神聖・海洋連邦日本国・建国議会

[建国憲章抜粋]わが民族の精神文明復古・改新 人類史継続への貢献

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昨夜、都知事選四候補の討論をネットで観た。

舛添氏以外の候補は、いずれも議論が大雑把で呆れてしまった。
これでは舛添氏の圧勝だ。氏では、いかにも自民党好みの都政になってしまうだろうとて、他の候補に期待するところがあったが、残念だ。

宇都宮・田母神両氏を支える左右両派市民のあいだから、両氏を報道が取り上げる機会が少ないとの不満の声を聞く。報道機関が上位二位と予想される舛添・細川二氏に偏向して都知事選の報道を行っているという。

呆れてしまう。自身が応援する候補の無能力を知るべきだ。討論の内容を聞けば、そうした状況になるのは当然ではないか。

報道に無視されるような者は、最早、その時点で現代政治とは関われない。報道機関の存在を是とする限り、これを手玉に取る技術が現代において政治・政治家には必要なのだ。

宇都宮・田母神両氏の昨夜の討論を聴くと、東京都に対して、データや資料の一つでも請求し、討論のために用意するということを行っていないことが確かめられる。データを準備し、裏付けを語り、精緻に政策を説明するということに必要を感じないのだろう。都民のことを自身と同様に、皆、大雑把でいると思っているのだろうか。

報道の現場に、そんな候補を取り上げても意味がないとの雰囲気ができてしまうのだ。これは至極当然であり、健全なことだともいえる。

毎晩遅くまでデスクに怒鳴られながら、記事やニュースを編集している記者に対して、主張を枉げげることなく、これは伝えなければならないと思わせる「編集力」が報道される側の現代政治家には必要なのだ。

自身が応援する候補の劣勢を報道関係者の責任に転嫁してもいたしかたない。報道対策という、現代政治において、最も重要な点についての戦略に欠けてしまっていることを候補に伝えてやるべきだ。

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舛添殿は、同郷なれど、あまりに、あたり前の御仁にござれば、面白うござらぬ。

田母神殿には坂上田村麻呂に縁の御血筋にござれば、政治とふ、汚らはしきことどもなど棄てをき、ひとり高みに御出であるこそ望ましけれ。

やはり、細川の殿こそ、、、。
常人ならぬことどもを、触れつづけ遊ばし、轆轤上の首邑を好みのままに、捏ねくり廻してゾ、愉快なりけり。
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今回の事故で助かった方が「500メートルくらい手前で、おおすみの接近に気がついた」(船長は)「前を向いて操縦していて気づいていなかったと思う」(朝日新聞記事ママ)と説明しています。

また、同じく、朝日新聞報道によると救命胴衣の着用がなかったといいます。

http://digital.asahi.com/articles/ASG1H7DHDG1HPITB028.html?_requesturl=articles%2FASG1H7DHDG1HPITB028.html&ref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG1H7DHDG1HPITB028

後方500メートルに、進路変更が困難な、〜まして、複数の島が浮かぶ狭小な水路を〜 巨大艦船が航走してくるのに気づけば、船長へ報告するのが海上での常識です。救命胴衣不着用についても、海上でのルールを無視するものです。

おおすみのような1万屯近い船が航行可能な航路を航走する上で、船長自身が後方の確認を怠っていたことも、問題外のことです。

政府は、今回の事故にともない、早々に「遺憾の意」を発表しました。しかし乍ら、事故原因については調査に入ったばかりであり、おおすみ側に過失があったか否かについて、今ところ不明です。ひとまず撤回することを求めます。
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にえもつの祭 

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磐座を前に、額づく祭比売(まつりのひめ)の心は国土(くにつち)に揺らぎ、魂は、森をいく風、よせる波、降る雨にとける。

神々の声は、うごめく音は、野に、空に、潮に、かすかに、か細く、しかし、確かに在って、祭比売の耳に、心に、魂に語る。

天地・あめつちの、海原・うなはらの、その恵み、慈しみを知る今日。
新嘗祭・に えもつの祭の日が夜をむかえ、遥かに、静かに更けいくやすらぎ。

「勤労感謝の日」などと云う下司な語が言う意からは、ほど遠く、遥かな日。



繰り返しになりますが、自衛隊を呼ぶのに「わが国軍・自衛隊」と会話の中で呼称する国民・市民がどれだけいるかで、憲法9条を淵源とする自衛隊を取り巻く問題の解決に向けた社会的圧力の厚さ、薄さが決まると私は思っています。

憲法の上の問題を解釈や、或は条文の改正で修復しよう、その他個別法の整備や、具体的な自衛隊の編成・装備の整備について議論行うなどの事は、それはそれで行っていかねばなりませんが、これらのことは(憲法問題も含めて)私は枝葉末枝の事柄と思う所です。

志が有る国民・市民のどれだけが自衛隊を「軍」「国軍」と呼ぶか、私的に「軍」「国軍」と呼称し、どれだけの国民の心、あるいは潜在意識の中に軍・国軍としての形が育まれるか、そこからだと思います。

日本会議という右派市民団体(欧米の常識でいえば同団体が主張するような安保・外交・教育に関する提言は、中道から左派政権の政策と類似の域と思われますが)があります。同団体には右派、厳格な保守派を自任する方々がメンバーを構成されています。ところが、現在のところ、メンバーのどなたも、会話中自衛隊を「自衛隊」としか呼ぶことをされてお出でです。誰一人、日常の会話の中で自衛隊を「軍」「国軍」と呼称している方に出合う事はありません。

自衛隊問題について、話題にされてはいますが、実は、生活の実態中、政治家や学者など、他人任せのままにしておいでなのです。

会話の流れのなかでさらりと自衛隊に「わが国軍」との冠を被せて呼称することは「自衛隊は世界の常識で言えば軍なのだよ」と理屈だてて話している、或は説明している状態とは違います。生活感として国軍・自衛隊を語っているということなのだと思うわけです。

会話の相手からは相当戸惑われますが、意に介さずこうした呼称が常識だと、言ってみせる、伝えてみせることで、広く国民・市民の心あるいは潜在意識中の「国軍・自衛隊」を育てることが、自衛隊を取り巻く問題を解決する上で、国会での議論よりも数相倍有効な社会的雰囲気を醸成すると私は考えています。

公式には自衛隊の呼称は「自衛隊」でも、一国民・市民が自衛隊を「軍」「国軍」と私的に呼ぶことについて、政府が止めたり、報道機関が警告を発したりすることはできません。

公式には自衛隊の呼称は「自衛隊」でも、一国民・市民が自衛隊を「軍」「国軍」と私的に呼ぶことについて、政府が止めたり、報道機関が警告を発したりすることはできません。

自衛隊をどうするか。

心ある人々が、胸中に「精鋭の国軍」としての自衛隊の姿をつくる所からだろう。国民・市民が勝手に「わが精鋭の国軍」を作ってしまえばよいのだ、そう、強く思っております。
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