ある人がこう言ってました。「原始時代には、男が狩に出て食べ物、食財を持って帰り、女は子供を育て、その食材を料理し食べさせてやるっていう役割分担で成り立っていたはず。だから、男は狩猟するための筋肉が発達し、女は、人とのコミュニケーション能力が(気配りやら、思いやりやら、、、)いや増されたんじゃないのか。」って。 To be continued...
社会というバーチャルな世界への案内人、ツアコン、コンシェルジュ役が父親ってわけだ。今は、父親も、学校も、地域もそういう役割機能を十分果たしていないよねえ。父親は疲れ果て、先生だって生きる知恵なんて教えてはいないし(多分できないだろうし)、地域のものも子供は社会全体にとっての子供なんだっていう覚悟で接してない、無関心なのか遠慮してんのか、、、To be continued...
素晴らしいですねえ。私もベンツに乗って風を切って走ってみたいものだと思っています^^車の曲線は女性のボディと同じで何とも美しいと言った男性がいます。まさにそうですよねえ。女性の私でも思いますから!
2007/5/2(水) 午前 8:08 [ - ]
車は疎いけど、近くで見たら惚れ惚れするようなのってありますよねえ。こんなのを何台も乗り回せる人って自分が一番欲してるものは何だったのか分からなくなるっていう不幸に見舞われることってないんだろうかなんて、いらぬ心配なんぞしてしまいます。^^;
2007/5/2(水) 午後 3:15 [ スモークマン ]
そうですねえ。車の好きな人は何台も持っているみたいですね。それに自分で分解してメンテナンスして、また組み立てることまでしている人も知っています。まるで大きなプラモデルで遊んでいるのと同じですね^^
2007/5/2(水) 午後 7:12 [ - ]
子供は小さな大人じゃないって言いますけど、、、男はいつまでたっても大きな子供なんですよね。^^; 女のこはお人形を好み、男のこはこんなプラモデルを持ちたがるってのは性差のなせる習性であり、価値判断の地平とはまた別のことさね。^^v
2007/5/2(水) 午後 10:57 [ スモークマン ]
そうですねえ。性差って大事です。今はあらゆる場面において「差」がなくなってきています。その是非は別にして、差があるから動きや流れがあり、欲望も湧いてくる。高低差があるから水も流れて清らかさも保てるし、凍らない。留まればいずれ腐敗してボウフラが湧きますよ^^
2007/5/3(木) 午前 0:27 [ - ]
ある人がこう言ってました。「原始時代には、男が狩に出て食べ物、食財を持って帰り、女は子供を育て、その食材を料理し食べさせてやるっていう役割分担で成り立っていたはず。だから、男は狩猟するための筋肉が発達し、女は、人とのコミュニケーション能力が(気配りやら、思いやりやら、、、)いや増されたんじゃないのか。」って。 To be continued...
2007/5/3(木) 午前 9:00 [ スモークマン ]
農耕が発明され、男と女との差は肉体的にはうユニセックス(性差がない)でもやっていけるようになり、富の蓄積により貧富の差が生じ、集団的作業の中でリーダーが生まれ、今度はその富を奪い合う(狩猟)権力闘争に男は血眼になって行った。何かを求め奪うために戦うのが男の習性?^^;
2007/5/3(木) 午前 9:01 [ スモークマン ]
そうですよね、役割が違うのです。人であるということに於いては男女は平等、しかし役割では性差はありますよね。ジェンダーフリーという今の考え方には疑問を持っています。女性が社会参入することには反対はしませんが、母はある一定の期間は家庭にいることが必要だと思っています。
2007/5/3(木) 午後 9:45 [ - ]
わたしも同じくそう思ってます。わたしが子供なら常に母親にはいて欲しいもの。^^ その意味では父親の存在意味ってあんまりないって思ってますが、、、両親の仲睦まじさを見て育つと子供も嬉しいっていうか情緒は安定しますよね。お父さんからおそらく社会の姿を少し子供ながらに垣間見れたり見たりしてるって、、、そうか、その意味では父親の存在意味も少しはあるのかな。^^;v
2007/5/3(木) 午後 11:16 [ スモークマン ]
母が子どもの心を創るといっても過言ではないと思います。日々の臨床の中でも痛感することです。直接的にはやっぱり母ですよね。父は母子一体の世界を切断する、社会性や規律を持ち込む役割ですから、母子の外部にあって、社会参入させる役目です。母子にとって父は社会の代表ですよ^^どちらも重要、役目が違うだけです。
2007/5/4(金) 午後 0:13 [ - ]
社会というバーチャルな世界への案内人、ツアコン、コンシェルジュ役が父親ってわけだ。今は、父親も、学校も、地域もそういう役割機能を十分果たしていないよねえ。父親は疲れ果て、先生だって生きる知恵なんて教えてはいないし(多分できないだろうし)、地域のものも子供は社会全体にとっての子供なんだっていう覚悟で接してない、無関心なのか遠慮してんのか、、、To be continued...
2007/5/4(金) 午後 0:28 [ スモークマン ]
結局、子供自ら社会の荒波に揉まれ必死に操船してんだ。この連綿たる仮想社会へのパスポートのスムースなバトンタッチが喪失、破壊されてるとすると、未来に待ってる社会は今までのものと姿が変わってしまうのも必然コースだよね。^^;
2007/5/4(金) 午後 0:29 [ スモークマン ]
危機感を持ってますが、それも逆らえない流れかもしれません。必然であって、その道を通らなければならないものなら、それも然り。その流れの中にいて、自分なりに踏みしめながら歩いている実感を持ちたいと考えています。主体性をなくさない、主語は自分。
2007/5/4(金) 午後 1:06 [ - ]
世代間のいろんな較差、ギャップがあるのは当たり前ですよね。主体的に生きるってことは、自己が確立されてることだから、つまり、他人とは違うって分かってるんだから、若い世代から見たら、一つ前の世代との間との摩擦で自己が切磋琢磨されたようなものだからさ。その間が一番の違い、差、ズレが明確になるはずだもんね。^^ 反対の反対は賛成ってなもんで、案外2世代離れたら意見が合うのかもよ。だって、孫とじいさんって衝突しないじゃん。^^
2007/5/5(土) 午前 0:13 [ スモークマン ]
枠がある、差がある、境界があるってとっても大切なことですよね。しっかりした枠があるから、それに対して、共感も反発もできる。反発して飛び出せるのも踏み台にしても十分に踏ん張れる強固さがあるから飛び立てるのですよね。軟弱だったら逆に吸収されていしまいます。
2007/5/5(土) 午前 9:05 [ - ]
差異が生じた時にしか気付かないようになってるのは致し方ないことですよね。酸欠になった時初めて空気の存在の有難さがわかるってもので、当たり前のように存在してるものには、とくに目に見えないもの、ことには気付きようがないわけでね。その意味じゃ、豆腐の角で頭打っても気付かないわけだから、気付けるためには相手は堅牢であって欲しいものです。^^
2007/5/5(土) 午後 4:37 [ スモークマン ]
その通りですね。人間が言語を持ったことの利点でもあります。言語を持つとはその感覚から離脱することだとどこかで読んだ記憶があります。めくるめく感覚の最中にいると人の神経は早々にアウトになっいるでしょうから。なるほどと思いました。
2007/5/5(土) 午後 11:03 [ - ]