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読売新聞と朝日新聞が月内の解散、11月の末投開票の予定で首相が動いていると報じました。
《いよいよ、やんちゃ太郎と老獪一郎の決戦/東北・岩手と九州・福岡出身者の戦い》
やんちゃな太郎首相と、政治家として、いかにも老獪な(実は、実直、生真面目で、それゆえに誤解が多いのでは、と居士は見ているのですが)印象がウリの一郎民主党代表。生まれも、それぞれ、雪に耐えることを強いられる長い冬がある東北と、冬でもなお陽光まぶしい九州ですから性格も対照的なのは当然なのでしょう。日本の首相を選ぶのに天は国民に好対照の二人を並べて与えた、という感があります。
そんな太郎首相、一郎代表。東北と九州、岩手と福岡。そして老獪な印象とやんちゃな雰囲気と
お二人を並べて思い出すのが大東亜戦争を指導した東条英機首相と、当時の国会に東方会を結成、大政翼賛会への反抗を試みた政治家・中野正剛。東条首相は本籍岩手。中野は福岡出身の政治家なのです。
この二人の政治家の関わりについては、大東亜戦争の末期、激しく対立し、ついには中野が自刃におい込まれる、という逸話で世に伝わっています。その二人の間で繰り広げられた政治抗争が、いかにもそれぞれが寄って立つ故郷の風土に育てられた性分から出ているよな、と居士はつねづね思う所です。
60年前に、岩手と福岡出身の政治家の間で繰り広げられた抗争。現代ではどう展開していくのでしょう。その幕は前奏曲から、いよいよ主題へと移っていくようです。が.....。
《大政翼賛会と東方会》
中野正剛は、昭和16(1941)年の対米開戦を、自ら率いる東方会とともに支持しますが、やがて、長期化する戦局に懸念を抱くようになります。
この頃、国民世論を背景に政府・国会の機能が一体に収斂するという、おかしな現象がわが国では起こってしまいます。これによって、政界の議論は大政翼賛会で行こなわれるもののみが正しいという、皆さんご存知の状況に国民が望んで日本は陥ってしまうのです。中野はこのような政府・国会の状況に強く反発し、一方向へと集約していく国民世論に反発した、とも言えますが、昭和17(1942)年に行なわれた、いわゆる翼賛選挙では東方会から46名の候補を擁立。しかし、当選者は自身を含めて7名でした。
この敗北で、中野は、東条首相へ頭を下げる事を余儀なくされ、当選した同志の6名を大政翼賛会へと預づけることになります。
中野は、政治的敗北を期っしたわけですが、同年、その出身校である早稲田大学で学生を前に「天下一人を以て興る」を演題に、二時間半に及ぶ東條首相弾劾演説を行います。つづけて歳が代わった、昭和18(1943)年元旦の朝日新聞紙上に「戦時宰相論」という大論文を掲載。再び東条首相をこっぴどく批判したのでした。もともと、朝日新聞の記者であった中野は、言論人としての立場で、その失地を回復しようとしたのです。
その後、国会では政府提出の戦時関連の原案に対してことごとく反対。東條首相の退陣を図ることを目的に、近衛文麿や東久邇宮稔彦王を中心とする宮中グループや重臣達を動かして、いわゆる「重臣会議」の開催を画策します。重臣が居並ぶ席に東条首相を呼びだし、辞意を迫る、というこの計画は予め知られる所となり失敗します。
一連の中野の動きに対して、政情を不安定にするものと判断した東条首相は同年9月に入って中野の同志を逮捕・勾留するなど抑圧を始めます。10月には、中野と東方同志会(旧東方会)他3団体の幹部百数十名が東京憲兵隊によって検挙されます。中野の逮捕は、倒閣工作謀議と、「日本は負ける」とある青年に中野が語ったということが名目でした。
取り調べを受けた後、釈放された翌々日の10月27日の夜。「千里の目を窮めんと欲し更に上る一層の楼」と色紙に書きつけ、子息に手ずから渡した中野は書斎で腹を捌いて自刃して果てます。
《篤実な東条首相の政務と独立不覊の人中野正剛の流儀》
着実、実直に戦時の政務をこなしていく東条英機首相。首相の座にあっても質素な家に住まい、時には、近隣の家のゴミ箱を覗いてまでして、国民生活の実情を知ったといいます。そんな冷静な東条首相の冷静・沈着な政務の流れの中で中野は次第に追い込まれて行ったのです。
中野は独立不覊。言を通して、終いには命を断つ所まで自らを追い込まねばすまない気性の人でし
た。東条首相とは対照的な性分が、悲劇的な死を導いたのです。
東条首相も、軍部を抑えるとういう立場で首相に就任したものの、歴史はそれを許さず、戦後は一身に責任を負って刑場へと進み潔い死を遂げることになることは、皆さんご存知のままです。
世界史中、これ程つつましく、美しい死を果たした敗軍の将を居士は知りません。
国民は東条英樹首相の死を、世界史に例なき崇高な「戦死」の例として知るべきです。
一見、老練・老獪の印象があるのですが、実は東北人の実直さを持って淡々と職務に臨んだ東条英機首相。一方、九州・福岡の人らしく、性、淡白にして率直な行動で一世を風靡した中野正剛。60年前にいかにも、風土が育てた性分を代表した二人の政治家の関わりがありました。
《これからの岩手VS福岡は》
当時は、岩手の東条英機閣下が首相。福岡の中野正剛が野党党首でした。これから始まる、政治劇
は、その逆。守る側の首相がやんちゃな九州人で福岡の太郎さん。野党の立場で攻める側が、老獪な印象ながら、実は実直まじめな東北人らしい岩手の一郎代表。攻守代わっていかなる結果が待つものでしょうか。
いよいよのようです。
天の邪鬼居士
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