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Crayfish_oosakaです。
ヤフーブログを停止し数カ月が経ちました
ブロ友様の中には、知っておられる方もおられますが
(あの時は、本当にありがとうございました。)
あの 3月11日 震災の日
私は、古くからの友人と電話で話している時でした。
友人は、電話の向こうで「さっきの地震かなり揺れた!」と話していました。
そしてその後
暫くは通じていた電話も・・・
連絡が取れなくなり、 しばらくした日
テレビキャスターが津波にさらわれた街をバックに
TV中継放送を行っていました。
わたしは、テレビに映っている風景を見
言葉を失いました。
そこに映っていたのは 友人夫婦が
2011年1月1日 元日
私に送ってきた年賀状の風景でした。
新居を建て、高台から自慢げに新居をバックに写した写真
その高台と同じ風景の場所で
その中継は 行われていたのです。 ただ・・・そこに映っていた風景は
見渡す限り 何もなく
無残にも鉄骨だけが残った 友人の新居でした
同級生の友人夫婦 子供さんは、まだ小さく
安否への不安が この時 絶望に変わりました。
その後、私は 気がつくと毎日 ヤフーブログを通じ 震災と原発の記事に
没頭する日々が続きました。
最終的に ヤフーブログの閉鎖を決めた時、友人のお父様より お電話を頂きました。
「息子夫婦が楽しみにしていた 貴方のブログを先日 拝見させて頂きました。
もう一度、以前のように楽しいブログを書いて下さい。」
温かな声質で優しく そうおっしゃってくれました。
その言葉が無ければ 今のブログ活動は 無かった事と思います。
私は、今 FC2ブログに移動し ブログ活動を続けています。
あの日の事を忘れることなど この先もありません。
温かな声をかけて下さった 皆さんへの感謝も・・・
今年、2011年がもう数日で 終わろうとしています。
でも、今も沢山の方が 被災地では、寒い中 がんばっておられます。
友人家族の事を思うと 今も胸が苦しくなります
私に、温かな声をかけてくれた 友人のお父様も 先月 他界され
あの日の無念さをつづったお手紙だけが私の手元に残りました。
今は きっと 友人夫婦とお孫さんと 一緒におられると信じております。
友人家族・お父様との約束を守っていきたい
その気持ちを心の中に
これからも FC2ブログを運営して参ります。
Crayfish_oosaka
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日記
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