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≪複数の言語環境に感受性を≫ 「グローバル経済は日本の伝統的経済活動を損傷し、地域社会を破壊した」という米国紙上の鳩山発言は世界の警戒心を呼びさました。米国主導の市場原理主義に翻弄(ほんろう)されたと感じる読者の一部は鳩山発言に賛成した。グローバリゼーションの否定面をあげつらうのは容易だが、問題はグローバル化の受益国でもある以上、我が国の政治家の任務は批判だけでなく、世界化という不可逆的現象に対し日本はいかに対処すべきかという戦略の立案にある。 ここでは世間の注意が未だ及ばぬグローバル化と言語エリート養成の問題にふれたい。 通信手段の発達は、金融・経済の地球的一体化のみか、言語文化的な一元化をも強要する。19世紀から20世紀にかけて英米が覇権的地位を占めたため、英語は「世界語」となった。そんな北米合衆国に対抗し、欧州合衆国ともいうべき欧州連合(EU)が出現した。パリはこの機に仏語の復権を望んだが、EU内の共通語は英語となり、世界的な英語支配は逆に強固となった。 「ユーロピアン・ユニオン」の英語略称のEUが定着した。EUはフランス語ではアメリカ合衆国(EtatsUnis)の略称だから皮肉である。シラク仏元大統領は、自ら出席した欧州財界人会議でフランス代表が英語で演説するや激怒した。だが、欧州共通の第一外国語は英語だ。かつてロシアの影響が強かった東欧圏も中国も言語的には「脱露入英」している。 日本人も英語だけ習えば事足りるのか。大学で第二外国語を習ってものにならない程度の知力の人は英語だけでいいと言う。 しかし世界の共通語だから英語は習うのであって、米国優位の相対的低下に伴い地域間の紛争摩擦は増加する以上、日本の指導層は複数の言語文化に対する感受性を磨かねばならない。現に日本の周辺には英語国でない大国の存在感が増している。 ≪戦前陸軍の独語優位に弊害≫ では、この日米中の関係を言語文化史的にどう把握するか。三角関係には愛憎がからむ。カップルは日中、日米、中米の三通りの組み合わせが可能だ。日中同盟の発想は幕末からあった。漢学的素養の持主は西洋物質文明に対する東洋精神の優位を説き、西郷隆盛も石原莞爾も「東洋の王道、西洋の覇道」と主張した。西洋列強の東亜侵略に対し儒教を奉ずる国が連携し対抗するといったが、王道の主張は内容空虚で石原は満州事変を起こした。 戦後は社会党の浅沼稲次郎が「米帝国主義は中日共同の敵」と毛沢東支持を北京で誓った。その弟子筋は現在の民主党内にもいる。 そうした考えに対し、遅れているアジアとは同盟せず進んで西洋に加われ、漢籍よりも英書を読めと説いたのは福沢諭吉で、日本は語学的には脱漢入英し日英同盟を結んだ。 だが、中国をめぐり日米は対立、結局ドイツと同盟、世界を敵に回し戦争に突入、日本は敗北した。戦後は米国と結んで復活、今は日米同盟が基軸だが果たして揺らぎはないのか。 ここで同盟関係を具体的に外国語の問題として考えたい。日独同盟を推進した勢力は陸軍だが、軍部内では幼年学校以来のドイツ語教育と共にドイツ一辺倒の軍人が発言権を握った。ベルリンの武官から駐独大使となった大島浩中将が代表例だ。戦前の日本で高校と帝大ではドイツ語が重んぜられドイツは尊敬すべき文化大国と思われていた。 当時の外交は世論と無関係とはいえ、親独の学界は日独同盟に反対しなかった。例外は昭和15年、思い切ったナチス批判を『思想』に発表した独文学者竹山道雄で、竹山はベルリンのみかパリにも留学、ユダヤ人とも交際があったからドイツ一辺倒を批判できた。 ≪文化や政治の三点測量を≫ ところで戦後の日本にはチャイナ・スクールという、なにかといえば人民中国を持ち上げる勢力が存在する。日本独文学会でドイツ万歳を唱えていれば独文学者は暮らしやすかったが、中国専門家の間では中国万歳を唱えていれば大使にまで出世できた。官界学界における語学別縦割り組織の欠点である。 語学専門家は学問対象を愛さねばならない。だが特定国への惚(ほ)れこみは国を過(あやま)つ。小磯国昭はその傾向を「殊に笑止なのは英国に永い人はパリやベルリンを誹謗(ひぼう)し、仏国に永い人は英独を、ドイツに永い人は英仏を良く言わず、駐在国が駐在者の母国ででもあるかのような話振りを聞くことが屡々(しばしば)である」と批判した。 戦前ドイツ専門家がヒトラーを礼讃したのと、戦後、中国専門家が毛沢東を礼讃したのとその非に大差はない。 一国専門家の一辺倒を抑えるためにも、グローバル化時代には複数の外国語をマスターし、文化や政治で東洋、西洋、日本の三点測量ができる知的選良を育てねばならない。それが長い目で見て日本の安全保障に資する所以(ゆえん)と考える。(ひらかわ すけひろ)
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