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折角、久しぶりの連休が取れたというのに・・・
全く、台風に翻弄されてモチベーションを無くしていた。 山小屋に入れてあった予約をキャンセルして、一日は甲府で過し、もう一日は先日、訪ねたが留守をしていて会えなかった、あの男のところに行く事にした。 自宅から3時間。 信濃デッサン館に到着。 中に入ると、あの男は唐突に立っていた。 百年の時を経ながらも、画は描き上がったばかりの様に、瑞々しく輝いていた。 彼には、「なあ、ムラヤマ!」と声を掛けてやりたくなる。 とても身近な存在だからだ。 何故なら自画像の男はムラヤマに他ならないが、同時に私自身でもあり、あなた自身でもあるから。 若い日、私自身も絵の中の彼に負けないぐらいに希望と情熱と憂鬱と挫折感を持っていたと思う。 年齢を重ねるにつれ、そんなものは徐々に失ったり手放したりした。 しかし、その代償に自分は何を手にしたのだろうか・・・ 幾らそれを自問自答したところで、全く答えははじき出せない。 30分程、彼と対峙していると、全身の筋肉が熱を帯びて来るのが判った。 力を充分に与えられたので、他の絵は見ずにデッサン館を後にした。 |
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大型連休の最終日。
渋滞をかい潜り車を走らせる。 長野県上田市。 塩田平を見下ろす小高い丘の上に無言館は建っていた。 無言館は、太平洋戦争の為に志半ばで散華した画学生の遺作と遺品を展示する美術館である。 入館すると外からは想像出来なかった多くの人が、腰を屈めて静かに観覧していた。 順繰りに各作家別に展示されたプロフィール、遺作、遺品と観て廻る。 全体の三分の二ほど見終わったところで・・・ 何がトリガーを引いたのか解らないが、いきなり頭の中で何かが弾けて、溢れ出すものが留まらなくなった。 これ以上の観覧は不可能となり、中断。 オカンに声を掛けると外に出た。 彼女は「やっぱり・・・」と。 どうやら、予想はしていた様だ。 出口の近くに大きなパレット型の黒花崗石のモニュメントがあった。 その「記憶のパレット」と銘記された碑には 「私たちの芸術と 私たちの銃の前にあった すべての芸術のために」 という文言と、戦争で逝った画家たちの名前が刻まれていた。 帰りがけ丘の下の日だまりに親子の猫がいた。 母猫は仔猫の首っ玉を後ろから抱きしめながら、頭や耳を舐めて手入れしてやっていた。 猫の母性を見て、穏やかな気分になった。 ちなみに、この日は隣接する信濃デッサン館に別の男を訪ねて行ったのだが・・・ 彼は留守だったので、またいずれ再訪したい。 |




