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「ルナちゃん。サンは今、あの工房にはおらんのじゃよ。後継者争いに巻き込まれちゃってねぇ、とうとう一年前に飛び出していきおった」
老婆から発せられたその言葉に、ルナは返す言葉を失っていた。
一年前と言えば、サンからの手紙が途絶えた時期とちょうど重なる。
サンが工房を飛び出すなど考えもしなかっただけに、ルナが受けた心の衝撃は思いのほか強かった。
しかし、サンのその時の気持ちを察すれば、今の自分の比ではないだろう。
あの十年前の時のように、どれほど辛い選択をしたことか。
お爺様の工房へ行けば、サンに必ず会えるものと思っていた自分が情けないルナだった。
全身から力が抜けていくような虚脱感に襲われながら、ルナは一言も発することができないままでうなだれている。
そんなルナの背中を大きくさすりながら、老婆は優しく話しかけてきた。
「・・・すっかり夜も更けちまった。今夜はもう寝るとしようかねぇ。ルナちゃん、アタシのベッドで一緒に寝よう。とにかく眠って、これからのことは明日、考えようじゃないか」
思いがけないほどの力でルナの腕を取り上げると、老婆は自分の部屋へ連れていったのだった。
翌朝、ルナは誰よりも早く目覚めていた。
老婆とともに布団に潜り込みはしたが、熟睡などできるはずもない。
うつらうつらと現実と夢の間を彷徨っているうちに、朝を迎えていた。
まるで、サンと暮らしていたあの小屋で、朝が来るのが怖くて怖くて仕方なかった頃のように。
ルナは、東の空がようやく白み始めた頃、隣で寝ている老婆を起こさないようにそっとベッドを抜け出した。
が、家の中ではなんとなくいたたまれない。
いったん外に出ようとドアを開け、一歩踏み出したところで、その横にポツンと古ぼけた椅子が置いてあるのが目にとまった。
「お婆さんがここで日向ぼっこでもするんだわ」
そんな老婆の姿を想像すると、少しだけ頬が緩む。
その頬を両手で包んで、ルナもその椅子に座ることにした。
「サンは、この椅子に座ったことがあるのかしら」
ルナは、昨夜の老婆の話を思い出しながら、幼かったサンの姿を想像していた。
母親に手を引かれ、たびたび遊びに来ていたというサンの姿を。
その頃のサンは、今日のこの日のことなんて想像だにしなかっただろう。
ただただ両親の愛に育まれ、無邪気な笑顔を振りまいていたに違いない。
サンの父が、母に巡り合いさえしなければ永遠に続いていたであろう幸せを思うと、申し訳なさでいっぱいになる。
ルナもまた、サンを知らないままであれば、こんな切ない気持にもならなかっただろうに。
お互いの父母の出会いは、やはり間違いだったのだ・・・。
「これから私は、どうしたらいいんだろう・・・」
のんびりと登っていくように見えた太陽は、気がつくと、とっくの昔に山の峰の線を越えていた。
「のんびりし過ぎていたのね、私。もっと早く、サンに会うべきだったんだわ。十年なんて、そんな気の長い話し、最初から絵空ごとだったのよ」
落胆のため息が、つぎからつぎへとついて出る。
目の前にはお爺様の工房が見えるというのに、そこにサンはもう居ない。
直面した現実を受け入れようとするルナには、もう一粒の涙さえ出てこなかった。
一瞬、さわさわと夏草を揺らすように風が吹いた。
ルナのワンピースの裾も同時に揺れる。
その時、ルナの間近で誰かの声がした。
「そんなことで諦めちゃうの?」
かなり強い語調で発せられたそれは、ルナに対して少々悪意を持っているようにも聞こえる。
驚いたルナは、急いで立ち上がり、辺りを見渡してみた。
なんと、そこに立ってこちらを見ていたのはマリーだったのだ。
「マリー!?・・・どういうこと?」
*ここまで書きました。
まだまだ6話の途中なので、後で編集してこの続きをここに載せますね。
途中までですが、少しだけでもどうぞ・・・。
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