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高杉晋作の愛人おうのは、高杉晋作の死後、剃髪して尼となり谷梅処(たにばいしょ)と名乗って、ここ東行庵(とうぎょうあん)に住んだ。 下関より東にむかったところにある吉田村にある。 JR小月駅よりバスに乗り換え、約10分ほどで着いた。 このおうのという女(ひと)は死ぬまでこの地で晋作の霊をともらい続けたのがすごい。 その生き方は悲しいほど一途だ。 生き残った晋作の弟分たちの伊藤博文や山県有朋に無理やり尼にならされた・・・などと下衆なこと言う歴史家もいるようだが・・・管理人はそうは思わない。 民主度も上がり自由さが増していて束縛のないこの明治という時代。 もし本当に無理やりやらされていたなら、どこか遠くに逃げて別の男と結婚していたと思う。 現在の日本人にこういう生き方ができるだろうか。 多分できないと思う。 良いにしろ悪いにしろ、日本人が時代とともに失ったこころがここにもあると思う。 ここまでつくした彼女だが・・・死後、高杉家の人間ではないという理由で高杉晋作と同じ墓に入ることがかなわず、高杉晋作の墓より一段低いところに埋葬された。 |

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はじめまして。ノーシンと言います。愛人という身分で晋作の死に目に付き添えただけでも幸せだと思います。現在の愛人などその家族たちにとっちゃ疫病神のやうに扱われますもんね。まぁ現在にそんなピュアな愛人は少ないと思ひますが…
2005/8/28(日) 午後 10:42