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編者の主張 竹島は日本の領土
朝鮮半島の東の沖合約130キロに周囲10キロほどの鬱陵島(うつりょうとう)が浮かんで います。鬱陵島から更に90キロ東南東の位置に韓国政府が不法に占拠をつづける、わが 国固有の領土・竹島があります。 江戸時代には現在の鬱陵島を竹島とよんでいたのですが、松江藩の廻船業者が1600年代から、アザラシ漁などの目的で渡島していた事実があります。
北海道開拓史には必ず名前が出てくる、探検家・松浦武四郎は、安政元年(1854)、元治2年(1864)、そして明治3年(1870)の3回にわたって渡島し、竹島図を残しています。
江戸幕府、李氏朝鮮両政府の認識では現在の竹島は竹島(現・鬱陵島)の属島でした。
両島は江戸時代から日本人が住み、わが国が実質的に領有していたのです 。
近代国家へと転身したわが国政府は、明治38(1905)年に鬱陵島及び、現在の竹島を自国領として国際社会に公示し、島根県の一部と定めました。その後、鬱陵島では昭和16年まで、わが国の漁師によってアシカ猟が続けられました。竹島は鬱陵島属島として、やはり日本国島根県の一部でした。
鬱陵島は、大東亜戦争終結後のサンフランシスコ講和条約によって日本の領土から除外されました。竹島に関しても、一時連合国総司令部から日本領土から除外される文書が出されましたが、結局、講和条約には日本国領とされました。
その間、韓国は米国に対して日本が権利及び請求権を放棄する地域の一つに竹島を加えるよう要求しましたが、「竹島は朝鮮領土として扱われたことはなく、朝鮮によって領有権が主張されたとも思われない」という趣旨の回答(ラスク書簡)を米国政府は行い、要求は容れられませんでした。
最終的に昭和27年(1952)4月のサンフランシスコ講和条約の発行にともない、竹島は国際法上、わが国の領土として再確認されました。
ところがそれに先立つ昭和27年1月に、時の韓国・李承晩韓国大統領は「海洋主権宣言」なるものを一方的に行ない、いわゆる「李承晩ライン」を国際法に反して設定したうえ、そのライン内に竹島を取り込みました。
それ以降、竹島は韓国によって不法占拠され今日に至っています。
わが国は、 北方領土、沖ノ鳥島、竹島、尖閣諸島と四方に領土問題をかかえています。国民世論をあげての取り組みは必要です。
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pathvr_machaira さん、私も竹島は日本の領土だと、何の疑いもなく思っていますが、問題が1つあります。
実行支配がもう40年近くたっています。これが彼らが「この島は自分たちのもの」という根拠のようです。放っておいた日本も悪いですが、憲法の問題があります。戦略が必要ですね。
2010/7/19(月) 午前 8:53 [ success ]
一案としては、韓半島が動乱に陥った際に、わが国の安全を守る
という理由から、武力で奪還するという手法があるかと思います。
2010/7/19(月) 午前 11:41
海洋教育の定義
人類は、海洋から多大なる恩恵を受けるとともに、海洋環境に少なからぬ影響を与えており、海洋と人類の共生は国民的な重要課題である。
海洋教育は、海洋と人間の関係についての国民の理解を深めるとともに、海洋環境の保全を図りつつ国際的な理解に立った平和的かつ持続可能な海洋の開発と利用を可能にする知識、技能、思考力、判断力、表現力を有する人材の育成を目指すものである。この目的を達成するために、海洋教育は海に親しみ、海を知り、海を守り、海を利用する学習を推進する。
2010/9/18(土) 午前 8:15 [ 底質汚染 ]
皆様。
久しぶりに、蘇生、復活致しました。
ご来場感謝です。
2010/10/1(金) 午後 7:46