春が来て、上の子は小学校に上がり、
真ん中の子は、満3歳児クラスから年少に上がり、
それぞれ新しい環境に移ろいで行きました。
当然、親の立場や人間関係も大きく変化するわけで。
今まで毎日当たり前のように合わせていた顔が、一新。
在園児の学年が変わるだけでも、コミュニケーションには変化が。
ちょっと寂しくもあり、でも、それもまた然り。
今までのお母さん方が、フランクで明るくて、弱みや噂に頓着しない、付きあいやすい方ばかりでした。
こんなこと、滅多にないことだと思うので、
今までは今まで。
これからはこれから。
同じ顔ぶれでも、おや、っと肩すかしなこともあるけれど、
それはそれ。
この間、人間関係のコツ、について話し合う機会がありました。
この春、ちょっと変だな、と思うことが続いたので、興味もあって参加しました。
『コツ』
約束は守る。
連絡は怠らない。
伝える時はちゃんと伝わるように。
人間関係はあえて切らなくてもいい。
いい意味で鈍感になる。
想像は想像にすぎない。―分からないことは、聞く。
等々が挙がりました。
参加された方のいろんな経験から、これらが挙がってきました。
その中で、自分にとって嬉しかったこと。とリーダーさんが言ってました。
これを聞いて思ったのは、
相手に対しても、自分にも、誠実であれば大きく間違わないのかなー、と。
人間関係は、相手のあることではあるけれど、
自分の捉え方も反映してくることでもあるので、自分の気持ちに向き合うことも大事だと思いました。
自分が気持ちいい、楽なスタンスが、良い人間関係を気づくコツかと。
誠実であれば、自己中にはならないし。
勇気づけでは、問題が誰の問題か?という目線です。
これも、ひとつ気持ちを切り離す一つの指標。
先日読んだ記事ではっとしたのは、
命は誰のものか。
というもの。
現代では、子どもたちに命は誰のものか教える親たちも含め、命は自分のもの。と捉えている人が多い。と書かれていました。
自分のものではないことに歯止めを利かせていたのが、宗教で、命は神様のもの、と捉えるから大事にしてきた。
なまじ自分のものだと考えるから、自分で命を断とうとしたりするのだと。
人が死んで困るのは自分ではなく、のこされた人なのである。
つまり、人は他人のために生きるのである、と。
人のために生きるって、誠実である、ということ。
利害や損得で勘定して生き抜くのではなく、
誰かのために、その誰かがまた、誰かのために。
巡り巡る。
潤いがどこかで滞るのではなく、あらゆるところで潤いが循環する、その知恵を授かっているのが人なんだと思いました。
人間関係は、誰かをおもう心があってこそ。
昔、働いていた頃、その仕事に愛があるかどうか、それが仲間の中では大事でした。
愛のない仕事は、雑で、空しいものです。
同じことをしても、愛がこもってないとおのずとわかるもの・・・。
そんな昔のことも思い出しました。
ひとりごとです。
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