神聖・海洋連邦日本国・建国議会

[建国憲章抜粋]わが民族の精神文明復古・改新 人類史継続への貢献

思潮

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かつて武藤貞一氏は、主権がバラバラの国民各自にある日本の戦後の体制を、「糸の切れた無数の凧が勝手放題に空中に舞っているようなものである。この状態は無重力の宇宙に似ている」と形容した。宇宙船で宇宙に行くと、飛行士も、その中で使うあらゆる道具も、水も食物も、フワフワと漂ってあちらこちらに行ってしまう。地球の中心へと引っ張る引力のない世界では、すべてのものは安定せずにばらばらになってしまうのである。

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昨今、百歳を超えた高齢者の所在が不明であるとか、若い母親が、育児放棄の末に幼い子供をマンションに放置して餓死させたという事件は、現代人がこれほど都会でひしめき合っているように見えながら、家族や地域のつながりの切れた孤独な個人が、まさに武藤氏の言う糸の切れた凧のように、バラバラに存在しているのだということを痛感させられる。
戦後、日本の家族は核家族になり、更にはその核家族さえ今はいとも簡単に瓦解
してしまう。「家」という概念がなくなったからである。家というのは建物のことではない。祖先と個人の一体感のことである。自分の命が悠久なる幾千万の祖先の恩恵を受けながら命をつないできて、今ここに自己として集約しているのだという気持ちがないから、いま生きている自分だけのことしか考えない。個人の権利の前には、祖先を無視し、親を無視する。自由に恋愛する権利、自由な性交渉の権利、そこに親が口をはさむ権利はない。なぜなら憲法にはっきり結婚は両性の合意に基くと規定されているからである。そしてまた合意が壊れれば、解消するのも簡単である。個人の快楽追求の権利は基本的人権として、最大限に憲法で保障されているのである。
 いま生きている個人の権利だけを優先するのは、国家の運営においても同じである。日本という国を作り上げ、国を守りぬき、ここまで発展させてきた先人への感謝やその歴史の継承などほとんど顧みることのない政治が続いている。国への求心力を失った国民は、自己の権利をめぐって、国を相手取って訴訟を起こし、国と国民は対立する概念となった。
 主権者である国民はまた、思想信条の自由を保証され、集会、結社の自由も保証されている。この考え方を多くの人は当然だと思われることであろう。ところが、アメリカのような自由主義国では、その体制に反逆する共産主義政党を非合法化している。韓国でも同様である。そして共産主義国家は、一党独裁で、かつてのソ連や、現在の中国も、共産主義に刃向かういかなる勢力も許さず断固として弾圧しているのである。つまり今の体制を覆すような思想活動を許していないのである。しかし日本では、思想信条の自由を最大限に認め、その今ある自由を奪うであろう革命、国家転覆を目指す思想活動すら自由であるとされているのである。
オーム真理教がサリン事件を起こした時でさえ、破防法は適用されず、いまだにオーム真理教の後継の組織は解散を命ぜられることなく続いている。
またかつての学生運動が盛んであったときは、全学連はあきらかに革命を目指していた。全学連の指導者たちのバイブルであった『日本革命の根本問題』には、日本革命は武力革命であると宣言し、その革命の手順が書いてある。第一に自衛隊を内部から麻痺させ、第二に全国主要街道をバリケードで封鎖し、第三に首都東京で市街戦を展開する。・・・・・・などと書いてある。しかしそれにも拘らず、現行憲法で保障された集会、言論、結社、表現の自由を盾にとって、取り締まることの方が違憲であるという判決うけるごとき有様なのである。学生が東大の安田講堂を占拠しても、その学生の一人も退学処分を受けることもなく、学問の自由という名目のもと、大学が要請しなければ警察も大学に踏み込むことすら出来なかった。しかも当時その大学には多くの税金が投じられていたのだ。
 幸い革命などというものはおこらなかったが、もしそうした暴動が発生した場合は、都道府県知事は自衛隊出動による暴動鎮圧も要請できるようになっているが、当時の美濃部都政では、自衛隊はおろか、警察機動隊の増員にすら真っ向から反対した。
 ここに地方選挙の重要性が顧みられるのである。地方の知事など、革新であろうが保守であろうが、その地方の住民の福利を増進してくれたらそれで良いという考えで、知事選挙に臨んでいると、国家的な非常事態を生じたとき、革命のような暴動を自衛隊に阻止してもらうことが出来ないかも知れないのだ。むしろ思想の親和性によってはそれを幇助するような知事がでる可能性すらあるのだ。
 このような国と地方の対立、国と国民の対立、みなバラバラに権利を主張する日本の現状、これが日本国憲法が定めた国民主権の実態なのである。
 古来より日本は、国家の帰趨すべき中心引力として天皇を戴いていたのである。戦後この引力たる天皇を、政治の圏外に追放してしまったから、落ち着いて安定すべき中心がないのである。もともと一人ひとり意見の違う国民が主権者ということは、頭がいくつもあるヤマタノオロチのように国家の意思がいくつもあるということなのである。暫定的に多数決で意志を決めてはいても、その意志は常に移り変わって安定しない。
 明治の帝国憲法は古来よりの日本の歴史と伝統を近代的な憲法の中に美しく融合させた憲法として、当時世界でも絶賛されたという。日本では古来から天皇が国の重心としての役割を果たしていたため、国家的な危機や変革の時に、国民を一つに帰一させ、国家の内乱や分裂を防いで、外国に侵略されて植民地になることもなく来た。
 国家の統治の大権は常に天皇にあり、幕府も帝国議会や内閣も天皇よりその権限を委託されたのである。一人ひとり考えも本来違う国民が、天皇という中心を持つことで、日本人は、ひとつの家族のようにまとまってきたのである。歴代の天皇が、常に無私の心で国民を大切にいつくしまれてきたことは、歴史を調べればそれが決して嘘ではないことがわかる。だからこそ、どんなに貧窮されても続いてきたのである。日本の天皇は、祈る君主であり、祈りこそ最大の役目であった。それが西欧の君主との絶対的な違いであり、西洋の民主主義が、君主から民衆の権利を獲得することで発展した歴史と、日本の歴史との違いを、はっきり認識すべきなのである。西洋と日本との人間観の違い、世界観の違い、自然観の違い、そうしたものがあって、それぞれの歴史があるのである。西洋の歴史を、そっくり日本の歴史に当てはめて、西洋と同じ用語で、日本の歴史を語ることは、日本の国、日本の歴史の個性を無視し、間違った認識に陥らせることになると思うのである。

転載元転載元: 日本の感性をよみがえらせよう

閉じる コメント(7)

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いつも清々とした記事を記述する「さざんか」さま より転載です。
後段の結び部分は至言です。

2010/8/8(日) 午前 9:22 pathvr_machaira

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賛成です。

傑作。

2010/8/8(日) 午前 11:33 みずがめ座

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おっしゃるとおりだと思います。

傑作☆

2010/8/8(日) 午前 11:49 [ - ]

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水がめ座さま

今日もありがとうございます。

2010/8/8(日) 午前 11:50 pathvr_machaira

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なんだかなぁ さま

さざんかさまの論点はいつも明確、爽快です。

2010/8/8(日) 午後 0:00 pathvr_machaira

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FrcoDonさま、転載いただきまして、ありがとうございます。
お褒めいただき恐縮です。
ポチさせていただきます。

2010/8/9(月) 午前 0:44 [ さざんか ]

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さざんか さま

いつも良質の記事をありがとうございます。

2010/8/9(月) 午後 8:52 pathvr_machaira


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