アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

好きな絵

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サルバドール・ダリ

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http://ja.wikipedia.org/wiki/サルバドール・ダリ より
画像:ダリ(1965年)
「サルバドール・ダリ(Salvador Dal?, 1904年5月11日 - 1989年1月23日)は、スペインの画家。シュルレアリスムの代表的な作家として知られる。フルネームはサルバドール・ドミンゴ・フェリペ・ハシント・ダリ・ドメネク(Salvador Domingo Felipe Jacinto Dal? Domenech)。自ら「天才」と称し、数々の奇行でも知られている。

生涯
ダリは1904年5月11日、スペインのカタルーニャ地方フィゲラスで、裕福な公証人の息子として生まれた。母親も富裕な商家出身だった。ダリには幼くして死んだ兄がいて、同じ「サルバドール」という名が付けられた。このことは少年ダリに大きな心理的影響を与えた。
少年時代から絵画に興味を持ち、画家ラモン・ピショット(ピカソの友人でもあった)から才能を認められた。・・・1927年、パリに赴き、パブロ・ピカソ、トリスタン・ツァラ、ポール・エリュアール、ルイ・アラゴン、アンドレ・ブルトンらの面識を得る。1929年夏、詩人ポール・エリュアールが家族とともにカダケスのダリを訪ねる。その妻が、後にダリ夫人となるガラ・エリュアールであった。ダリとガラは強く惹かれ合い、1932年に結婚した。画学生時代には印象派やキュビスムの影響を受けていたダリは、シュルレアリスムに自分の進む道を見出し、1929年に正式にシュルレアリスト・グループに参加した。・・・ダリは自分の制作方法を「偏執狂的批判的方法」と称し、写実的描法を用いながら、多重イメージなどを駆使して夢のような超現実的世界を描いた。*

エピソード
ダリ(1965年)
ダリは、1936年に制作した『茹でた隠元豆のある柔らかい構造(内乱の予感)』がスペイン内戦を予言したと称し、「完全なダリ的予言の例」として文字通り自画自賛している。 ほかにも自己顕示的で奇妙な言動は多く、講演会で潜水服を着て登壇したはいいが、酸素供給が上手くいかずに死にかけたことがある(1936年、ロンドン)。象に乗って凱旋門を訪れたり、また「リーゼントヘア」と称してフランスパンを頭に括りつけて取材陣の前に登場するなど、マスコミに多くのネタを提供した。
今日ではダリのピンとはねた口ひげと目を大きく見開いた顔は、「アート」そのものとして認知されるほどの人気であり、スペインのシンクロナイズドスイミングチームが水着の柄に採用して競技会に出場したことがある。・・・2004年はダリの生誕100年に当たり、世界各地で展覧会が開かれた。」

http://ja.wikipedia.org/wiki/ガラ・エリュアール より
「ガラ・エリュアール(Gala Eluard Dal?, 1894年8月26日 - 1982年6月10日)ロシア人でサルバドール・ダリの妻。本名はエレナ・ディミトリエヴナ・ディアコノワ(Елена Димитриевна Диаконова)という。タタールスタン共和国カザン生まれ。
結核治療のために行ったスイスのサナトリウムで詩人のポール・エリュアールと出会い、1917年に結婚。二人の間に娘が出来るが、夫婦でダリの元を訪れた際、ガラはダリと恋に落ちてしまった。ガラは1932年にエリュアールと正式に離婚し、後にダリと結婚した。ダリの作品の中にしばしばガラは登場した。ガラは若いアーティストが好きで、性的衝動も強く、晩年でも傾向は治らなかったのでダリの心配の元であった。しかし当時のシュールレアリスト達にとってなくてはならないインスピレーション的存在が彼女であった。」

画像:ガラ・ダリ (Gala Dali 1894 1982)
http://www.geocities.jp/takahashi_mormann/Articles/galadali より Orz〜
「・・・「描くイナゴや糞色のシミは不安の対象です」と、フロイトの精神分析に熱中するダリは答えた。口ひげをはやし、流行のスペインファッションに身を固めたダリは、派手な外見とは裏腹にシャイで口が重い。しかしガラは青年画家の真摯な熱情に心を打たれ、それを感じたダリは10歳年上のエリュアール夫人を思わず抱きしめた。「私たちはもう離れてはいけないのよ」と彼女は息子に語る口調で言い、「これからどうしよう」と聞くダリに「私を殺して」と答えるのである。・・・」

ガラはダリの宿命的な女性だったんだね!♪

onemanconcert5.seesaa.net/ より Orz〜
画像:「茹でた隠元豆のある柔らかい構造(内乱の予感)」
画像:「燃えるキリン」

www.AllPosters.co.jp より Orz〜
画像:「花の頭の女」 1937
画像:「Soft Watch At Moment of First Explosion」1954
画像:「球体のガラテア」1952
画像:「目覚めの直前、柘榴のまわりを一匹の蜜蜂が飛んで生じた夢」
画像:「自らの純潔の角に犯される若い処女」


いっぱいある〜〜〜^^;
題名の長いものが多いね!?
自らもデコり、表現もデコってる・・・自己顕示欲の突出 ^^v・・・ガラに引き出された・・・自分のすべてを安心してさらけだす陶酔感♪

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* 「 第二次世界大戦後はカトリックに帰依し、ガラを聖母に見立てた宗教画を連作した。ガラはダリのミューズであり、支配者であり、またマネージャーでもあった。・・・1982年にガラが死去すると、「自分の人生の舵を失った」と激しく落胆し、ジローナのプボル城に引きこもった。最後に絵を描いたのは1983年5月である。1989年にフィゲラスのダリ劇場美術館に隣接するガラテアの塔で、心不全により85歳の生涯を閉じた。」
これがどうして記事にアップできない文字列なのかわからない...^^;

2008/9/23(火) 午後 1:22 [ スモークマン ]

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うーん 良いねえ。。。
ダリは素敵です!!好きだわ
同じ時代に生きていたら、きっと追っかけをしていたかもしれない(^_^;) 芸術家、学者大好きです^^
作品はもっと興味深いけど(^_^)v

2008/9/23(火) 午後 10:38 [ - ]

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女性はその男の秘めたる可能性を半ば直感で見抜く力を持ってるんだろうかね...それとも男は愛する女性を喜ばすために自らの魔法のランプをしこしここすって作品を産みだすことがイコール自身の喜びになるような存在なのかもしれない・・・^^;v

2008/9/24(水) 午前 0:54 [ スモークマン ]

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ダリの絵も 面白いですね。綺麗ですよね。不思議ですよね。錯覚〜
一度だけ 美術館で 本物の作品を観ました。全作品でないのが残念でした。ダリの演劇も 見たいナァ。
絵画同好会(名前検討中 ダリを語る会

2012/9/14(金) 午後 3:07 [ 村石太マン&村石太星人 ]

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>村石太さんへ ^^
ダリの出現時はビツクリしたに決まってる絵も...今は...驚愕度はどうなんだろ...?...社会が...既成概念=恣意的なフレムワークであることに気づいてからは...「シュール」さもまた変貌してるのかも...いい加減ごと書いてます...Orz〜
「シュール」と「ダダ」との違いがよくわからないまま...^^;...

2012/9/14(金) 午後 8:16 [ スモークマン ]


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