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花曇りの空の下、桜の大木はどれも満開の花を誇らしげに咲かせていた。 砧公園の中に、こんな見事な桜の古木が何本もあるのを始めて知ったが、天気のせいか、この様な時世のせいか、余り華やいだ気持ちにはなれなかった。 今日ここに来たのは、世田谷美術館で開催されている、「白洲正子」展を観るためだったが、開館当時に訪れた北大路魯山人の展覧会から数えると、もはや、四半世紀の永い時間を閲していた。 白洲正子氏の素晴らしさは、権威に囚われる事無しに自分自身の鑑賞眼だけを頼りにして、美を見極めた事だろう。 日本人の信仰とは旅の中で、山川草木に宿る神を感じる事であったと思う。 西行から芭蕉、そして折口信夫、白洲正子に至るまで、彼らは旅の中に言葉を紡いで来た。 飛行機や新幹線、高速道路と便利な時代ではあるが・・・ それは、もはや旅とは呼び難いものだ。 今、詩歌を始めて多くの言の葉が光彩を失ったのは、現代人が旅をしなくなったからだろう。 |
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大地震の後、かなりナーバスになっていた猫も、やっと落ち着きを取り戻した。 猫は、揺れそのもので動揺していた訳では無く、恐らく飼い主の動揺を映していたのだろう。 震災後の数日は、ただただ亡くなった方々の鎮魂を祈るばかりであったが・・・ 日本赤十字社の関係者から、被災地でタオルが不足していると聞いた。 身近なところからでも、細やかな復興支援を考えていた矢先だったので、自分が代表を務めるボーイスカウトの父兄にお願いしたところ、4日間でタオルが350枚、バスタオルが50枚程集まった。 昨日、仕分けと梱包を済ませ、第一陣が被災地に向って旅立って行った。 今後も日赤の要請に合わせ、物資を集めて送る計画である。 大学の同級生が亘理郡山元町に住んでいた。 自宅は、海岸線から2キロもない所だったので心配していた。 案の定、電話がつながらない。 気の良い人間だったので、こんな事で最期を迎えたなら、なんと無情な事かと悲痛な思いであった。 ところが、一昨日に宮城の関係団体を通じ、生存が確認出来た。 ストレスの原因が、やっと一つ解消した。 復興は始まったばかり。 この先、いったい何年掛かるのだろうか。 無事だった我々も、何かを担って行かなければならない。 追:先程、日赤の関係者から着荷の連絡が有り、タオルは現在、埼玉スーパーアリーナに収容されている 双葉町の皆さんに、配布される事になったそうです。 |




