日本政府はこれまで、日韓基本条約と関連協定で、両国は個人補償請求権問題を「完全かつ最終的」に解決しているという立場を一貫してとってきた。今回の談話は与野党内から異論や慎重論も出ていたが、菅首相側が押し切った。
中田氏は、「国会での決議などもせずに発表するのは大問題。時の政権が自分たちの考えでこうした談話を出して良いはずがない」と民主党政権を批判。「百歩譲って、談話を出すというなら、韓国に『これが最後だ』と宣告してほしい」と訴えた。
菅首相は談話発表にあたって「アジア地域でより安定した形が、日韓を軸に、さらには日韓米の3カ国で形成されることは極めて大きな意味があり、それを展望して発表した」とコメントした。
「未来を展望するのであれば、謝り、謝らせが続く関係をまず終わりにすべきだ」と中田氏。「当時の国際情勢は欧米列強がアジアへの侵攻を強め、食うか食われるかだった。今の政府の、それも与党だけの認識で過去を裁くことはできないだろう」と疑問を投げかける。
平成7年に当時の村山富市首相が発表した首相談話では「アジア諸国」としていたところを、今回は「韓国」一国が対象となった。発表を受けて中国紙が「中国への謝罪の言葉はひと言もない」などと報道。日本の戦争責任を改めて持ちだそうという機運が高まる可能性もある。
終戦記念日の8月15日。菅直人首相をはじめ全閣僚は同日に靖国神社を参拝しない考えを示した。
中田氏は、「靖国には、かつてこの国のために戦い、命を落とした人が眠っている」としたうえで、「個々人はあくまで自然体でいつ行くかはそれぞれの思いでいいと思うが、首相ならば15日にこだわって参拝すべきだ」との意見を述べる。
靖国神社には、先の大戦で亡くなった人を含め246万余柱の戦死者の霊がまつられている。以前は、首相が閣僚を率いて参拝するのが自然だった。
中田氏はまた、「15日を『終戦記念日』ではなく『敗戦の日』と呼んだ方がいいのではないか」との持論を展開する。
「終戦記念日」という表現には「敗戦に対するごまかしが感じられる」といい、「敗戦を敗戦として受け入れていたら、GHQ支配下で破壊された精神や文化、伝統をもう一度、再構築しようとしたかもしれない」と分析。「受け入れずに『記念日』などと客観的な名称をつけたから、GHQ支配を今もずるずると引きずっているのではないか」と語った。
■浪人日誌
【慰労会】 8月9日(月) 7月の参院選で日本創新党の選挙活動に参加したボランティアスタッフ約70人との懇親会に出席。党首の山田宏氏も出席し、スタッフをねぎらった。
【首長結集】 8月11日(水) 山田氏とともに埼玉県の上田清司知事を訪問。現状の国と地方自治体の関係に問題意識を持つ首長が結束し、地方分権の推進を国に働きかけていくことを確認した。
【お礼の手紙】 8月12日(木) 横浜市内の事務所で、全国の支持者から届いた手紙への返信作業。激励の手紙などには「励まされる」といい、万年筆で1つ1つに返事を書いた。
昭和39年9月20日生まれ。横浜市出身。青山学院大学経済学部卒業後に松下政経塾に入塾した。平成5年の衆院選で初当選。14年には37歳で横浜市長に初当選した。18年に再選。ごみの排出量削減や職員定数削減などを行った。21年同8月に市長を辞任。22年4月、日本創新党を設立し、代表幹事に就任した。
日本創新党の中田宏氏、なるほど。
座布団1枚 ポチっとな。
2010/8/16(月) 午後 8:45 [ ジャガイモ4 ]
田中宏氏 賞賛すべき人物ですね!
素晴らしいです。
真の政治家 は こうでなくてはいけません。
如何せん なかなか いないのが 現実 ですが。
By柳虫
2010/8/18(水) 午後 0:31 [ 柳虫 ]
皆様。
久しぶりに、蘇生、復活致しました。
ご来場感謝です。
2010/10/1(金) 午後 7:55