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★パラサイト形虐待★-親の年金を取り上げる寄生するこども(教育の方法を考える)親とは?子供とは? ☆作成中☆ この問題の前にきになっていたのが・・・ 女優の三田佳子の息子の問題事件の再発とその過去と現在。 親が自身の「メンツ」(世間体)を重視している事に対する子供の精神面の弱さ?幼児的感覚から卒業をできない結果?なのかなぁ〜と感じた。 「親はなくとも子は育つ」 もしかして?理想の成長の形なのかな?と感じた。 昔であればまわりの子供同士でたいした家庭の差が無かったから「自分だけ特別愛されていないのでは?」と感じることもうすれていたのかもしれないのかも?と思った。 ほとんどのオトナが生活を維持させる事に大変で子供みずからも自立する事を日々かんじさせられていたのだろうなぁ。 《されていやな事は他人にしない》《他人にだけは迷惑をかけない子》など をオトナは子育ての基本としていた気がする。 これは ↑ 基本に(世間体)があるとは思うけれど現代の「メンツ」(世間体)とはかけ離れたモノだと思う。 現代では 他人から自分がどう見えているのか?であり 自身が世間にどうあるか?ではない。 自立させていく事が親の務めなのだろうけれどそれができない その能力が無いのかも? 戦後の親は自分の苦労した事を「子にはさせたくない」 と思う 「思い違い?」で苦労をしてその苦労の意味を知る事をさせなかったのが今の子を育てられない人間としてきてしまったのかもしれませんね。 それは 世代を重ねるにしたがって酷くなり・・・・ 酷さが分からなくなり・・・ そのご・・・(どうなるのでしょうね) さて その失敗した子育ての結果が「パラサイト形虐待」として報道されはじめている。 それは まだ マシ?(そうでもないけれど) 他人に向かってでないところだけが救いなだけ。 自立している人間であれば老いた親(他人であれなんであれ) 自分よりも弱い人間に対してはできる限りの事は昔の人達はしていたのだろうと思う。 私にはもうその能力は無いと感じている? どの時代(世代)から失われてきたのだろう? 日本人の心意気としてとても誇れた所だったのに・・・ もう ほとんど見られない。 人ごみの多い 駅や街でも・・・
逆の感覚さえ感じる。 |
★大阪★
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