|
「史記」には春秋戦国時代,秦の刺きょう(龍の下に共)公十年,躁(そう)公元年(BC467年),さらに始皇帝の曽祖父である昭襄(じょう)王の時代(BC300年頃)に,彗星出現の記事があります。始皇帝時代には4回も彗星出現の記録があり,そのうち BC240年の件は最古の確かなハレー彗星の記録といわれています。なおギリシアではアリストテレス(BC384−BC322)が彗星とは雲や虹のような大気現象だと考えていたそうで,天体と認められたのはずっと後世,16世紀になってからです。 |
comet
[ リスト ]




ブログへのコメントありがとうございました。 邪馬台国の卑弥呼失脚の要因のひとつは日食である、とか、アマテラスオオミカミの天の岩戸の神話もその日食の状況を伝えている、という説を本で読んだことがあります。西暦248年ごろでしたよね?
2007/2/22(木) 午前 6:26