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続きです、、、
「ヴィーナスは現代人の感覚からすると、腹がおおきすぎる。84
ルネッサンスの美神たちは、どれもがまるで妊娠しているように腹部が大きい。ボッティチェリの「春」のヴィーナス、花の女王フローラ、三美神、そして正面向きのヌードなので幾分わかりにくいが「ヴィーナス誕生」のヴィーナスも、ジョルジョーネのヴィーナスも、まるで妊婦のようにおなかが突き出ている。今日の美意識からいうと、これは少しばかり異様なのである。ただ美意識もまた時代によってかわるのだ。この腹部のふくらみは再生と新生の時代の美女の条件でもあったのだろう。」
画像:上:「眠れるヴィーナス」ジョルジョーネ (1510)
(「眠れるヴィーナス」http://www.asahi-net.or.jp/~RV3M-STU/pic710.htm )
「中景のなだらかな丘の輪郭に呼応した姿で眠るヴィーナスは、裸体でありながら、官能性とは縁遠い印象です。むしろ、薄明の田園風景の一部のようであり、瞑想的ですらあります。それは、彼女の穏やかな表情だけでなく、しっとりとした色彩が紡ぎ出す印象なのかもしれません。
裸婦を単独で描いたルネサンス最初のこの作品は、古代彫刻から想を得たものではありますが、一方、「横たわる裸婦」という西洋絵画の重要なモティーフの幕開けをしるす作品でもありました。この後、ティツィアーノをはじめとしたたくさんの画家が、それぞれに独自の工夫をこらして「横たわる裸婦」を描き、その美しさを競っていくのです。
作者のジョルジョーネ(1476/78−1510年)は夭折したために作品数は少ないのですが、盛期ルネサンス様式の創始者と位置づけられ、ヴェネツィア絵画の流れを根本的に変えた画家と言われています。それはやはり、当時主流であった物語主題よりも、風景や人物を詩的情趣の中に描く近代的な絵画を生み出した点にあります。つまり、ポエジーの概念を打ち出した最初の画家だったと言えるのです。
「横たわる裸婦」も、モティーフ自体は古代彫刻にしばしば見られました。しかし、それはあくまでも、場面の中の一部分に過ぎないものでした。しかし、その裸婦を物語の一部でなく、一つの美しい作品として独立させ、完成させたのがジョルジョーネだったのです。
ところで、ジョルジョーネはフレスコ画等を制作する際、自分よりずっと年若いティツィアーノを相棒に選びました。二人の協力関係は親密なものでしたが、あまりにも近づき過ぎたためか、しばしば、どちらが描いたのか判別できないほどに作品が似通ってしまうこともありました。この作品も、ジョルジョーネ最晩年のものであることから考えて、画家が未完で残したものを、ティツィアーノが筆を入れて完成させたのだと言われています。
ところで、こうした裸婦像には当時、特定の意味がありました。それは、結婚と関連して描かれたことからもわかります。愛と多産の女神ヴィーナスは花嫁の理想の姿であり、結婚の守護神として描かれたということなのです。この「眠れるヴィーナス」の注文主であるヴェネツィアの貴族、ジェロラモ・マルチェロもまた、作品完成の少し前に結婚しています。おそらく、新婚の二人の部屋に、この穏やかな作品が飾られていたのではないでしょうか。 」
画像:下 『ウルビーノのヴィーナス』ティツィアーノ・ヴェチェッリオ (1538)
(ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
「『ウルビーノのヴィーナス』は、西洋絵画における裸体表現の歴史を考えるうえで重要な作品である。ヴィーナスのポーズは、先述のジョルジョーネ作『眠れるヴィーナス』を下敷きにしているが、ジョルジョーネのヴィーナスが目を閉じているのに対し、ティツィアーノのヴィーナスは挑発的とも思える視線を観者の方へ向け、背景も屋外から室内に変えられている。『ウルビーノのヴィーナス』は、神話の世界の女神というよりは、肉感的な地上の女性のように見える。この作品は、ゴヤの『裸のマハ』、マネの『オランピア』などの源流と見なされている。西洋における裸体画の系譜は、神話の女神の理想化された容姿を描いたものから、現実世界の女性を描いた作品へと引き継がれていったのである。」
わたしは、「眠れるヴィーナス」の方が好きですね。(^^)
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