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NHKの仕事の流儀っていう番組で羽生さんのアンコール番組が流れてた。^^
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/080226/index.html より Orz〜
直感は経験で磨く
「35歳の新境地
常に将棋界のトップを走り続ける棋士・羽生善治(35)。25歳で前人未踏の7タイトル全制覇を達成してから10年。35歳になった羽生は、今新たな境地で将棋に挑んでいる。10代、20代のころと比べ、記憶力や反射神経は衰えたが、経験を積み重ねる中で培った「直感」や、勝負の流れを読む「大局観」などを生かして勝負することを心がける。 ここ数年、対局中、いつも思い浮かべる言葉がある。「玲瓏(れいろう)」。 玲瓏とは、透き通り、曇りのないさま。対局中に襲われる不安や迷い、雑念を取り払い、澄み切った心で盤面に向かうよう、自らを戒める。勝負の山場、一手のミスも許されない瀬戸際に立ったとき、羽生の手が震えた。羽生は、常に自分との葛藤(かっとう)に打ち勝つべく、プレッシャーと戦いながら、勝負に挑む。
才能とは努力を継続できる力
10代のころから、その才気を発揮し、天才と呼ばれる羽生だが、25才という若さで7冠達成という頂点を極めた後、漠然とした不安に駆られ始める。「この先どうなるのか」。
迷いとともに次第に戦績を下げ、2年前には、タイトルは1冠にまで落ち込んだ。 そんな時、見慣れたはずのベテラン棋士たちが将棋に打ち込む姿を見て、羽生はあることに気づく。「才能とは、一瞬のひらめきやきらめきではなく、情熱や努力を継続できる力だ」。
「勝ち負けだけにこだわらず、生涯をかけ自分の将棋を極める」。羽生は今また、新たな境地で将棋に挑んでいる。
リスくなくして、成長なし
4月15日。タイトル戦の予選。羽生は、小学校のころから戦ってきた同い年で同期の「宿命のライバル」、名人・森内俊之との対局で、20年の将棋人生で初めての、常識破りの一手を指す。「守りに入り、リスクを取らなければ、そこからは何も生まれない」。
息詰まる攻防の中、羽生は、最後まで果敢に攻め続ける。」
全文お借りしてしまいました。m(~~)m
一気呵成に飛ぶ鳥を落とす勢いで頂点まで駈け上がった若武者に待っていたものは、、、「無」の世界だったのでは・・・?追いつけ追い越せでがむしゃらに欧米の後を追いかけてた日本の姿にも重なるような。。。結局自分を信じて新たな境地、明鏡止水とでもいえるような。。。それを象徴する言葉だよね?『玲瓏』って?トップに立ったら信じるもの、頼れるものは自分しかないわけだってことを悟ったんだと思います。それを信じて前に突き進み続けるのがプロだと開き直った羽生さんは、新しいことに果敢に挑戦して行くんだ、行けるようになったんだと思いますね。^^
そのきっかけになったのは、大先輩加藤一二三9段の将棋に懸ける純粋な姿勢を見てだそうです。でも、彼はそういう自分が求めてた姿を加藤9段の中に見いだしただけなんでしょうよね。彼自身すでにそれを求めてたから見つけることができたんだよね。(yumejiさん流からしたら ^^)
勝負の剣ケ峰に立ったとき手が震えるって、、、すごいです!命懸けで集中してる。そのとき、彼の心は外の世界の喧騒とは隔絶された静寂の世界にジャンプしてるに違いないんです♪
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なるほど考えさせる記事です。
2008/2/27(水) 午前 5:24
僕も見ました。努力する才能って決して一部の人に与えられたプレゼントではないと信じたいです。どんな凡人にでも頑張れば獲得できるものだと思いたいです。それを信じて僕もがんばっていこうと思います。
2008/2/27(水) 午前 9:04 [ qazu ]
プロとは、自分を信じて、そういう核となるものを矜恃することが継続して出来る人、、、みたいなことも述べられてましたよね。。。してみると、、、継続して努力できること自体ある意味才能なのかも。。。^^; すごい人に一歩でも近づきたいなら、われわれ凡人は一層の努力を惜しんでは無理だってことですね、、、^^;v
2008/2/27(水) 午後 0:04 [ スモークマン ]
凡人と非凡の違いって何でしょう?それってちょっとした違いのような気がします。自分の心を観続ける勇気と根気、、、様々な表現の仕方があるとは思いますが、結局は自分との対話、勝負では???
2008/3/8(土) 午後 7:19 [ - ]
そういう気がします。。。己に克つ、克己。それがまずできないことには、、、皮相的にあぶくのように流されて行くだけのように思います。自己との対決をどこまで本気でできるのかってことがその岐路なのでしょうが、、、それが難しいからこそ、凡人は偉人を崇敬しちゃう、しなけりゃいけないんだと思うんです。。。キリストが人間の原罪を一身に背負ってその贖罪をされたように、だからこそ有難い崇高な存在として崇められうるわけなんでしょ?(いい加減な理解です。。。^^;) それに近い感覚を偉人にも感じちゃうんじゃないのかなって・・・?
2008/3/8(土) 午後 9:03 [ スモークマン ]