アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

好きな絵

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オディロン・ルドン

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孫引きで辿り着きました。^^v

画像:「The Birth of Venus」 La naissance de Venus(c. 1912) ヴィーナスの誕生 MOMA美術館

大きい画像が探せませんでした。。。Orz〜

http://maki-style.arekao.jp/entry-9b4e6bcffff0e4592450465a268555a5.html
「印象派の画家たちと、同じ世代のルドンは、フランスで活躍したんだけどね。なかなか認められないっていう一人じゃない?

おなじく象徴主義のギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau, 1826-1898)のほうが先だけど、同じ時代に作品を描いている。

ルドンもモローもそうだけど、聖書や神話を題材にしているよね。

なんか、一歩間違えれば「野暮」な作品っていうのが二人の共通点だよ。ルドンのこのヴィーナスの誕生は、結構イカシタ作品だけど、ルドンの他のヴィーナスときたら、スポーツ選手の肉体かと思えてしまう。

モローも、美しいじゃんという作品もあるけれど、サロメやエボーシュなんかの特徴ある作品も多いし。

二人の共通する題材は、このヴィーナスの誕生のほかに、ガラテアやオルフェウス、レダと白鳥(たしか・・・)なんぞもある。」


http://www2.plala.or.jp/Donna/redon.htm
「ルドンは母に捨てられた子供だった。兄を偏愛していた彼の母親は生まれてすぐにルドンをペイルルバード・・・彼の心の故郷・・・へと里子に出し、彼は幼少期をそこで独りぼっちで過ごしたのである。荒涼とした風景の広がるその場所で、母に捨てられたという現実から目をそらし、自らの内部へとその視線を向けたルドンは、心の中に潜む闇・醜悪・幻想に小さな頃から気付いていた。

 15の時から生地ボルドーの画家・ゴランに自由に描くことを教えられたルドンは、そののち高名なジェロームのアトリエに入っても、そのアカデミズムになじむことができず、すぐに飛び出してしまう。彼はほとんど自分の世界の中だけで絵を描き続けた。

はじめルドンは自らが「最も本質的な色だ」と述べている黒・・・木炭やリトグラフといったモノクロームの世界に生きていた。それが一転パステルの艶やかな世界に変わったのは、結婚の年(1880年)、初めてパステルの作品を描いてからのことである。それまで自分の、自分だけの世界に生きていたルドンにとって、「帰る場所がある」ということが、心の転機になったのかもしれない。翌年に開かれた個展で、まず若い画家や文学者からの注目を受けるようになる。

 初期のモノクロの世界でも、フロベール「アントワーヌの誘惑」の挿絵など、数多くの文学によせる作品を描いているが、恐ろしいほどに彼の翼は自由にはばたく。エヌキャンは「ボードレールと同様、ルドン氏は、 新たなる戦慄を創造したというすばらしい賞賛に値する」との賞賛を贈っている。
 彼やユイスマンス、マラルメといった文学者が、彼の才能に早くから注目していたのは、お互いに刺激しあう、同じ世界に住む異なった表現手段を持つ理解者だったからであろう。

 周りとの関係をなかなか確立できなかったルドンは、学校でも家でも、自分の中に閉じこもることでかろうじて生きていた。自分自身の想像で、孤独な心を培わなければ生きていけなかった。枯渇した心は、想像という自ら作り出した養分なしには、その存在さえ保つことが出来ないのである。
 この想像の翼は絵という表現の場を得て、ようやく外へ飛び出すことが出来た。彼の手を通して現れる有形無形の色の奔流は、彼の心の世界に見える紛れもない現実の風景なのだ。

 彼の絵はパステルが多用される(もちろん油絵も多く残されているが)。鮮やかで繊細な色の粒子、画面につつましく煌く上質なビロードのような効果、重なり合う色の饗宴、そして衝撃的な隣り合う色と色の生み出す魔力。線と色のつぶやきがかさねられて創り上げられた不意の一撃は、いとも簡単に楯を破り、見るものの心に一瞬で優しいダメージを与える。そしてその傷口から甘美な色彩の奔流が流れ込んでくる。それは、避けようとして避けられるものではないのだ。それはまるで水滴に輝く白い蜘蛛の巣に引き寄せられるかのように、私たちを誘惑し痺れさせる。イソップの「北風と太陽」のように、私たちの心の扉を開くのは「力」ばかりではない。

 彼が49の時に授かった次男のアリは(長男は幼い頃に亡くなっている)、初めて手に抱いて感じ得る自分の「血」でもあった。晩年の彼の支えであり、息子を何枚もの絵に残している。過去の自分が重なるのか、多くのアリの肖像では、その目は焦点を合わすことなくぼんやりと描かれている。

 晩年、画家として大きな成功をおさめたルドンは、世界大戦の前線にいるこの最愛の息子の消息を訪ね歩くうちに身体をこわし、カミーユ夫人にみとられて76歳の人生を閉じた。


 ルドンの作品に現れる目は、いつも宙をうつろっている。彼の描く目が閉じていることさえ多いのは、その目が外界ではなく、自分の内部に、心に、向けられているからなのであろう。
 そう、ルドンの絵は、いつも謎かけである。
 そしていつも答えは出ずに、私は自分の中に迷い込むのである。両目を閉じ、心を解き放って・・・。」

画像:中:「イエスのみこころ」1895

「目を閉じたイエスは、人間の悲しい部分を知っている。見ていられなくなり、目を伏せている。
人の痛みのわかるものには、人の残酷さもわかるのだろう。痛みのわからないものは、自分の残酷さに気付くこともない。ルドンは傷ついた心に自分が侵されないように、その目を内面へ向けた。
閉じた目は心の内面へと向かう。」

画像:「青い花瓶のアネモネとリラ」1912以降

「ルドンの目から入った花の姿は、彼の手から再生されるとき、既にただの静物ではなくなっている。
まるで媚態をつく生物のように、花は自ら意識を持って香り立つ。妖艶な花の魔力に、思わず心奪われる。」

なんだか素敵だ。。。☆☆☆

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社会生活を営むという生き方を選んだ人間は好む好まざるに関わらず、第三者との関係性を確固としたものにすべく言語を発達させざるを得なかったんだと思います。おっしゃるように言語に汚染されてる。言語中毒になってる。だって、他とのコミュニケーションは他の動物、昆虫を見ても多種多様な方法はあったはずなんだから。言語以外を捨ててきたのか、その他の部分が退化してしまったのか、、、それほど、言語って他の方法よりか有効な手段だったっとも言えるわけですよね。v

2007/4/27(金) 午前 0:51 [ スモークマン ]

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「話す存在としての人間は、自分自身のことに及ぶと、論理的無矛盾性を維持することができない。それは言語の構造上必然的なことである。話す存在自体が確かに存在しているということは、言語外のものによって支えられなければならない。」<ラカンの精神分析>新宮一成 人とはやっかいな存在のようですね。

2007/4/27(金) 午後 3:45 [ - ]

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よく分かります♪でも、人間は言語的存在なのだから、人は矛盾の中で生きるしかないって告白、証明してるようなものですよねえ。^^;v 矛盾してたって構わないって言うか、そうであるようにしか生きれないって知った上で語るしかありませんよねえ。ラカン氏は、論理的無矛盾性を担保してくれる「言語外のもの」って何を指されてるんでしょうか?

2007/4/27(金) 午後 4:39 [ スモークマン ]

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これこそ「対象a」だと私は理解しています。<他者の中に埋め込まれ、私にとって非人間的で疎遠で、鏡に映りそうで映らず、それでいて確実に私の一部で、私が私を人間だと規定するに際して、私が根拠としてそこにしがみついているようなもの、これを「対象a」と言う。対象aの代表格は、乳房、糞便、声、眼差しの四つ組である>ラカンの精神分析より

2007/4/27(金) 午後 4:57 [ - ]

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う〜ん、、、よく分からない。。。^^; 勉強するっきゃないようです。。。言語外のものって具象物なんだ・・・?しかも、その四つ組と考えるにいたった根拠って何なんだろ? 直感的に思ってたのは、欲望の対象(代替物)であり、かつ、欲望を触発させるものが対象a かなって。。。

2007/4/27(金) 午後 5:54 [ スモークマン ]

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「私が、私を見る神の視点を持って隣人を見る時、隣人の中に、神にとっての私の姿が見えてくる。そんな場合の私にとっての隣人が、黄金数、すなわち対象aである」「対象aは、私が私自身を超越的な視点から観るようになる時、必要とされる支えである。この支えがなかったら、私は自分を外から見ることができないのである。」この説明が一番理解しやすいのではないでしょうか?貴方の直感は冴えていると思います。

2007/4/27(金) 午後 8:37 [ - ]

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隣人の目を通して見えている自分が、自分を離れてみた自分?隣人の目=神の目?神の視点を持てるなら隣人を介さなくってもいいんじゃないのかなあ。。。?そもそも、神の視点をもてるって仮定する、できること自体が人間の頭脳の野蛮な、高慢な発想のようにも思えたりします。。。けど? ^^; To be continued...

2007/4/27(金) 午後 10:32 [ スモークマン ]

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自分が思ってる自分と他者が見てるわたし(自分)との端境のもの(間主観性)を共通の基盤としてしか語り合えないはず。その意味で1+1=2,1+2=3,,,っていうフィボナッチ風だっていう意味は了解可能ですけど、、、その2も幻のものであって、決して1x2=2 の2じゃないはずですよね? ごめんなさいね、ややこしいことばっかり言って。早くわたしがラカンを読めばすむことなのにねえ。。。^^; Orz〜

2007/4/27(金) 午後 10:32 [ スモークマン ]

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私の未熟性を痛感します。まだまだ理解できていない私ですね。まだレクチャーを受けている最中でもあると言うことでご勘弁くださいね。ラカンの理論のレクチャーが他者にできるほど理解できていないのです。分析家の養成講座を始めたところですので。。。

2007/4/27(金) 午後 10:53 [ - ]

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母が自分をどの様な眼差しで見つめたのか?この疑問に立ち止まったとき、女性は子をなす。我が子を産み、その子を見つめた時、どの様な眼差しで我が子を見るか、その時、その女性にとっての我が子が対象aである。この説明で少しは理解してもらえるでしょうか?よけい解らないかしら?

2007/4/27(金) 午後 11:35 [ - ]

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わたしは昔から、自分を見てるあるいは外のものをみててもいいんだけど、その人の中に自分がいたら、自分がその人だったらどう見えてるんだろうかって、想像もし、子供の時は、勝手にその人の中には入り込めるような感覚になってたことがありますが、、、そんな感じとして理解すればいいのかな? To be continued...

2007/4/28(土) 午前 0:06 [ スモークマン ]

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作用反作用の法則じゃないけど、こっちが見てれば相手もこっちを見てるわけだから、自分を見てる相手の視線になれば自分の外部から自分を眺めることになってますか。画家が自画像をよく残してますが、自画像も対象aって言えると理解していいのかな・・・?^^v

2007/4/28(土) 午前 0:07 [ スモークマン ]

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相手の視点に立って考えるというのは、ラカンの言う「想像界」つまり主体の入れ替えです。視点ではなく、どう見られていたか?その時は永遠にもうない、ただその瞬間の再現代理を事後的にする為に必要な物、それが対象a。対象aの向こうに事後的に他者の欲望を再現代理する。しかし、それはもう過去そのものではない、だからもうないと知りつつも、永遠にそれを求めて運動する。その根拠とするための概念。対象aの根源は母と言える。だから代表格として先の四つを挙げたのだと理解してます。

2007/4/28(土) 午前 8:53 [ - ]

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う〜ん、どう言えばいいのかなあ、、、相手が自分をどう見てるのかってことじゃなくって(相手の立場で考えるんじゃなくって)、外から自分を見るよりどころは自分を見てる相手しかないっていう意味で、お尋ねしたんですが、、、同時進行的な概念のものじゃなくって、時間軸的にはずれてるものなんですね? To be continued...

2007/4/28(土) 午後 10:20 [ スモークマン ]

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よく思うじゃないですか?今の自分で過去の状況に戻れたなら、もっと、きっと違った展開の物語を紡げたかもしれないって夢想したことないですか?歴史に「if」はない。から、しょせん夢物語なわけだけど。。。^^; そう思うのは過去の自分と今の自分との差異を知ってるからで、つまりは今の自分が過去の自分によって比較されうるって意味で今の我の存在証明(アリバイ)としての対象a?

2007/4/28(土) 午後 10:29 [ スモークマン ]

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対象aというのは時間軸ではなく、例えば、つまり記憶のない始原において自分は母からどう見られたか?それを知るための根拠として必要な現前なるもの。それは具体的なものではなく、一つの概念です。ですから固定化したものではありません。そういう意味ではあらゆるものでもあります。例えば、「貼り紙禁止」と書いた貼り紙そのもの。例えが悪いですかねえ、、すみません<m(__)m>

2007/4/28(土) 午後 11:30 [ - ]

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申し訳ない、、、いまいち掴めない。。。^^; 自分を知るよすがになるものなら何でもいいわけですね?しかも、知ろうとする欲動はそもそも内発的にないと、対象aを何物にも投影しようともしないってことですかね?「貼り紙禁止」と書いた貼り紙・・・気付きを促すものっていう意味かな?大きな建物内で自分の現在位置を知るためのマップのようなものとはまた違うんですよね。。。^^;

2007/4/29(日) 午後 5:52 [ スモークマン ]

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私の説明力不足です。こちらこそ申し訳ありません。極端な言い方をすると、対象aの始原は母、母が何も欲望しなければ、つまり母に欲望されなければ、その子も欲望しない。生きんとする欲望も湧かない。そういった欲望の根源のエネルギーとなるもの。気づきを促すものとか現在位置を知るためにマップとは違います。

2007/4/29(日) 午後 8:17 [ - ]

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うむ^2 ^^; ラカンさんは明確な言葉の定義をされてるんですよね?まさか、彼だけの恣意的な言葉で、読むものが勝手に解釈してくれたらよいなんてことではないですよね。。。^^ この GW 時間許せば積ん読からの脱出を試みてみたいと思います。が。。。^^;

2007/4/30(月) 午前 0:25 [ スモークマン ]

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もちろんラカンは言葉に対して真摯だと思いますが、どんなに言語規定をしてみてもその中に零れ落ちるものがある、それを色々な観点から示した。だからこそ難解だと言われるのだと思います。対象aも然り。簡単には伝えられない所以だと、、、私のある種の逃げかな?きちんとあなたに説明できないことの。積ん読からの脱出の第一歩として「ラカンの精神分析」を是非お読みください。

2007/4/30(月) 午前 9:38 [ - ]


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