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傑作の誉れ高いし、無修整ノーカット版ってのに乗せられてつい購入してしまいました。^^v
画像が綺麗でなかったし、、、もっぱらのハードなセックス描写ってのにも肩透かしを食らったかなあ。。。。^^;
ルチア役のシャーロット・ランプリングは奇麗だったかな。。。アップの写真の方がいいけどね^^
愛欲の前には死の恐怖なんて抑止力にはならないんだよね。社会生活を送るために作られたルールなんて、「生≒性」を全うするためには従の位置なんであって、ルールを遵守するために生きてんじゃないって読みましたが、、、^^v 退廃、デカダンスなんて、あくまでも社会通念上の見方であって、「生」のさなかにいる者にとっては、どうだっていいものなんだって、、、こんなわたしの観方って病んでますかね ^^;
しかも、この映画の監督はリリアーナ・カヴァ−ニっていう女性なんですね!
落ちるとこまでとことん落ちたってかまやしないさって、女性の方がより欲望に忠実っていうか、度胸が据わってるっていうか、、、なんでしょうかしら ^^;v
http://plaza.rakuten.co.jp/ekatocato/4015
「♪ワインと女性は熟した方がいい.....『愛の嵐』から『まぼろし』へ―.....シャーロット・ランプリング♪」からです・・・Orz〜
「青みがかったトーンの街並は、寒々とした冬のウィーン。とあるホテルで、かつてのナチの将校と収容所にいたユダヤの女性が再会するところから物語は始まる。
オペラ「魔笛」の旋律が随所に流れる。
元ナチス親衛隊員だったマックス(ダーグ・ボガード)は、告発から逃れるための秘密組織のメンバーであり、ホテルの夜勤のポーターとして働いていた(原題は『The Night Porter』)。一方、ユダヤの美少女ルチア(シャーロット・ランプリング)は、マックスにユダヤ人収容所でサディスティックで偏執的な愛情を受けていた。
時代を経て二人は運命的な再会をする。この二人が行き着く先は...?
.....ナチの将校とユダヤ人女性の倒錯的な愛の世界を描いた衝撃の傑作です!
ヴィスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」がそうであるように、ナチズムとデカダンスによって語られることも多い作品ですが、ひとつの愛の究極の姿を描いた作品だと思います。
当時あまりに破戒的な内容のために公開を見送られていたこの作品に日の目を見させたのは、ルキノ・ヴィスコンティだった。シャーロット・ランブリングは、やはりナチス親衛隊を扱ったヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』に出演しています。ヴィスコンティは、映画化を企画していた『失われた時を求めて』や『魔の山』にも彼女の起用を考えていたそうです。実現しなかったのは本当に残念です。
女性監督のリリアーナ・カヴァーニは、学生時代にヴィスコンティ論を書くほどに彼に心酔しており、感激した彼女は、後にヴィスコンティを訪ね、謝辞を述べたという。
画像:<Charlotte Rampling (シャーロット・ランプリング)>
映画史上に残る名シーン。なんという大人のエロティシズム!デモーニッシュ!
断髪にナチ親衛隊の制帽を目深にかぶり、黒い長手袋、細い裸にズボンだけをサスペンダーで吊って穿き、醒めた声でディートリッヒの「望みは何と訊かれたら」を歌う有名なシーン!
オペラ「サロメ」を下敷きにしています。
「望みは何と訊かれたら」
私が愛するのは生きるため そうでなければ楽しむためよ
たまには本気で愛することもあるわ きっといいことがありそうな気がして
何が欲しいかと訊かれれば 分からないと答えるだけ
いい時もあれば 悪い時もある
何が欲しいかと訊かれれば 小さな幸せとでも言っておくわ
だってもし幸せすぎたら 悲しい昔が恋しくなってしまうから
何が欲しいかと訊かれれば 分からないと答えるだけ
いい時もあれば 悪い時もある
何が欲しいかと訊かれれば 小さな幸せとでも言っておくわ
だってもし幸せすぎたら 悲しい昔が恋しくなってしまうから
観る者は皆、男も女もこのユダヤ人の美少女の踊るシーンの虜になったんじゃないでしょうか。」
画像は全てこのサイトからのものです。Orz〜
『愛の嵐』 (’73 伊・米)
監督=リリアーナ・カヴァ−ニ
原作=リリアーナ・カヴァーニ/バルバラ・アルベルティ/アメディオ・パガーニ脚本=リリアーナ・カヴァーニ/イタロ・モスカーティ
撮影=アルフィオ・コンチーニ 音楽=ダニエレ・パリス
出演=シャーロット・ランプリング、ダーク・ボガード
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