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昨日25日は三島由紀夫が東京市ヶ谷の自衛隊駐屯地で自決した命日でござりました。
なにか、その事の関するものをと思いつつ今日になりました。
天の邪鬼居士なる方の「三島由紀夫の苛立ち」なる小文を転載いたしまする。
緒形拳主演 日本未公開作『MISHIMA』も世界“再配給”だそうでござりまする。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081125-00000002-vari-ent
━━━━ 天の邪鬼居士「三島由紀夫の苛立ち」
以下、猪瀬直樹氏のコラムより
三島はいらだっていた。
(中略)
三島の評伝「ペルソナ」を執筆中に、三島が自衛隊市ケ谷駐屯地のバルコニーで演説する映像をテレビ局で繰り返し見せてもらったんだけど、正門の看板が「駐屯地」ではなく「駐とん地」なんだ。
「ああ、これだな…」と思ったよ。
この間の抜けた感じの上に戦後日本の繁栄が築かれている。
でも冷戦の崩壊によりディズニーランドは終わりを告げ、リアルな国際政治の世界に突然ほうり出された。そこからが失われた10年だ。いま少しずつ自立の訓練を始めている。でもそこに昭和天皇はいない。代わりに何らかの権威を探さなければいけない。「美しい国」や「国家の品格」などの流行語はそんな世相を反映しているのかな。
問題は若い世代が歴史を知らないことだ。彼らは戦前の日本を北朝鮮のような国だと勘違いしてい
る。昭和15年まではダンスホールがあり、おしゃれなモダンガールが銀座を闊歩し、学生はジャズを聴く、そんな生活があったんだよ。
戦争を憎むあまりに戦前の良い部分まで消し去り、歴史のリアリズムを直視できなくなってしまっ
た。
過去の事実を踏まえて、自らの将来の行動を定めなければ人間とはいえない。
歴史を否定したら猿と同じじゃないか。
以上、転載了 ━━━━━
全文はメルマガ日本国の研究からどうぞ
http://www.inose.gr.jp/mailmaga/index.html
考えて見ると「美しい国」なる語も「間の抜けた感じの上に」あって駐屯地を「駐とん地」と表記すると同列のセンスからできあがった標語だ。安倍首相は、「美しい国」なる標語とともに「間の抜けた感じの上に」住みリアリズムを喪失し平然としている。
「美質、品格、行動の国」などと漢語を並べると、標語から政治スローガンと呼べるものに変わり、また幾分求める所を想像させてもくれる。「美しい国」なる語は政治スローガンとも言えないリアリティーを欠いた標語に過ぎない。
脱線するが、安倍首相がこの言葉に「民族への回帰」と云うを思いを込めていたとしたら、神話まで溯り神々が宣う「美(う)まし国」なる語を持って思想を示唆して欲しかった。
閑話休題。
県議会における政務調査費処理問題追求はブラックホールへと税が吸い込まれてしまっている感がある。国政では、国民が呆れ返るような理屈で不祥事の弁解が行われ、夜が明け日が暮れる。
日本政治はどこかか、春の霞みにつつまれような所にあってリアリティーを全く欠いてしまって
いる。
天の邪鬼居士(了)
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