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「シンガポール」、「囲碁」のKey Wordで検索したら、
「シンガポール囲碁協会」がヒットしました。
場所はCityのBugisというところ。
なんと、土日しか開いていないというところでした。
(任本では平日もやっているのが普通)
写真は、シンガポール囲碁協会を訪れた時にいた、若者たちです。
ちなみに、一番左の子は、
シンガポールで1位になったことがあるほどの実力者ですが、
腕は僕と殆ど変わりません。
彼らとはカラオケに行ったり、楽しい時間を過ごしました。
土日も仕事に追われることがままあり、あまり頻繁に行けなかったのが残念です。
昨年、12/1に突然体調を崩し、今に至っています。
取り敢えず、このシリーズはこれでおしまいにします。
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しむらけんの囲碁物語
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シンガポールへ出国する前、
当分もう見ることができないかもしれないと思い、
博多へ向かう新幹線の中から桜
シンガポールに着いてからは、
品質トラブル、装置トラブル、また別の品質トラブルと、
トラブル続きで、その度に原因究明、応急対策、恒久対策を打たないといけませんでした。
しかも日本人同士でまず議論して、ローカルを入れて議論するという
結構面倒くさいことが多く、資料も日本語バージョンと英語バージョンを作らないといけませんでした
平日は朝5時には起き、6:20には車で会社に向かい、
帰りは20:00を回ることもざらでした。
帰ってから食事を作り出すので、
ふぅっと一息ついたころには、もう寝なくちゃいけない、という日々。
こんな感じなので、週末は部屋に引きこもり、ぐったり。
でも、これではいかんなと思い、赴任してから暫くして、
やっとマー・ライオンを撮りに行きました。
囲碁は、インターネットで打っていましたが、
シンガポールは中華系の人が多いので、
どこかに囲碁をやっているところがあるはずだと思い、
インターネットで調べたら、案の定ありました。
シンガポール囲碁協会が。
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突然、シンガポールに行くことになったものの、
プライベートでも海外に行ったことがなかったので、
パスポートの取得からしないといけませんでした。
シンガポールでの引継ぎに間に合わせるためにも、
スケジュールは分単位。。。
1ヶ月でやらねばならなかったのは以下の通りです。
・パスポートの取得
・国際免許証の取得
・シンガポール側に提出しなければならない書類の処理
(当然英語なので、時間がかかり、しかも量が半端じゃないくらいありました)
・予防接種(A型肝炎、B型肝炎、 結局A型の2回目までしかできませんでしたが)
・人間ドッグ
・陽性腫瘍の摘出
・日本側の仕事の引き継ぎ
・シンガポール側の仕事の引き継ぎ
・引っ越し(これが面倒くさくて、日本の国内コンテナに置いていくものと、
現地に持っていくのを分けないといけない)
・海外赴任のためのオリエンテーション
・立て続けの送別会
・それに加えて日常の業務
まだあったような気がしますが、よくまぁ間に合わせたなぁ、
というのが正直なところでした。
英語はというと、TOEICというやつの瞬間最大風速が、680点。
学生時代に受けていればもっと高い点数をとれていたのですが、
社会人になって、碌に英語を使わなければ、点数なんて取れるはずもありません
幸か不幸か、大学時代にビートルズとカーペンターズにはまっていたので、
ヒアリングは何とかいけましたが。
しかし、こんなことなら、もっと人材計画でも立てて、
心の余裕を持たせて赴任させるくらいしてくれてもいいのになぁ、と思ったものです
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仕事が忙し過ぎになってから、不眠が段々酷くなってきました。
もともと、少しの音にもすぐ反応して起きてしまうほど眠りが浅く、
いつも寝た気がしなかったのですが、眠れないと体にも影響してきます。
仕方がないので、かかりつけのお医者さんに、
睡眠薬を処方してもらうようになりました。
これを呑みはじめてから、眠れるってこんなに良いことなんだと気付きました。
しかし、ストレス発散のためのお酒は当然のごとく呑んでいました。
これが病気の発端になるとは知らずに。。。
そして、2009年の2月が終わろうかという時に、
上司から「話があるんだけど」と言われて、
誰も寄り付かない部屋に連れて行かれ、
2人きりになり、
上司:「シンガポールに行けという話があるんだけど。。。」
私 :「何ですかそれ?」
上司:「君がいないと、うちの職場も困るから、大反対したんだけど、
のっぴきならない状態になっていて、君の意思を確認しに来た」
私 :「そののっぴきならない話は、半端じゃないですね。。。
上司:「何とか反対する方法を考えているんだけど、何かある?」
私 :「その状態で反対する方法ってあるんでしたっけ・・・」
上司:「やっぱりそう思う? じゃぁ、仕方ないか・・・」
ということで、突然、シンガポールに赴任することになってしまいました。。。
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山口県で世界アマ 1位 になった後は、
仕事が忙しく、アマ棋戦の地区予選さえ出られないこともままあり、
大会で活躍することはあまりなくなってしまいました。
仕事は結構きつく、土日も会社、ということも結構ありました。
新製品の開発は、スピードが命という面もあり、
突然それを担当させられたりすることもままありました
また、新しい実験装置を開発し、
新製品開発のスピードアップにも随分と貢献できたとは思います。
諸事情により、会社のお偉い方々への成果発表を突然することになった時にも、
「良くやった」、「これからはこういうものが必要なんだ」
などと言われたものです。
こんな調子なので、囲碁は正直、気分転換にもならなかった気がします。
でも、なるべく月1回の俊英会(山口県の若手(?)の研究会)には、
なるべく都合をつけて行くようにしていました。
ネット碁ばかりでは、自分の碁を反省できないので、
なかなか強くなれないのです。
俊英会が終わった後、棋心の磯村先生と一杯呑みながら、
その日に打った碁を検討するのが一番の楽しみでした。
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