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前と同じサイトで紹介されてたものの中でわたしも気に入ったものです。
画像:上:アレクサンドル・カバネル『ヴィーナスの誕生』 1863年
http://blog.so-net.ne.jp/lapis/2007-04-21-1
「この作品は、最も甘美なヴィーナスの一つであろう。カバネルは、19世紀フランス・アカデミーで最も成功した画家であるが、現在の日本では知名度が低い。彼の名前が残っているのは、この絵が出品されたサロンで、マネの『草上の昼食』が落選したためである。しかも、皮肉なことに、この二つの作品は、ともオルセー美術館に展示されている。『草上の昼食』よりもこのヴィーナスの方が遙かに僕好みの作品である。」
わたしもお気に入りですね♪
艶めかしくそそられるのがいい。^^
http://www.h6.dion.ne.jp/~em-em/page211.html
「 ウィリアム・ブーグローと並び称されたフランス官展派の画家、アレクサンドル・カバネルの代表作です。
泡立つ波の上に扇情的なポーズで横たわり、乳白色に輝く肌を誇示する美と愛の女神。麗しく整った理想的な肢体や長く豊かに流れる金髪といった尊貴な神性にふさわしい特徴を持ちながら、露骨に開放的な姿で鑑賞者を誘う官能性はまさしく現世の女のものです。
天の存在と地の存在、どちらとも取れるこの曖昧さは賞賛と批判の両方を受けました。時のフランス皇帝ナポレオン3世に買い上げられ、1867年のパリ万博にも出品されるという栄誉に浴する一方で、文学者にしてサロンの批評家でもあったエミール・ゾラからは次のような非難を浴びせられています。
「ミルクの河で溺死しているこの女神はまるで美味そうな娼婦だな。ただしこの娼婦は卑しい肉と骨から出来ているのではなく、ピンクや白のマジパン製だが」
マジパンとはアーモンドと砂糖を練り混ぜた粘土状のお菓子で、よくケーキを飾る花や人形の細工物などに使われるものです。なるほど、このヴィーナスの泡雪のようになめらかで甘美な肢体にはいかにも似つかわしい例えですね。」
そうか扇情的っていうんだ。♪
奇麗なものに扇情することのどこが悪いんでしょうね?
美しいものの方が罪ってことじゃないですか。。。^^;
「カバネルの扇情
アレクサンドル・カバネル(Alexandre Cabanel,1823-89)はアカデミックなスタイルの肖像画や神話などを題材とした絵を描き続けた19世紀フランスの画家です。その絵はウィリアム・ブーグローと並び称されました。
官能的な美しさをもった『ビーナスの誕生』(La Naissance de Venus,1863)がナポレオン3世に買いあげられるなどして一躍注目を集め、当時最も人気のあった肖像画家です。いまもなおそのエロティシズムが零れ落ちてくるような絵はコレクターを刺激しています。
エコール・デ・ボザールの評価は最近見直されているとはいえ、長く印象派によって隅に追いやられていた感じがあります。しかし、その技巧はもちろんのこと、絵の妖しさもなかなかのものを秘めているようです。
カバネルが描く女性たちは、現世的な美しさ、柔らかさ、豊かさを充分に備え、扇情的ですらあるのに、同時に天上的あるいは彼岸的な印象を受けます。あまりにも理想化された官能が、現実から乖離しているのでしょう。
それは上述したブーグローも同じですが、比喩的な表現をするならばカバネルには闇の魅力があります。『ケレール伯爵婦人の肖像画』(Portrait of Countess de Koller,1873)などは、その絵を焼きつけた陶器板をそっと鞄に忍ばせておきたい気もします。
突き抜けてゆくような凄みではありませんが、美しいグラスになみなみとついだ透明な水に血の一滴をたらしてそれを見つめるような楽しみがあります。
なお、サロン展に入賞した『ビーナスの誕生』の陰で、これに落選したのがマネの『草上の昼食』であることはよく知られます。」
「ケレール伯爵夫人の肖像画」はアップできませんでした。Orz〜
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「突き抜けてゆくような凄みではありませんが、美しいグラスになみなみとついだ透明な水に血の一滴をたらしてそれを見つめるような楽しみがあります」この画像のような素晴らしい表現ですね。絵画は大学時代にある画家に出会い、アトリエに通い詰める日々もあり、強い関心を持ちました。
2007/4/24(火) 午後 11:57 [ - ]
絵はもっぱら鑑賞だけで、描く素養は全然ありません。^^; こんな素敵な絵が描けたら、、、もしもピアノが弾けたなら、、、いくらでも妄想(?)を描いちゃうかもしれません。^^v ともかく、、、ブルーは奇麗ですよね♪ 天上界の色(?)だからかな。。。^^
2007/4/25(水) 午前 0:46 [ スモークマン ]
やっぱり♪googleと、、、「サファイアの奥深い青は天上界の色とされ、古代から神の知識・神々の恵や祝福を我が物とし、神への服従をも意味したサファイアは聖職者たちに好まれる石であった。持ち主を必ず王座へと『皇帝の石』としても有名。かのナポレオンも寄贈されて所有していた。」http://jewelshines.com/archives/2005/09/post_197.html ただ天の色だからって思ったけど、むかしの人同じように思ったんだ〜いまよりもずっと青く澄み切った空だったはずだけどさ^^v
2007/4/25(水) 午前 6:09 [ スモークマン ]
サファイアブルーもとっても素晴らしいですよね。エルグレコのブルーも心惹かれた記憶があります。元々ブルーは好きな色です、知性の色とも言われるそうです。私も絵画は嗜みませんが、観るのは大好きです。ピカソの青の時代、エッチングも好きですし、挙げれば限りないですよね。それぞれ心的世界の表出ですから圧倒されます。まさに対象aを見い出す想いです。
2007/4/25(水) 午後 9:53 [ - ]
吸い込まれそうな色ですよね。また、命の色でもありますよね。宇宙から見た地球の色。(地球は青かった。)^^まるで宝石のように暗黒の闇の中でブルーに輝いている。エル・グレコのブルー、、、そうなんだ。v Orz〜また、まさぐってみまっす。^^
2007/4/26(木) 午前 0:38 [ スモークマン ]
狂気の世界へ一歩足を踏み入れかけた時は、こういった芸術作品の向こうに対象aを見い出すのだと思います。つまり芸術家は狂気と正常との狭間にいて、かろうじて作品を生み出すことによって、踏ん張っている。だからこそ人は感動するのだと思います。そこに「智」を見い出すのです。
2007/4/26(木) 午前 0:43 [ - ]
対象a て、ラカンの使う用語なんですね。まだ読めてないから、、、googってみた限りでは、欲望が満たされないときその代替物として欲望の対象となるもの?かつ、そのa があるがために、欲望が生まれるっていう、、、トートロジー的な概念みたいですね。。。^^; 自分の本来の欲望は自分じゃ分からないけどもかりそめの対象物を見いだしてしまうのが人間?欲望は自発的自律的に頭をもたげてくるものでそれから逃れる術がないがために必要とされるものが a ?
2007/4/26(木) 午後 10:19 [ スモークマン ]
対象aの理論は非常に面白い(興味深い)ですよ。新宮一成「ラカンの精神分析」講談社現代新書 が短時間で読めて、ラカンの理論を非常に完結にまとめた良書です。藤田博史「精神病の構造ーシニフィアンの精神病理学」青土社もオススメです。
2007/4/26(木) 午後 11:15 [ - ]
テクニカルタームを介する会話はもどかしいよね^^; わたしの方がそちらに歩み寄れるためにも読まなくっちゃなあ^^; 積ん読が得意なもので、、、当てにせずお待ち下さいませ〜Orz〜
2007/4/27(金) 午前 0:53 [ スモークマン ]
それはお互い様です。気にしないでくださいね。お気軽にどうぞ。「積ん読」なかなか面白い!レクチャーや講座をしていても痛感することですが、理解が不十分なことは語れませんね。自分の勉強のためにしていることが良く分かります。日々、未熟な自己を発見し続けています。
2007/4/27(金) 午後 3:53 [ - ]
絵や音楽と違って、言葉で自分の考えを伝えたいなら分かりやすく噛み砕いて欲しいですよねえ。最初にネーミングした方は、とくに説明責任(アカンタビリティ)があるはずですもんね。そうじゃないと、読み手によって好きなようにテキストを読み取っていいというなら、間主体性がないなら、議論するための土俵が同じじゃないから不毛になっちゃうと思うんです。同床異夢では咬み合わない。^^; その点、yumejiさんはわたしにとっては分かりやすくお話しして下さるから助かります。Orz〜
2007/4/27(金) 午後 4:28 [ スモークマン ]
ですよねえ。でも元々誤解の上に成り立っているようなものですから、仕方ないかなとも。。さも理解しているかのように、知っているかのように会話しているのですから!実は私は難しいことが言えないのです(^_^;)
2007/4/27(金) 午後 5:01 [ - ]
ハハハッ、、、失礼。^^ ご謙遜されずとも、、、 だいたい自分の中でよく分かってる方は、優しい言葉で言い換えて下さる、言い換えることが可能な方だととわたしは思ってます。yumejiさんは、その点から、ラカンの使徒みたいではないですかね?ラカンに限らずさ。^^v
2007/4/27(金) 午後 6:00 [ スモークマン ]
自分が理解できていない事は、相手が理解できる言語に置き換えて伝えることはできないですよね。私はある限られた部分だけです。それを少しでも広げられたらいいなと考えてはいますが。。。理論と臨床の硲で四苦八苦しております。
2007/4/27(金) 午後 8:20 [ - ]
臨床の現場でのインフォームドにいつも苦労するのは、いかに患者さんの普段の言葉に置換して理解してもらえるかってことに腐心します。。。しかも限られた時間内にね。だから、義務教育に病気に関する知識も取り入れるべきじゃないのかなって思うことあります。わたしはそういった意味でも時々患者さん対象にお話(講演)をするように努めています。が、まだまだ下手で、、、もっぱら難しいってさ。^^; それって、私自身がよく分かってないってことなんですよね?^^; でもめげずに続けちゃいますけど。。。^^v
2007/4/27(金) 午後 10:18 [ スモークマン ]
素敵なドクターですね。相手においでと手招きするよりも、自らが側に寄り添ってゆく姿勢こそ望まれる姿だと思います。小学生に大学の理論は難しすぎます。ならば大学生が小学生の言葉で語ることのほうが無理なく平易であり、また一面では一番難解でもあることですよね。頑張りましょう!!
2007/4/27(金) 午後 10:49 [ - ]