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揺れる大相撲「神事」戻れぬなら「株式会社化」を
なる表題の記事に想を得て、「力士」を古代から追ってみた。
http://www.city.toyokawa.lg.jp/uimg/enjoy/9583.jpg 愛知県豊川市念仏塚第5号墳出土人物埴輪
(豊川市HPより)
念仏塚古墳群は日吉原台地にあって、5世紀後葉から6世紀初めころまでに形成されたと考えられ、8基の古墳がありましたが現在は第1号墳のみが残っています。このうち3基が前方後円墳であることや、埴輪をもった古墳が多いことが特徴ですが、なかでもこの人物埴輪には力士の格好をした大変珍しい埴輪が出土しています。
力士埴輪(高槻市埋蔵文化財調査センター蔵)
http://www.izm.ed.jp/cms/files/modules/imgview.php?f=img02a154.jpg&w=150 力士埴輪(和歌山市教委蔵)
日本書記、垂仁7年7月7日に出雲の野見宿祢と当麻蹴速の力比べの事がある。野見宿祢は、天穂日命の14世孫であり、出雲国造と同じ血脈。この説話をして、相撲の起源とされている。 〜 日本書記 垂仁 七年 七月 七日 〜 野見宿禰は、埴輪を作リ、殉死の制を廃した、土師氏の祖とされている。土師氏は、後の文章博士家、菅原氏の祖です。
古代において、七月七日、全国から相撲人を集めて、宮中で相撲を行う相撲節が行われた。
相撲節は、農耕儀礼と服属儀礼の性格を併せ持つもので、後の勧進相撲などに少なからずの影響を与えている。いわば日本の相撲は相撲節を通して成立した。
相撲節は平安末には行われなくなるが、相撲節に参加した、もしくはその流れをくむ相撲人は寺社などの祭礼において、いわゆる芸能として相撲を奉納するようになった。全国の神社で相撲が奉納される。 中世では技芸として相撲は奉納された。
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普通に・・
「神事」とは云えない気がします あれもこれも伝統?
2010/7/27(火) 午後 11:21
あまのじゃく さま
そ〜ですタイ。
残念ですがもう「神事」とはほど遠ヵ〜という所です。
2010/7/28(水) 午前 6:12