。
「やあ、お嬢さん。ここらでは見かけない顔だね」
「ええそうよ。知人を訪ねて来たのよ」
「そうかい。それじゃ、ゆっくり再会を楽しんでおゆき」
「ありがとう」

そんなやりとりを何度か繰り返し、ルナは目指す公園に辿り着いた。
あれから少々整備されたらしく、公園の奥へと続く歩道は両脇がブロックで区画され、綺麗に整っている。
サンと訪れたあの頃を懐かしむように、きょろきょろと辺りをうかがう姿は、少し怪しい人に見えたかも知れない。
怪訝そうな顔をして連れていた子供を小脇に寄せる、婦人の行動が可笑しかった。
「こんにちは。怪しまないでね。ただ、懐かしくって夢中で景色を堪能していただけなのよ」
ルナは、誰に言うでもなく囁くと、ひとつのベンチを見つけて座り込んだ。

ベンチを照らす木漏れ日。
何処からか聞こえる鳥のさえずり。
絶え間なく香る潮の匂いと波音。
それらは全く、十年前と同じだった。
違っているのは、隣にサンがいないことだけ・・・。

「あの頃は、確か木のベンチだったわね」
そう言うと、鉄でできた重厚そうなベンチを撫でてみるのだった。
「鉄だと、海からの潮風で錆びついちゃうのに・・・」
つまらなそうにつぶやいたかと思うと、すっくと立ち上がったルナは、勢いよく大きな鞄を持ち直した。

公園の奥にあるおじいさんの家はもうすぐだ。
ルナは、ちらちらと木々の間から見え隠れするおじいさんの家の屋根を目標にして、再び歩き始めた。

しばらく歩くと、賑やかな子供の声が聞こえてきた。
どうやら、おじいさんの家の方向から聞こえてくるようだ。
「あら。小さなお客様かしら・・・」
当時、一人暮らしをしていたおじいさんは、ひっそりとくらしていた。
ルナが滞在していた4〜5日の間でも、誰一人お客様は無かったように記憶している。
おじいさんの息子さんは、遠く離れた大きな町で暮らしているとも聞いた。

「そうだわ。きっと年老いたおじいさんと一緒に暮らし始めたのね」
ルナは、急に足取りが軽くなった。
やはり、老人の一人暮らしは寂しいものだ。
息子さんやお孫さんに囲まれて暮らすなら、これ以上の幸せはないだろう。
幸せそうに微笑むおじいさんの顔が浮かんで、ルナの顔も自然にほころんでくる。

いよいよ見えてきたおじいさんの家の前に立ったルナを、現在も変わらずにある、あのステンドグラスが優しく迎えてくれた。
小さいけれど、よく手入れされた玄関側の庭には、先ほどの声の主と思われる子供がいて、ルナに気づいたのか臆することも無く、砂遊びのスコップを持ったまま笑顔でこちらに近づいてくる。
ルナは、咄嗟にその場にしゃがみこんだ。
ちょうど、その子供と同じ視線になる。
「ごきげんよう。お名前はなんていうのかしら」
「僕、クリス!5歳だよ」
「まあ、しっかりとご挨拶ができて偉いわね。私はルナ。よろしくね」
そんな会話を交わしていると、庭の奥のほうからクリスの名前を呼ぶ男の声がした。
「あら、お父様かしら。クリスくんを探しているんだわ」
立ち上がって声のする方を向いたルナの視界に、その声の主が現れた。
「パパ〜、僕はこっちだよ」
そう言って、クリスは小さな可愛い手を振っている。
クリスの父親らしき人は、クリスの側に立っているルナの存在に気づいたのか、被っていた帽子を手に取り、頭上で二、三度振ってルナに挨拶をしてくれるのだった。


その人は、漁師を生業としているのか、赤く陽に焼けた顔が印象的な背の高い人だった。
Tシャツの袖から伸びている筋肉質の腕はたくましく、青いタトゥーが施されている。
「こんにちは。お嬢さん、我が家に何か御用でしょうか?」
意外と丁寧な言葉遣いに、その風貌に圧倒されていたルナは、ほっと胸を撫で下ろした。
けれど、それよりなによりルナの目を惹いたのは、その目元がどこかおじいさんに似ていることだった。
小さなクリスは、パパと呼んだその男の足元にまとわりついて、すっかり甘えん坊に変身している。
「こら、クリス、止めなさい。どうやらお客様のようだから、おじいさんと遊んでなさい」
その言葉にルナはハッとした。
・・・おじいさん?
・・・やっぱり元気にお暮らしになっているんだわ。
ルナは、自己紹介も忘れておじいさんのことを尋ねた。
「あの・・・。突然で申し訳ないのですが、ラミレス・ブランドンさんは・・・」
「ラミレスは僕の祖父ですが・・・。貴女は、祖父をご存知なのですか?」
「ええ、もちろんよ。おじいさんには、十年前にとてもお世話になったの!」
「十年前?十年・・・。あ!もしかして貴女はサンの妹さんでしょうか?」
「えっ!貴方はサンをご存知なの?私、サン・ライナートの妹です。あ、ご挨拶が遅くなってごめんなさい。私は、ルナ・バートンと申します」
ルナは慌てて自己紹介をすると、ドレスの裾を少しだけ持ち上げて挨拶をした。
「そうでしたか。貴女がルナさんですか。貴女のことは、よく聞かされていました。あ、少しお待ちください。おじいさんを呼んできますから」
そう言うと、おじいさんの孫だというその人は、急いで家の中に入ってしまったのだった。

玄関で一人取り残されたルナは、その間に急いで頭の中を整理しなくてはならなかった。
小さなクリスが彼の息子なら、おじいさんはクリスの曾祖父にあたる。
彼がおじいさんと呼んだのは、自分にとってのおじいさんなのだろうか?
それならば、まさしくルナが逢いたいと願っているラミレス・ブランドン、その人だ。
もしもそれが、クリスにとってのおじいさんだとしたら、今からやってくるのは遠くの町で暮らしていると聞いた、おじいさんの息子さんということになる。
なんだかややこしいことになってきた。
けれど今は、おじいさん・・・つまり、ラミレスおじいさんがやってくることだけを願いたいルナだった。

玄関で待っていた時間は、今にしてみればわずか数分のことだったろう。
時折吹く風が、緊張してたたずんでいるルナのスカートの裾を揺らして逃げる。
遠く聞こえる公園でのざわめきも、その時のルナには何も耳に入らなかった。
懐かしい潮の香りさえ、ルナを避けているかのように今はまったく鼻には届かない。
まるでセピアの世界の中で、一人ぽっちで取り残されているかのようだった。

「やあ、いらっしゃいルナさん。いつかは必ずやって来てくれるだろうと思っていましたよ。どうぞ、中へお入りなさい。ゆっくりお話を聞かせてくれれば僕も嬉しい」
玄関のドアが開かれ、中から懐かしいおじいさんの声がした。
あんなに逢いたかったおじいさん。
いろいろお世話を掛けたのに、あの時は満足なお礼も言えなかった。
再会するまでに十年もかかってしまったけれど、あの優しいおじいさんは今もそのままだ。
うつむいていたルナがゆっくりと顔を上げ、出迎えてくれたおじいさんを直視した途端、ルナは思わず息を呑んだ。
ルナの前に立っていたのは、あの懐かしく思い出していたおじいさんではない。
どこかしら面影はあるものの、当時のおじいさんよりもはるかに若い。
声は確かにおじいさんに似ているけれど、その人はおじいさんの息子の、アーサー・ブランドンだった。

「は、はじめまして。あの・・・、ラミレスおじいさんはご健在でいらっしゃいますよね?当時、とてもお世話になったものですから、今日はお礼が言いたくて訪ねてきました」
玄関での立ち話もどうかと思ったが、まずはおじいさんの安否を確かめなくては居ても立ってもいられないルナは、矢継ぎ早にアーサーを質問攻めにしてしまっていた。
「十年前は、楽しい船長さんのお話も伺ったりしました。とても肌の色艶が良くってお元気で・・・。今は息子さんやお孫さんと同居されていらっしゃるのね?可愛いクリスくんも加わって、さぞや賑やかな老後をお過ごしのことでしょう・・・」
そんなルナを優しく見つめるアーサーのまなざしは、十年前に垣間見たおじいさんの面持ちを髣髴とさせている。
ルナの矢継ぎ早の質問攻めにも笑顔を絶やさないアーサー。
けれど、しばらくの沈黙の後、静かに言葉を発したのだった。
「ルナさん。ご期待のところ申し訳ないが、父のラミレスはちょうど半年前に他界したんですよ・・・」

その場で呆然と立ち尽くすルナの背中を、アーサーは優しくリードしながら、リビングへと誘った。
十年前と何ら変わりない造りのリビング。
壁に掛かった額縁の花の絵も、何気なく置かれた犬の大きな置物も、十年前にも既にそこにあった。
ただ、ロッキングチェアーに揺られ、紫煙を燻らしているおじいさんがどこにも居ないだけなのだ。
「・・・嘘」
ルナは、そのひとことを発するので精一杯だった。






<3、へつづく>

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