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寺伝によると横蔵寺(よこくらでら)は最澄が比叡山を開山するときに2体の薬師如来像を作成し一体を比叡山に、もう一体をこの地に安置し横蔵寺を建立したという、801年から805年ころの話らしい。
現在も天台宗のお寺です。
二層の立派な仁王門
三重塔は1663年建立。木々が深くて全体像をとれるアングルがありませんでした。
こちらも古い1670年建立の本堂
横蔵寺には即身成仏されたお坊さんのミイラ(沙弥)がありますが時間が早すぎてみることはできませんでした。
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勤務地が変わることでまとまった休みが取れたので三重塔残りの12棟を車で訪問することにした。 残っているのは電車やバスでは行きにくいところが多いので3泊4日の旅です。
夜中に広島を出発して名神のPAで時間調整の仮眠をして、辺りが明るくなるとともにまず1棟目は岐阜県垂井町の真禅院三重塔。
場所は関ヶ原の近くで途中徳川家康が最初に陣立てした場所がありました。
真禅院は天平11年(739年)行基の開基とされ、初めは象背山宮処寺と名付けられた。
その後延暦の年(790年頃)、最澄により南宮神社(現、南宮大社) と神仏習合され神宮寺と改称されたが、明治元年(1868年)の神仏分離により 現在地へ分離移転され「朝倉山真禅院」となった。とのこと。現在は天台宗のお寺です。 三重塔は創建当初からあったものは関ケ原の合戦で焼失。徳川家光により再建、明治4年に神仏習合廃止の時に現在地に移築されたものです。
訪問時にちょうどお坊さんが朝のお勤めを開始されるときで、お勤めに参加させていただきました。
運動公園の中の細い道を登りきったところに見えてきました。
境内から。手前が関ケ原。本堂は工事中でブルーシートがかけられていました。7
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今回の旅最後の訪問です。
山形駅から車で20分というところでしょうか、田んぼの中の里山様ようのところにありました。 阿久津八幡は慈覚大師が860年頃地元豪族の阿久津氏と建立したと伝えられています。
三重塔は1797年の再建 前景が沼になっていて菖蒲が咲き始めていました。満開はもう少し後でしょうか。
時間がほとんどなく境内を見学できませんでした。日暮れが美しいですね。
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慈恩寺は奈良時代創建で現在は初めて聞いた名前ですが慈恩宗の本山です。
立派すぎる山門。2層部分は雅楽の楽屋になっているそうです。 外陣の天井には龍図もありましたが残念ながら写真撮影禁止でした。 改修の時にススを落としたら出てきたそうです。 |
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秋田駅から県庁市役所方面のバスに乗って10分ほど、八橋運動公園で降りて公園内を北に歩いて行くと神社のこんもりとした森が見えてきます。
そこから入ると神社の裏側にでます。 日吉八幡神社は平安時代京都より日枝神社と石清水八幡宮を勧請し日吉山延命寺と称したと社伝にありますが鎌倉時代の創建とも言われています。 場所も何度か変わっていて現在地に来たのは1662年のこと、その後焼失し1778年に今の形に再建されたらしい。 本殿 写真で見るより実際は大きいです。秋田県の文化財に指定されてます。 表の参道から随身門越しに見た三重塔。 1707年建立ですが、建立の経緯などはわかりません。よくある案内板もありませんでした。 周りの木も大きくて緑に三重塔が映えています。美しい塔です。2層部分に各大明神の扁額が。 三重塔境内には大きめの池もあり良い感じです。 この神社は良いですね。 あまり手が入っていない感じで広々とした境内に木や池があり、実際には雑草や枯れ木などが丁寧に取り除かれています。 近くに住んでいたら毎週来たいところですね。 本殿の奉納額。源平合戦でしょうか? あるいは地元ゆかりの前九年の役、後三年の役かも。 |





