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菅首相は、就任直後に靖國神社への参拝はしないとしていたが、この参議員選挙の遊説でも中国など近隣諸国の意図を斟酌することを理由に改めて参拝しないと発言した。
他国の指導者の発言や意向を汲み、靖國参拝せず、と公言することは、他国の権力から思想・信教の自由を蹂躙されることを自ら望んでおこなうという、道化を演じることに気づかぬのだろうか。
自由主義に立つ国であれば、いずれも、国家権力の暴走を想定して、個人の思想・信教上の自由を法で保障するが、他国の意思による抑圧を自ら呼び込んだ例を世界史に知らない。
菅首相に限らず、近隣諸国との関係を重視するという理由から靖國参拝を行わなかった首相が多々あるが、その意味合いの深刻さを理解しないのだ。
国民から見れば、首相が代表して国民の思想・信教の自由を遺棄しているということではないか。
国民の思想と信教の自由を守るという点から、わが国首相は堂々と靖國参拝を果たすべし。
(天邪鬼居士)
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2010年07月15日
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【 神聖議会 対民主党新政権諜報室 報道情報 7月15日 早朝版 】
今日の新政権関連記事は下記後段5リンク。
<掲載記事コラム>
〜 政策なき政局の亡者小沢氏に日参の菅首相 〜
後段のリンク記事、「菅首相>小沢氏に会えず 民主大敗で八方ふさがり 」によると、
首相は、内閣特別顧問を兼務する稲盛和夫日航会長と14日に会ったという。その席で、「小沢さんと会える日時が決まっていない」と首相は、稲盛氏にグチをこぼしたらしい。 前日もふれたが、党代表が、前幹事長に会えない、とはどういうことか。
記事は、「小沢氏と会えたらおわびをしたい」、「小沢氏に、反省が伝わることを期待」など続く。
このような首相の動きに対して、周辺からは、「小沢さんにひよったら支持率が下がる。ひよってはいけない」と、小沢氏との関係修復を図ろうとする首相の姿勢を懸念する声があがっているという。 小沢氏との関係修復に懸念を示す声は的を得ている。小沢氏排除、それは、国民にすれば、政治と金の問題糾弾と同義なのだが、について菅首相は妥協するのだ、と国民は受け取る。雲隠れした小沢氏への連絡がつかない事について、首相が焦燥を感じている姿には、このまま菅政権が続いても、事実上、鳩山前政権と同様の亡霊・小沢一郎にとり憑かれた傀儡政権なのだとの不信感を国民の間に増幅させもする。
どうやら、菅氏は、市民活動家から出た初めての総理大臣という経歴とは裏腹に、市民なるものの心の動きが読めないのだろう。
否、菅氏が思う市民なるものが、実は本物の市民とは違った人々であったのかもしれない。 「静かにしていた方がよい」と引導を渡し、小沢氏を成仏させたつもりの菅氏であったが、小沢氏は、サンズの川の船宿辺りに身を隠して、だんまりを決め込んでいる、とでも喩えられる状況の民主党。
その民主党は、9月5日に代表選挙を行うことを決めているが、甦った、政策なき政局の亡者小沢氏に許しを請おうと、その日まで日参する首相の姿を、国民は見せられることになるだろう。 さっさと、参議院での民主党との会派を離脱した国民新党の動きを典型に、党外でも菅政権を見限る動きが急だ。民主党内の抗争に巻き込まれるのはまっぴらと、亀井国民党党首は、甲羅の内側に隠れたのだ。亀井代表は、長い政治家としての経験からくる嗅覚によって、今回の民主党の抗争が、ただ事では済まない匂いをかぎとっている。
他の野党はと言えば、9月までには、菅政権は自壊すると、その時を待っている。
菅政権は事実上、既に死に体なのだ。
菅氏が、自身を私心無き政治家とするのであれば、時を措かず、解散総選挙に臨むべし、或いは、職を辞すべし。
しかし、今日までの首相の行動に見えるものは、立場を守る事への執心のみだ。
そのような首相の動きで、このまま、民主党代表選挙までの間、わが国の政治は開店休業だ。
菅首相>小沢氏に会えず 民主大敗で八方ふさがり 毎日新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100715-00000006-maiall-pol 「決戦9月代表選」 小沢氏擁立論も 両院議員総会30日開催へ 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100715-00000065-san-pol 「小沢氏に出馬してほしい」側近が9月代表選に期待 両院総会の早期開催も要求 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100714/stt1007141207007-n1.htm 菅政権は「お子ちゃま政権!」市場から噴出する不信の声 産経新聞イザ
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/policy/415577/ |
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【 神聖議会 対北朝鮮諜報室 報道情報 7月15日 早朝版 】
本日の神聖議会報道情報は、下記後段の沖ノ鳥島記事以下6リンク。
沖ノ鳥島は、「岩に過ぎない」と中国が主張する一方、韓国も日本の領有について異義を唱えている。これら、他国からの干渉を国際場裏で、押さえ込める十分な手たてが必要だ。
同島を中心とする排他的経済水域(EEZ)は、半径200海里(370.4km)、約40万km²の広大な洋上に及ぶ。尖閣、竹島、北方領土と、併せて4箇所目の領土問題との認識で、政府は対応するべし。 北朝鮮は、韓国哨戒艦撃沈事件の実務者協議の場を、新たな喝上げ外交の場としてくるだろう。建前は、同事件に関わりなしとする北朝鮮だが、国内では撃沈を戦果として宣伝するポスターが出回っているというではないか。
日・中・韓・米・露で現政権を潰し、共同管理を行う、という手立てもあるだろう。いづれにしても、この厄介の国の行く末について、関係国で具体案を考える時期に来ている。
日韓共同の歴史教科書が理想と、噴飯ものの発言を岡田外相がしたという。
現代史に至って歴代の韓国大統領が、法廷に立たされ、犯罪人として裁かれた、と云う事実も、遠慮なく日韓両国の少年たちに教えて良いの、かな? ロシアは、先月末から北方四島を含む、極東で大規模軍事演習を展開した。
その総括の記念として、今回「対日戦勝記念日」なる日を制定するらしい。 極東において警戒に当たる、ロシア武官が握る、双眼鏡は、日本列島を越えて、東シナ海以南の中国大陸に向いている。日本列島と、その周辺の海への、中国の進出に、ロシアは,神経を尖らせている面もあるのだ。両国を抑える、外交の鍵はこの辺りにある、と神聖会議は見ている。 沖ノ鳥島を拠点化 EEZ計画閣議決定/産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100714-00000067-san-pol 対北朝鮮で日米連携を確認 外務副大臣、副長官と会談/産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100714/plc1007140817004-n1.htm 北が哨戒艦爆沈連想させるポスターを配布、RFA/聯合ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100714-00000021-yonh-kr 日本海と黄海で米韓合同演習へ=2プラス2後、中国反発も/時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100715-00000023-jij-int 「理想は共通の歴史教科書」 岡田外相が韓国紙に/産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/100714/kor1007141241002-n1.htm 「対日戦勝記念日」制定へ=北方領土占拠正当化に狙い―ロシア/時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100714-00000122-jij-int |
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編者の主張 竹島は日本の領土
朝鮮半島の東の沖合約130キロに周囲10キロほどの鬱陵島(うつりょうとう)が浮かんで います。鬱陵島から更に90キロ東南東の位置に韓国政府が不法に占拠をつづける、わが 国固有の領土・竹島があります。 江戸時代には現在の鬱陵島を竹島とよんでいたのですが、松江藩の廻船業者が1600年代から、アザラシ漁などの目的で渡島していた事実があります。
北海道開拓史には必ず名前が出てくる、探検家・松浦武四郎は、安政元年(1854)、元治2年(1864)、そして明治3年(1870)の3回にわたって渡島し、竹島図を残しています。
江戸幕府、李氏朝鮮両政府の認識では現在の竹島は竹島(現・鬱陵島)の属島でした。
両島は江戸時代から日本人が住み、わが国が実質的に領有していたのです 。
近代国家へと転身したわが国政府は、明治38(1905)年に鬱陵島及び、現在の竹島を自国領として国際社会に公示し、島根県の一部と定めました。その後、鬱陵島では昭和16年まで、わが国の漁師によってアシカ猟が続けられました。竹島は鬱陵島属島として、やはり日本国島根県の一部でした。
鬱陵島は、大東亜戦争終結後のサンフランシスコ講和条約によって日本の領土から除外されました。竹島に関しても、一時連合国総司令部から日本領土から除外される文書が出されましたが、結局、講和条約には日本国領とされました。
その間、韓国は米国に対して日本が権利及び請求権を放棄する地域の一つに竹島を加えるよう要求しましたが、「竹島は朝鮮領土として扱われたことはなく、朝鮮によって領有権が主張されたとも思われない」という趣旨の回答(ラスク書簡)を米国政府は行い、要求は容れられませんでした。
最終的に昭和27年(1952)4月のサンフランシスコ講和条約の発行にともない、竹島は国際法上、わが国の領土として再確認されました。
ところがそれに先立つ昭和27年1月に、時の韓国・李承晩韓国大統領は「海洋主権宣言」なるものを一方的に行ない、いわゆる「李承晩ライン」を国際法に反して設定したうえ、そのライン内に竹島を取り込みました。
それ以降、竹島は韓国によって不法占拠され今日に至っています。
わが国は、 北方領土、沖ノ鳥島、竹島、尖閣諸島と四方に領土問題をかかえています。国民世論をあげての取り組みは必要です。
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竹島(円内)の西欧名の下に日本領を示すJapの表記がある仏製地図(島根県竹島資料室所蔵)
参照の地図は、1902〜04ごろ作成のフランス製世界地図。
わが国固有の領土で韓国が不法占拠する竹島が、日本領と明示されている。
竹島と鬱陵島の西欧名に続き、日本の領有を示す「Jap」の記述がある。
島根県の竹島資料室が所蔵。隠岐の島町の男性が所蔵する世界地図など約50点中に発見された。
18世紀はじめに作成されたドイツ製の世界地図も別にある。 ドイツ製の地図もアンクール島など表記されている「竹島」と、松島と表記されている「鬱陵(うつりょう)島」が並ぶが、鬱陵島と朝鮮半島との間に境界線があり、日本領としている。
いずれも、竹島が遅くとも17世紀には日本が領有権を有していたことを補強する資料。
また、当時のヨーロッパでは、竹島はもちろん、鬱陵(うつりょう)島も日本とする認識があったことも、併せて証明する貴重な資料だ。。 |
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