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長野県小川村は高山市から車で1時間強、その名のとおり山に分け入ったところにあり、高山寺はさらに小川村の高台に立っていてアルプスが見え、美しい村でした。
小川村は真言宗豊山派のお寺です。
三重塔は1195年創建、1694年再建、源頼朝の祖先先徳が建立したらしい。
仁王門 宝珠山
狭い境内ですがさらに山門があります。
山門の右手に三重塔
観音堂
暗くなる前に糸魚川市まで移動です。
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WIKIPEDIAでは鎌倉時代領主の仁科盛遠が那智大社の若一王子を勧請となっているが、境内の説明では第11代垂仁天皇の御代に仁品王がイザナミノミコトを祭ったのが始まりで、のちにこの地を納めた仁科氏(仁品王の子孫?)が849年に創建と書かれていますが、社伝なのでこちらはどちらを信じてもよさそうです。
三重塔に対する説明は建立年しかありませんので詳しいことはわかりませんでした。
本殿は1556年仁科盛康により建立、十一面観音が本地仏として安置されています。
辺りは少し暗くなってきましたが、今日中にもう一か所廻れそうです。
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光前寺は860年創建の天台宗の別格本山です。
庭園、ヒカリゴケ、早太郎伝説で有名みたいです。
ヒカリゴケはあいにくの曇り空で光ってはいませんでした。
は1851年の再建。本尊は不動明王ですが秘仏で見ることはできません。
三重塔は池のほとりに立っていました。
三重塔は高さ17m
静岡の磐田まで行って怪物のヒヒを倒した早太郎のお墓
長峰峠を下って開田高原からの御岳山
次は長野県を北上して大町市に向かいます。
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各国に国分寺が建造されたときに塔も同時に建立されているようで、五重塔、三重塔も国分寺に残っているものがあります。オリジナルのものはなくすべて再建ですがこの飛騨国分寺三重塔をはじめ、信濃国分寺三重塔(室町時代)、この後訪問する五智国分寺三重塔(1865年)、備中国分寺五重塔(1837年)。
飛騨国分寺ももともとは七重塔だったものが戦国時代に兵火で焼失、1615年に再建されるも今度は暴風雨で倒壊、現存のものは1821年に再建されたものらしい。
国分寺はもちろんその当時の国の中心にあるので交通の便は割とよく、訪問するのにはなかなか便利ですがこの飛騨国分寺も高山市の旧市街のようなところにあります。
美しい三重塔ですね。手入れも丁寧にされています。見えにくいですが屋根は銅板葺き。
室町中期の再建と思われる本堂
樹齢1200年の大イチョウ。「乳イチョウ」の名前があり触るとお乳がよく出るそうです。今は柵に囲われていて触れませんでしたが。
道の駅で飛騨牛をいただく。「ひんなひんな」。この後は御岳の脇、木曽街道を通って駒ケ根市に向かいます。
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行程上にあるので立ち寄ってみました。ネットで評判の「モネの池」
場所は関市板取
写真は緑色が強いですが、実際に見るともっと青が強いです。
色合いは天気や時間にかなり左右されそうです。
私は9時すぐに来たのですが、すでにたくさんの見物人がいらっしゃってました。
モネの池の上には神社もありますし、立派な建物でした。
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