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大久保利通候警護よりも堅固.警備厳しく大臣襲撃断念 |
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2008年12月05日
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昨日25日は三島由紀夫が東京市ヶ谷の自衛隊駐屯地で自決した命日でござりました。 |
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// 朴訥、粘りの東北人気質 VS 楽天・行動の九州人気質 小沢 VS 麻生 // ━━━━━━━ 麻生首相と小沢民主党党首対決の結果は、それぞれの出身お国の気質で勝敗が決まるのでは、 と臣はかねがね、思うのでござりまする。 それは、ある政治史の一遍を思い出すからでござりまする。 ━━━━━━━ 首相の麻生さんは福岡県出身。 東北・岩手の政治家と九州・福岡の政治家の対決 というと思い出す歴史がありまする。 終戦の昭和20年を前に、繰り広げられた東方会代表・中野正剛と陸軍大臣から首相となった 東条英機。二人の間にくり広がられた抗争でござりまする。 中野正剛は福岡県出身。東条英機は岩手県出身。 当時の抗争は福岡出身の中野が野党党首。岩手県出身の東条さんが首相でござりました。 現代の岩手、福岡抗争は福岡の麻生さんが首相で、岩手の小沢さんが野党民主党代表で 60年前と攻守、処を代えておりまする。 が、 岩手県出身の政治家が、その気質で福岡県出身の政治家を追い込む、という図式でよく似ておりまする。東条首相は激烈な行動で、自分に対する批判を展開する中野を、時をかけ、冷静着実に政治的窮地へと追い込んでいくのでござりまする。 その後、国会では政府提出の戦時関連の原案に対してことごとく反対。東條首相の退陣を図ることを目的に、近衛文麿や東久邇宮稔彦王を中心とする宮中グループや重臣達を動かして、いわゆる「重臣会議」の開催を画策したのでござりまする。 ━━━━━━━ 中野正剛は、まさに、九州人特有の楽天家・熱血気質の行動で東条首相を弾劾したの でござりまする。 一連の中野の動きに対して、東条首相は中野の同志を逮捕・勾留するなどその周辺から抑圧を始めます。中野が主宰する東方同志会(旧東方会)他3団体の幹部百数十名が東京憲兵隊によって検挙されなどした後、やがて中野も拘禁されるのでござりまする。 拘禁の理由は、倒閣工作謀議と「日本は負ける」とある青年に中野が語ったということでござりました。 ━━━━━━━ 東条首相は、東北人の朴訥さを地でいく人柄であったと聞きまする。 隣近所のゴミ箱の中身をのぞいて国民の生活を知るというようなまじめな首相であっ たとも言いまする。 一方、政敵に対しては、冷静沈着に手を打ち、追い込む静かなる凄みを持つ政治家で もあったようでござりまする。 軽薄・短小気質の九州博多出身でありまする臣から見ると、このような東北人の寡黙 な粘りには到底かないはしない、といつも思うのでござりまする。 それはまた、攻めに強く、守りに弱い九州人。その逆の東北人ということが頭によぎ ることでもあるのでござりまする。 そして、中野正剛ですが、取り調べを受けた後、一旦帰宅。翌々日の夜。「千里の目を窮めんと欲し 更に上る一層の楼」としたためた色紙を、子息に手ずから渡した後、書斎で腹を捌いて自刃して果てまする。 総裁選挙では、九州人得意の攻めの動きで大勝した麻生太郎首相。 その後、じりッじりッと「 窮地 」へと追い込まれている様子がござりまする。 一方、小沢民主党党首も、そう得点を上げるような華々しい動きはありませぬ。 ところが、派手さに欠ける地味な動きを行なう時こそ、東北人はその力を発揮している最中だ、とも言えるのでござりまする。逆に自ら、楽天家と称する麻生太郎首相。九州人が守りに回った時のもろさは自他ともに認めるところ。 昨夜、小沢党首からの呼びかけで、初めて実現した党首会談などはテレビ桟敷から見ておりますと 「何のために?」といぶかしげにもおもえるのですが、案外東北人気質の寡黙なる凄みが、後々利いてくる舞台の一幕でもあったのか と恐ろしげに感じるのでござりまする。 麻生首相と同じく九州人の臣のオツムでは、この辺りまでの読みが精一杯でござりまする。 皆様は、この勝負、どのような行くへとなるものと思われまするか??? (画像は麻生首相HP、小沢党首HPなどから拝借いたしました。あしからず。)
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臣は、田母神論文の内容を正しいと考え、氏を全面的に支持するものでございまする。 |
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【TB】 歴史文化研究所さんblogより |
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