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首相が沖縄に入っている。
以前も、皮肉を交えて書いたが、日本国首相の国防上の仕事の大方が、米国海兵隊の日本国内における
環境整備だ。
今回の沖縄入りも、こじれにこじれた、米国海兵隊が駐留する普天間基地の問題を前進させるための
ご挨拶もう出だ。
米国側にもおおいに不信感を募らせ、暗唱に乗り上げ、米国第七艦隊はおろか、その世界戦略を大き
く狂わせている現状を利用して、日本国民の目を国防へむけるという手が考えられるが、
そんな戦略を画く政治家は、自民党にも、民主党にもなく、今日、沖縄へと足を運んでいる首相も該当しない。
日本国国民の国防意識、また国家意識の欠如は「米軍が沖縄にいるではないか」という怠惰な安逸が
形成するものだ。(実は、この安逸は、文字通り怠惰であり、かつ幻想に過ぎず、現実にはほぼ当て
にならない。)
では、常識的な国防意識、また国家意識を有する他の諸国の国民が、本質的に国家に忠誠を誓い、
国防に強い意識を持つものかといえば、そんな事はない。常に、危機にさらされる訓練を受ける事に
よって、その意識は維持されている。国防意識、国家意識などというものは、本質から来るような
ものではなく、訓練や経験から研ぎすまされるものなのだ。
日本国同様に、何があっても米国にすがっていれば間違いがないのだ、といういうな「神話」が構築
されてしまった社会、国にはどのような社会性、国民性をもってしても国防意識、国家意識など
瞬く間に崩壊してしまう。
逆転して言えば、米国との間の基地問題がこじれた現状を一層深刻化させ、国防についての不安を
国民の間に増幅させ、日本国軍(自衛隊)での国防力を充実させなかれば危ういという方向へ世論を
誘導する手がある。
賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶの喩えがあるが、大衆は、実感・体験なく意識を変えるなどの高等な芸当を実現できるいうな上等な動物ではないことは、誰もが知る所だろう。
そうした大衆の怠惰と幻想から成り立つ意識をつかみ、危機にさらしながら絶妙の機会を得て誘導し
ていくものこそ政治と言えるものだ。
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帰れ米兵らよNews
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