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<世の中ナビ NEWS NAVIGATOR> 瀬戸内海国立公園の景勝地、鞆(とも)の浦(広島県福山市)の埋め立て差し止めを県に命じた1日の広島地裁判決は、公共工事のあり方に一石を投じた。コスト面を重視する民主党が政治主導で、八ッ場(やんば)、川辺川ダム事業中止の方針を決め波紋が広がる中、この日の判決は開発より景観に重きを置いた。しかし、中止することにより地元住民や自治体の反発を招きかねないという点では共通する。1審段階とはいえ、判決は公共工事ストップの課題を改めて浮き彫りにした形だ。(25面に判決要旨) 「今後の推移を見守っていきたい」。1日午後の閣議後会見で、前原誠司国土交通相は控訴を含む広島県の対応を見守る姿勢を示した。公有水面埋立法(公水法)では埋め立て工事の免許を出すに当たり、県知事は国交相の認可を得る必要がある。認可するかどうかについても「前提が整っていない」と慎重な姿勢に終始した。 民主党のマニフェストに基づき、前原国交相は就任直後、八ッ場、川辺川の2ダム事業を中止すると明言している。2ダム事業の中止は、「今後の公共事業のあり方を見直していくうえでの入り口」と幅広くとらえる姿勢を見せつつも、発言はあくまでダム事業見直しに重点があった。 公共事業のあり方と景観が争点となったこの日の判決については、「方向性は共感するところも多々ある」とする一方で「鞆の浦とダムは少し分けて考えた方がいい」と指摘。 2ダム中止についても「景観を守る(ため)とは一言も言っていない」と強調、公共事業中止のモノサシで重視するのはあくまでもコスト面との姿勢だ。現在、景観か開発かを争点に争われているのは、香川県の景勝地・寒霞渓(かんかけい)(小豆島町)近くに予定された「新内海ダム」の再開発工事をめぐる訴訟があるが、こうしたケースは少数だ。しかし、事業の結果、景観が損なわれているケースは少なくないとの指摘もあり、判決が公共事業を見直す動きが改めて出てくるきっかけとなる可能性もある。 一方、今回の鞆の浦埋め立てについては、鞆町の再生策として賛成派からは期待されていた。2ダム事業とは同列視できないものの、公共事業ストップをめぐり、地元とあつれきが生じるのは八ッ場ダムのケースを見ればすでに明らかだ。 この日は、群馬県議会が八ッ場ダム建設中止撤回を求める意見書を可決した。前原国交相は「決議は重く受け止める」としつつも中止方針に変更がないとした。地元の理解を得るためのハードルは高い。判決は公共事業を中止する基準の難しさを改めて示す結果となった。【石原聖】 ◇町再生策仕切り直し 判決を受け、埋め立て・架橋計画の地元、福山市鞆町の住民や行政側には、計画を当初案通り進めることは困難になったとの見方が広まりつつある。町には過疎・高齢化や、車がすれ違えないほど狭い道幅、建物の老朽化などの課題が山積。賛成派住民は、計画が実現すればそうした課題が一気に解決すると期待をかけてきた。計画が中止になった場合、町の再生策はゼロからの仕切り直しとなる。 鞆町の人口は1960年代以降減り続け、61年の1万3144人が、09年には4957人と3分の1近くにまで減少。65歳以上の割合は08年3月末現在で40・2%に上り、全国平均の2倍近い。住民には「鞆の町からは若者が流出し、衰退するばかり」と危機感を訴える声が多く、賛否にかかわらず、新たな町づくりの必要性があることでは一致している。 市や賛成派住民は架橋によるバイパス道路で交通混雑を解消し、埋め立て地に観光バスなどを収容する大型駐車場等を整備し、地区を活性化したいと主張。計画に付随して、市は下水道整備や老朽化した建築物への修理費補助を行う予定で、判決にかかわらず進める方針だ。 一方、反対派住民は、橋の代わりに山側にトンネルを掘ってバイパス道路とする案を提示。判決はトンネル案を「交通混雑は相当程度解消される」と評価した。【前本麻有】 ◇国民意識、高まりも 今回の判決の背景には、景観保護に関する国民意識の高まりもある。和歌山市の景勝地「和歌の浦」の架橋工事を巡る景観訴訟の原告団長を務めた薗田香融(こうゆう)・関西大名誉教授(80)は、89年の提訴時に「歴史的景観権」という概念を初めて盛り込んだとされる。敗訴はしたが、景観保全を目的とした訴訟に影響を与えた。05年には「良好な景観の形成」を目指す景観法も施行。薗田名誉教授は「提訴した20年前はバブル期でリゾート開発が盛んだったころ。自然環境への関心が高まると同時に、景観保全の意識も強くなった」と話した。 国立マンション訴訟で原告団幹事を務めた上原公子・前国立市長(60)も「大きな工事をすると経済効果が高いという『神話』がバブル期まではあったが、今回の判決で、いかに景観が歴史、文化的に重要なものかが示された」と喜んだ。【田倉直彦、前本麻有】 鞆の浦景観訴訟で広島地裁が1日、言い渡した判決の要旨は次の通り。 【慣習排水権や漁業権利に基づく訴え】 慣習排水権を根拠に差し止めを求めることはできない。漁協は漁業権を放棄し、組合員らは公有水面で漁業を営む権利を失っており、同権利を根拠に差し止めを求めることもできない。 【景観利益に基づく訴え】 鞆の浦の景観は、美しいだけでなく、歴史的、文化的価値を有し、近接する地域内に住み、その恵沢を日常的に享受する住民の景観利益は法律保護に値する。公有水面埋立法は、景観利益を保護に値する個別利益として含むと解釈される。住民は景観による恵沢を日常的に享受しており、法律上の利益を有する。埋め立てられれば、景観利益について重大な損害を生ずるおそれがあると認められ、これを避ける他の適当な方法があるともいえない。従って、景観利益を有する者の訴えは適法である。 【争点の判断】 広島県や福山市が予定している対策は景観侵害を補てんするものとはなり得ない。景観の価値は私法上保護されるべき利益であるだけでなく、瀬戸内海における美的景観を成すもので、文化的、歴史的価値を有する景観としていわば国民の財産ともいうべき公益だ。しかも事業完成後にこれを復元することはまず不可能。事業が及ぼす影響は重大で景観を侵害する。政策判断は慎重になされるべきで、調査や検討が不十分だったり、判断が不合理である場合には、埋め立て免許は合理性を欠き、裁量権の範囲を超える。 【調査や判断の合理性】 道路は劣悪で改善の必要性もあるが、コンサルタントの調査は不十分だ。山側トンネル案でも混雑は相当解消され、景観保全を犠牲にしても架橋しなければならないかは疑問だ。コンサルタントの調査だけに基づいて県知事が判断するのは合理性を欠く。 【公共性の判断】 駐車場が不足しているが、地区中心部に確保する必要はなく、分散して整備することも検討されていない。フェリー埠頭の整備は島民の生活の向上に資するが、埋め立てによらずに整備する方策を検討すべきなのにその証拠がない。災害時の避難地としての埋め立て地の利用は格段に効果があるとはいえない。現状の道路網では下水道の整備ができないとの事業者らのパンフレット記載は、ほかの工法の可能性を排除しており誤りだ。 【結論】 埋め立て事業の計画は必要性や公共性の根拠となっている点について調査や検討が不十分か、一定の必要性や公共性があったとしてもそれだけでは埋め立てを肯定する合理性を欠く。よって知事が埋め立て免許を出すのは行政訴訟法の裁量権の逸脱にあたり、これを差し止める。
(10月1日12時54分) |
政界批評・論評
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♠ やはり公明党は日本政界に巣食うばい菌なのだ。 与党から転落すれば、不見識の極みといえる法案を平然と国会へ提出するという。 参政権は、地方参政権といえども民主主義を支える根本の権利。 国民としての諸々の義務を負わぬ国籍を持たぬ者に与えるとは、国民としての義務を 負う者との間の整合性をどう説明するのか。 議会制民主主義体制を崩壊に導くばい菌は葬るべし!!! 神聖会議 公明党の山口代表は26日、静岡市内で記者団に、永住外国人に地方選挙権を付与する法案を10月中下旬にも開かれる臨時国会に提出する方針を明らかにした。 公明党は1998年以降、与党時代も含めて、たびたび同法案を提出してきた。しかし、連立を組んでいた自民党内に慎重論が強く、2005年の衆院選後に提出した法案を含め、すべて廃案になっている。 同法案を巡っては、民主党の小沢幹事長が19日、李相得(イサンドゥク)・韓日議員連盟会長に次期通常国会への提出に前向きな姿勢を明らかにした。同法案成立に向けて「共闘」が成立すれば、公明党が野党に転落して以降、初めて民主党と連携する機会となる。 ただ、民主党内でも、慎重派と積極派が対立しており、意見の集約は図られていない。山口代表は連携について、「民主党がどういう政策決定をするかは定かでない。否定的な意見もあるようなので、よく見定めて検討していきたい」と述べるにとどめた。
(2009年9月26日20時01分 読売新聞) |
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読売新聞によると、自民党の細田幹事長は、24日夕方、記者団のインタビューに応えて、 「 麻生首相は、なんか字が読めないらしいですねなんて言って、それだけで楽しんじゃってる。 ブレたらしいですねなんて、そんな大したことないんだよ、それは。役員人事だろうが、閣 僚人事だろうが、そんなことどうでもいいことでしょう。 だけど、そのことの方が面白いんだ、みんな。それは日本国の程度を表しています。 そりゃしょうがない。そんなことを嘆いてもしょうがない。それは程度かもしれない。国民 の程度かもしれないしね」と発言した。 」 とのこと。 真を突くこの発言。その通りです。 是非とも発言の撤回というような恰好の悪いことをされないよう幹事長にはお願いしたいところです。 議席世襲の問題も同様。 福祉や教育予算などのバラマキを目先に立てならべられ、この人ならば、爺さんやオヤジさんの代からの政財界とのつながりで、生活に関わるプチ利権ともいえる、その辺りのことを実現してくれるだろうと世襲議員に一票を投じる。 固く言えば、この人に国や公を任せて、公平な公政策の実現を図ってもらおうというようなことを望むよりも、眼前にご馳走を並べられて、まあこの人を選べば「いいことあるかな」と歴世の政財界に顔が利く世襲候補を頼ってしまう。 細田幹事長が言うのとは逆に、公政策を行うに当たっての公平性・透明性の担保は、目先の生活に代えられないものだという「程度」が国民の側にあれば、地盤、看板、カバンをたよりにした政策立案・遂行能力なき候補は世襲候補とそうでない候補とにかかわらず淘汰され、選挙の結論は理想的なものになるでしょうし、政治も変わるでしょう。 こう考えれば、議席の世襲問題で問われているのは、実は、議員の側ではなく選ぶ側の国民の方なのです。選ぶ側の国民が各選挙で候補の政策を精緻に分析して投票を決断すれば世襲云々は問題ではないのかと思います。 というわけで、議席世襲問題は、日本国国民の「程度」を探る格好の材料ですな。 で、幹事長! 「ぶれたり、漢字が読めない」程度の事に興味が集中する国民は、長期的な視点で国家や公についての政策を考えるなどということとはほど遠いところから政治を見ているという点からすると、身近なところに予算をもってきますよという蜂蜜を好む国民と同種なのではということも考えられます。 であってみれば、そんな程度の国民に感心を買う甘言を口にすることで、票をかきあつめ、これまで一時期を除いて60年間、政権を維持してきた自民党の先生方の程度もそれ以上のものではない、という理屈になるのかとも思うのです。 (一輝) このページへたどりついたアナタの吉凶は!こちら http://blogs.yahoo.co.jp/jizai_tenzin/16358538.html |
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昨夜はテレビ各社が、一時間後に衆議院本会議場で解散の詔勅が読み上がられるのを前に、 「ここにおられる皆さん全員が、再びここへ戻ってこられることを、私は何より望むものです」 と目頭をうるませながら、自民党両院懇談会の場でスピーチをする麻生首相の顔を映像として流し た。 にほんブログ村順位争奪戦参戦中 会議に賛同の方は挙手に代えてポチっとな 「 長い籠城で水も食料も尽きるところまで追い込まれた。矢は守りのためだけに、無駄に放た れ続け、数を減らした。腰に佩くいづれの刀も錆をふくほどに抜いていない。 ここに至って城主はようやく、餓死するよりは城を出て戦おうと、涙ながらに言う。 極限まで追い込まれている将兵たちは、城主の言に応えて、餓死という惨めな死を向かえ るよりも、城外に躍り出て勇ましく討ち死にしょうと、今生の別れの挨拶に代えて、最期 の気勢を上げる。 」 この場での麻生首相と、自民党の議員諸氏の姿に、そんな安芝居を見せられた気がした。 目をうるませながら、皆の帰還を願うと言っても、帰還をより困難なまでにしてしまった原因は、 戦機を見誤りつづけた麻生首相本人にあって、その政治的センスの欠落がこの窮地を呼んだのだ。 国民の心理や政治の潮目を読む感性と云う点で、麻生首相は盲目的だと言える。 「 この選挙は、国を守り、国民を守る、真の実力を持つ政党は自民党か民主党か、その選択を 国民にしてもらう選挙だ。当然、その実力は自民党にしかない 」 とも麻生首相は語った。 国を守り、とは安全保障政策を指して言うもので、北朝鮮問題で極東が軍事的に緊迫するこの時を 捉えて、民主党に信頼して安全保障を任せられるのか、と国民に問いたいのだろう。 騙されてはいけない、 国を守るとは言え、自民党のそれは、この60年の間、国防の肩代わりを米軍にひたすらお願いす るということに過ぎなかった。 「米軍の駐留は第七艦隊だけでよい」とした小沢前民主党代表の発言をとり上げ、「わが国の安全保障 の現実がわかっていない」などとして、鬼の首を獲ったかのように自民党幹部たちが批判したが、こ のことから見てもわかるように、自民党にとっての「国を守る」とは米軍にすがる、と同義なのだ。 わずかにでも、冷静に考えることができる頭があれば、国の指導者が「国を守る」というときに、 パブロフの犬に見る反応に宜しく、寸分の疑念もなく他国軍隊のフォーメーションを第一に考える というのは異常なことだと気づく。 自民党にとって「国を守る」とは、その語の裏に含みとしてある、矜持だとか決意などという意味 合いとは事実上ほど遠い所にあって、ただひたすら米軍にお願いを申し上げることに過ぎない。 いつぞやの党首討論で政権担当能力が自民、民主の何れにあるものか国民に問いたいと麻生首相は 発言した。当然それは自民党であると、首相は自信に満ちた顔をしていたが、これにも唖然とさせ られた。このわが身の程を忖度できない自惚れが自民党に今をもたらしたのだ。 自民党は、安全保障・税体制・経済構造など国政における全ての面で問題をひたすら隠蔽、先送り しつつ、一方で利益誘導を行いながら目先をごまかすことで戦後60年、一時期を除いて政権を維 持してきた。 自民党が有する、他が持たぬ類い稀な能力とは、政権担当能力ではなくして、政権維持のための能 力に過ぎない。 60年の長きにわたって政権を預かってきた結果、国民に残したものは、天文学的な桁を示す借金 と、政治的混乱のみであることを思えば、その能力のほどが知れるではないか。 |
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にほんブログ村順位争奪戦参戦中 会議に賛同の方は挙手に代えてポチっとな 総理総裁として東京都議選惨敗の責任問う自民党内からの声が強く、21日の解散を口にした麻生首相だが予断を許さない状況だ。 都議選の責任を問うとは、退陣要求と同義であり、麻生首相による解散を阻止し総理総裁の首をすげかえて、より有利な状況で選挙を戦いたいという先生方の事情に過ぎない。そこには国民の存在はなく、議席への執着と党内抗争を露にした「理由なき反抗」があるのみだ。 一方、来週、首相が解散を断行すれば、命名するに大義も何もありはしない、「理由なき解散」という所になるのかと思う。 国民は救われない。 (居士) 以下、6月後半に記したコラム。お目汚しながら........。 // 西日本新聞 7月4日掲載 無意味となった解散 // 麻生首相が7月中旬を軸に衆院の解散を検討しているとの報道があった。 ここにきて、解散に至る要件は、自民党内の政争いかんという矮小なも のになっている。選挙の劣勢を挽回するために麻生首相の降板を、とい う至って卑小な党内世論と、解散権のみが、政権を維持する上で唯一の 力となっている感の麻生氏と間のせめぎ合いから解散が論じられている。 国政運営上の長期的視点や、野党との間の政策の差違への賛否を国民に 問おうというものではなく、至って矮小だ。 解散を行い、政治の停滞感を払拭することを求められて総理総裁へとな った麻生氏が、躊躇している間に、衆議院の任期が2ヶ月ほどとなった 今日に至ってしまい、解散は、これを行う理由させ失ったともいえる。 国民に信を問う事から逃れつづけた結果、解散という国政運営上最大の 権限を国民とほど遠い、党内事情によって行使するに追い込まれた麻生 首相の政治的責任は重い。 このページへたどりついたアナタの吉凶は!こちら http://blogs.yahoo.co.jp/jizai_tenzin/16358319.html |




