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8月6日 弱くなった雨は、夜半に上がった。 午前4時半、朝食。 相変わらず、潤いの有る食事を美味しく戴いた。 食事が済むと、他の宿泊者は、あたふたと夫々の目的地に出発する。 今日も昼過ぎから天候が崩れる予報だ。 昼のバスに乗って帰る事にする。 前庭で、ぼんやりしていると野呂川越から女性が下りてきた。 熊野平小屋から来たそうだ。 長い髪に、垢抜けた顔立ち。 だが、根っからの山屋さんなのだろう。 苦手な林道歩きで、左足の調子がおかしくなる事が懸念されていたので、10時には小屋を出る事にした。 早めに出発の準備を整え、小屋の前でボンヤリしていると、誰かが上がってきた。 アルバイトのセルくんだった。 星さんが切望し、私も何度も行き違いで会わずじまいだったセルくんだ。 私は、彼が大のお気に入りなのだ。 ほんの数十分の再会が、私を幸せな気分にした。 名残惜しかったが時間だ。 「また、来ます。」 そう云って、小屋を後にした。 小仙丈沢を過ぎ、先程通って来た林道を見下ろすと、小屋で会った女性が歩いて来るのが見えた。 大きなストライドで、滑るように歩いて来て、程なく我々に追い付いた。 そこからは、3人で話をしながら歩いた。 もうすぐバス停というところで、雨粒が落ちてきた。 雷鳴も近づいて来た。 昨日の二の舞いは御免なので、さっさと雨仕度を整えた。 バス停で待っていると、本降りになり、雷もピシャンピシャンと賑やかだ。 やっとバスが来た。 乗り込んだ刹那、雨は滝の様な豪雨に変わった。 林道は、もはや川のようである。 芦安の駐車場に着いた時は、雨は上がっていた。 彼女に「また、両俣で。」と別れを告げて、我々は入浴と遅い昼食を摂る事にした。 画像中央の白鳳会館で食事と入湯。 注文したうどんは、意外にも手打ち麺で美味しかった。 温泉は、湯質は良かったが、施設はショボイ。 しかし、女湯は男湯の倍のスペースがあったそうだ。 県道を甲府に向けてハンドルを切った。 「良い山旅だった。」 しみじみ、そう思った。 これで日常に帰る。
その事は、少しも嫌でも嬉しくもなかった。 まだ、私は旅の途中。 そして、流れの中にいるのだから。 |
生誕50年記念登山
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小屋の前に辿り着くと、すぐさま中に飛び込みたかったが、ザックを軒下のベンチにおろし煙草に火を着けた。 オカンに先に小屋に入る様促した。 私は… 苦手なのだ。 酒場であれ、釣具屋であれ、先客の居る場所に「オウ!来たよ。」とばかりに肩で風を切って入って行くのが。 一服してレインジャケットを脱ぎ小屋に入って行くと… 「アラー!なによー!!真面目に山道なんか来るから竜神さまの洗礼よ!」と 早速、先制攻撃が来た。 午前中、降雨のために林道バスが止まったにも拘わらず、馬鹿尾根を来た登山者で小屋は賑わっていた。 そして、午後になりバスが復旧すると、その数は更に増え、夕食が始まる時間に到着した夫婦を加え、最終的に12人になった。 温かい飲み物を貰い、2階の寝床に辿り着くと猫が2匹先客で寝てた。 傍らで、しばらく荷物の整理をしてから、アルコールを少し摂取し昼寝に入った。 猫たちの邪魔にならないように。 微睡みながら、改めて思った。 ここが、世界で一番好きな場所だと。 小屋番さんや他のお客さんと世俗とは無縁の会話をし、猫と遊び、美味しい山水 を呑む。 前庭のガーデンセットで飲み食いし、眼前の名も無き山とその上の青空とゆっくり流れて行く雲を飽かず眺める。 それだけで充分に幸せになれる。 そんな場所だと。 |
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野呂川越、13時。 |
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独標では、展望が開けていた。 東西夫々の山並みが美しい。 今まで辿ってきた尾根筋も見渡せた。 いくつもの小さなピークを越えて横川岳に。 独標からは以外と手間取ってしまった。 昨年、両俣からここまで散歩に来ていた。 だから、おおよそ小屋までの算段が付いても良さそうなものだが… 豈図らんや。 昨年の9月6日に列島を横断した台風に寄って、様相は一変していた。 折れ重なる倒木の山。 それをある時は跨ぎ、ある時は潜って進む。 進退窮まったところで、新しく切り開かれたトラバース道に入る。 それは、予想よりとても長い距離をチェーンソウで切り開いたものだ。 両俣小屋の星さんが一人で気の遠くなる程の時間と労力を掛けて作った道。 女性の、いや人間ひとりの技とは、到底信じ切れない仕事である。 登山者ひとりひとりの一歩一歩が踏み固め、何年後かには立派な登山道となることだろう。 樹林帯の中を彷徨う様に夢中で歩くうちに、野呂川越に転び出た。 |





