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前回来た時にはどうやって近寄れるのかわからなかったが、神橋すぐ横のメインの参道すぐ右側の階段の参道を上がってすぐだとわかりました。
説明板に1241年第3代将軍源実朝の供養のため建立、移築され、1684年焼失、翌年再建と書かれています。 東照宮の五重塔と同じく十二支の彫刻があります。東照宮の方は1818年建立なので東照宮の方が真似たのでしょうか? |
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墓参りの前に陀峯山に登ってみました。
狭いながらも自動車道路が開通しているのを知りませんでした。
パノラマ広場から西の方角 真ん中は大黒神島 奥は岩国 北方向 江田島の形がよくわかります。 南西側右にあるのが一本松山 左は倉橋島の西端。 朝日で逆光ですが倉橋島のくびれたところ かきいかだが見えますね。 少し移動して天狗岩から早瀬の瀬戸。奥側は呉市。 この自動車道路は隠地林道というのですね、平成3年開通ですので私が知らないはずです。この時は広島から離れてました。 早瀬から陀峯山。真ん中あたりの岩場が天狗岩ですね。 呉市営バスが広電バスになっていました。なかなか味のある路線図ですね。 順序が逆ですが陀峯山山頂の碑 |
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海田町で散歩というと瀬野川をさかのぼって中野方面なんてますが、逆に川の西側を下って行くと牡蠣打ち小屋、町工場ばかりあるところですが小さい港があって結構好きです。
だいたい1時間半、7キロくらいのコースです。 現役の工場 当時は多分おしゃれだった螺旋階段に木が同化してます。 対岸は広島ガスのタンク。奥には海田大橋 夕陽はどこで見ても綺麗ですね。 |

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明治以降建立の三重塔は守備範囲ではありませんが散歩コース〈新宿駅から中野哲学堂公園〉の途中にあったので寄ってみました。
中野宝仙寺は寛治年間〈1087〜1094年〉八幡太郎とも呼ばれた源義家に阿佐ヶ谷で開かれたものが室町時代に現在地に移転してきた真言宗のお寺。 現在も広大な敷地を持ち宝仙大学などの学校も運営している。 平成の建立だが純木造で再建されたのは評価できる。 建築は法隆寺と同じ飛鳥様式で美しい。 境内には中野町役場あとの石碑と、この地を開拓した堀江家の墓所がある。 |
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修善寺の修禅寺
807年空海の創建による修禅寺から修善寺の名前がついたらしい。 天井龍図は有料の宝物館の天井にありお寺と関係の深い川端龍子の作。昭和27年、宝物館竣工の記念に書かれ、現在の宝物館に移設されたもの。玉取龍の名前の通り玉を持っている。3本爪だか玉を持っている手は4本に見える。龍の目は笑っているように見え、川端龍子らしいと言える。 |





