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「和をもって貴しとし・・」で始まる17条の憲法は第3条までが総論で第4条から第16条までには役人豪族の心得が示されています。ところが,第17条は「それ事はひとり断(さだ)むべからず・・・」となって実は第1条の内容の繰り返しです。聖徳太子は同じことを最後に再び言っているのはなぜでしょうか? |
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2007年02月14日
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「史記」には春秋戦国時代,秦の刺きょう(龍の下に共)公十年,躁(そう)公元年(BC467年),さらに始皇帝の曽祖父である昭襄(じょう)王の時代(BC300年頃)に,彗星出現の記事があります。始皇帝時代には4回も彗星出現の記録があり,そのうち BC240年の件は最古の確かなハレー彗星の記録といわれています。なおギリシアではアリストテレス(BC384−BC322)が彗星とは雲や虹のような大気現象だと考えていたそうで,天体と認められたのはずっと後世,16世紀になってからです。 |
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