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昭和天皇御在位50年奉祝のころの冊子に、次のような記事がありましたので、要約して紹介したいと思います。
天皇皇后両陛下(昭和天皇御夫妻)がご訪米された直後、米国に行って直(じか)にアメリカ人の反応を調べてきた中尾栄一氏が、日本の天皇陛下に対してもてなした待遇が空前のものであった様子を、詳しく伝えてくれています。
ワシントンではヘリコプターが何機も夜中じゅう警戒に飛んだのだそうですね。あんなことは初めてだそうですが、照明をつけて針一本落すのも拾う姿でわかるというのです。それからセキュリティ・サービス(要人警護)さんも、前と後ろにこうやって、たえず派手な服を着てピストルを構える、これが徹底していたというのです。 エリザベス女王のときと較(くら)べていましたがとても問題ではなかったと言っていました。ともかくニューヨークの交通情報でそれを知らせる、唯今、日本の天皇陛下が高速道路をお通りになっているので、交通を遮断すると、それを誰も文句を言わなかったというのです。
普通だったら、三千万ドルもなけなし(赤字財政)のニューヨークの市で、護衛のためにだけ使い、そんなことをしたらクレームがつくというのです。相当新聞投書があるというのですが、それが全然ないというのです。これは驚いたと言っていました。しかも、アメリカ人が何千メートルも待たされて、高速道路は天皇陛下が通るだけで通れないで、そんなことでも文句は全然出なかったということは驚くべきことだ。
中尾氏は、このほか、「ジャパン・アンド・アメリカン・フレンド・アクト」(日米友情法)が、陛下が行かれたために三日間で議会を通った(半年はかかるもの)ことや、警備に当たったものがその任務を遂行できたことの栄誉をどれほど誇らしく思っているかなど、報告しているなかで、彼らアメリカ人が、陛下が歩まれる姿を見て、「歴史が歩いているという実感を受けた」という告白を諸方で耳にしたということです。
二百年祭を迎えようとしていた米国にしてみれば、二千六百年以上も続いている歴史をそのまま背負って来られたディグニティ(威厳)というものに対して較べ得るものを持たないのですから、そこに冒(おか)しがたいものを感じ、“歴史”の重みに圧倒されたともいえるでしょう。ここで“歴史”を単に時間の経過と考えるならば、二百年も三千年も「量」の差にすぎなくなり、そこには、ただもの珍しさに対する関心しか人々の心には湧かなかったでしょうし、また、その印象しか残らなかったでありましょう。
しかし事実は、もっとほかの要素があったことを物語っています。あの“歓迎”は、無意識のうちに、「質」の相違に対する“畏敬”の表情となって表れていたと思います。
「歴史が歩いている」というのは、彼ららしい巧みな表現であります。ここにいう“歴史”とは、従って単なる自然の、変化流転の時間的経過のみを指しているのではないでしょう。一つの目的意思を持ち、それに向かって進むとき“歴史”が生まれ、“歴史”が刻まれます。個人でいうならば“志”を立てて歩みはじめたとき、その人の“歴史”が立派に始まったといわれるように、一国の歴史は、建国の理想がうち立てられたときにはじまることは、いうまでもありません。その理想を二千六百四十年、ご皇室を中心に日本民族は歩み続けてきたのです。したがって、「歴史が歩む」ということは、「建国の理想が歩んでいる」ということを意味するのであります。天皇陛下のお姿はまさに、そのとおりです。日本民族の統合の“象徴”であるゆえんもここにあります。
昭和天皇はこの年のお歌会始に
わが庭の宮居に祭る神々に世の平らぎを祈る朝々
と歌われました。このお歌の精神こそ、歴代天皇のお心であり、建国より代々受け継がれてきた建国の理想ともいうべきものです。初代神武天皇は、「皇都経営の詔」において「八紘を掩いて宇と為む」(はっこうをおおいていえとせむ)と言われました。『みことのり』や『日本紀年の研究』の著者である森清人博士は、『日本新史』のなかでその崇高な精神を国連憲章を先取りしたものとして、次のように解説しています。
広い天の下(あめのした=世界)が、一家族のように仲むつまじく、平和になることを、この国の建国者たちは、切望し祈念している。(中略)国連憲章の理想が、争いなき平和な「一つの世界」の顕現にあることは、その前文に「われら善良な隣人として互いに平和に共存し全世界の平和及び安全を維持するために、我らの総力を合わせる」とあるのでもわかる。
尚、これについてエール大学神学部長のパール・S・ビース博士は、その著『日本古典の精神』の中で、「人類は五千年の歴史と二度の世界大戦の惨禍を経験した結果、“一つの世界”を理想とする国連憲章をむすんだが、日本の建国者は、二千年も前の建国当初に、世界一家の理想をのべている。これは人類文化史上、注目さるべき発言であろう」
このように森博士はビース博士の驚きを紹介していますが、このビース博士の驚きに似たものを、トインビーが残しています。昭和42年に二度目の来日であこがれの伊勢神宮を再訪問したトインビーは、神楽殿の休憩室において、求められるままに、毛筆で記帳しました。
「この聖地において、私はあらゆる宗教の根底的な統一性を感得する。アーノルド・トインビー1967年11月29日」
トインビーが感じた天照大神は、全世界、全宇宙に光を照り徹らせる神であり、仏教の根元のベェローシャナ仏と同じ徳をもつものであり、人類が根元の世界に仰ぐ共通の中心者の本質をそなえておられるのであり、その天照大神の子孫といわれるお方を、「天皇」と仰いで、国の歴史を始めた民族性が、ビース博士を驚かした八紘一宇の精神として建国の理想に結実したと言えるでしょう。
ルソーは『社会契約論』において、現在生きている人々だけが契約をかわして、それに基づいて社会や国家が変革されることを是としました。それは人間を動物視して、互いの利益打算に基づいて契約社会を持ったという国家成立観です。それに対して、エドモンド・バーグは『フランス革命についての省察』という名著の中で、痛烈な批判をしています。
「社会は、まさしくひとつの契約である。たんなる偶然的な利害の諸対象についての従属的諸契約は、すきなように解消していい。しかし国家は」とバーグは言うのです。
しかし国家は、胡椒やコーヒーやキャラコやたばこの貿易や、その他このような低級な事業における、合同事業協定とかわりなく、小さな一時的利益のためにつくられ、当事者のきままによって解消されるべきものと、みなされてはならない。それはちがった尊敬をもって、みられるべきである。なぜなら、それは、一時的でほろびゆく性質の粗野な動物的存在のみに役立つものごとにおける、合同事業ではないからである。
すなわち、一時的でほろびゆく性質の粗野な動物、たとえば夏バエの如き存在であってはならないというのです。今生きている人々だけが交わす契約で事足れりとするのは、人間が夏バエのような存在になってしまうではないかというのです。ひと夏ごとに死ぬハエには、先祖から継承するものもなければ、子孫に伝えるものもない、断絶の連続なのです。
他にかけがえのない、“民族独自の文化”を死守し発展せしめるための、真のナショナリズムをこそ、われわれは蘇らさなければなりません。われわれの生活を支えている最も重大な根本的なものを、見失っている現代日本の大衆社会に迎合している夏バエのごとき“異民族”を思わせる革命勢力の増殖を赦してはならないと思うのであります。
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転載いただきまして、まことにありがとうございます。
傑作
2010/7/23(金) 午後 9:14 [ さざんか ]
なるほどです◎
2010/7/23(金) 午後 10:45
[ あまのじゃく ] さま
とにかく清々としたさざんかさまのながらの記事です。
2010/7/24(土) 午前 2:36