幕末の遺跡をたずねて

日本全国の幕末遺跡を巡り歩く管理人。 遺跡めぐりを始めてからこの3年間で撮りためた画像を少しずつアップしていきます。

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管理人は本を読むのが好きだ。(あ もちろん漫画もTVも好き) ある日、サンディエゴにある大学で、面白そうな本を物色すべく、図書館を徘徊していた管理人はなんと幕末の思想化、頼山陽(らいさんよう)の書した「日本政記」を発見した。 頼山陽は儒者で、彼の思想は幕末の尊皇攘夷を盛り上げた維新志士たちに多大な影響を与えていたといわれている。 

それにしてもなんだな。 この本は歴史的な資料としてではなく、私の身長でも届く普通の本棚に並んでいた! なんと貸し出しもOKだ。 一体どういうルートでこんなところにたどりついたんだろう?? さっそく手にとって検証してみよう。 ぼろぼろだが、十分史料価値はあるようだ。 手書きではない。 印刷のようだ。 四冊の本を一冊に紐でくくってある。 最初のページをめくってみると「慶応丙寅(ひのえとら)年」とある。 ちょっと調べてみるとこれは1866年ということがわかった。 まだ坂本竜馬が暗殺される前の話だから、時代は明治になっていないね。 次のページをめくってみると「佐土原(さどわら)藩文庫」とある。 藩の書物ということだが、もちろんこれは廃藩置県が行われる前という証拠だ。 次に佐土原について調べてみると、宮崎県にある町の名で、その昔、薩摩藩の島津家から分派した佐土原島津家がその地をおさめていたのだそうだ。 さらに調べてみると、佐土原藩は戊辰戦争で遠く北の秋田まで兵を送った記録が残っているのだそうだ。 では、アメリカに持ち込んだのは薩摩藩と交流のあった、イギリス人か?

いやいや、そうともいえない。 1867年、パリで万国博覧会が行われ、薩摩藩はこれに参加している。 もしかしてこのときフランス人にこの本は渡ったのか・・・?

書物を海外に持ち出す、というのでシーボルトの話を思い出したが、ペリーが米国を出発する前に、日本の予備知識を得るためにシーボルトから話を聞いたりしている。 この本は日本を知ろうとした、幕末の時期のアメリカ人が資料のひとつとして日本で入手したのか?

もうちょっとページをめくってみると、「1970年イエール大学より寄贈」とある。 ここまでは確実にさかのぼれるが、その前がやっぱり不明瞭だ。 日本を知る上で、この本は外国人の役に立ったのだろうか? 文体は漢文だ。 管理人が見ても良くわからない。 ちょっと日本に戻ってきてから、この本の現代語訳の解説をみてみたら興味深いことが載っていた。 この「日本政記」の漢文は、日本人のためのものだから、文法は完全ではないらしい。 つまり中国語じゃないっていうことだ。 面白い。 漢字が並んでいるから中国語と断定はできないようだ。 

さてそろそろ結論。 この本はどうやってアメリカに来たのか? わからない。 だから、わからない部分は想像力で埋めよう。 ロマンだねぇ。 面白いのは30年前に寄贈されてから、貸し出し記録がないということだ。(笑)

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そうですよね。貸し出されても読めないですものねえ。サンディエゴの人じゃ。でも、私も読めない、、、

2005/10/9(日) 午後 3:32 catberry

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こんにちわ。ノーシンです。非常に興味深い記事ですね〜!本そのものの画像と頼山陽の画像が益々興味を引き立ててくれました。貸し出し記録が無い事に当然の事ながらウケましたがCozyさんのロマンには共感しました。

2005/10/14(金) 午後 0:49 rj_**bu


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