アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

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阿修羅

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この間テレビで流れてた・・・仏教彫刻界での最高傑作とも呼ばれてるんだってね♪
この姿を創造した想像力も奇跡的だけど、、、一度見たら忘れられないですよね・・・^^
この世のお方ではないと一目で分かっちゃうもの ^^;
正邪併せ持つオーラを感じちゃう・・・!!

http://www3.ic-net.or.jp/~yaguchi/advice/asyura.htm より Orz〜
阿修羅の正義
「インド神話の中に、アシュラとインドラという神様がおられます。アシュラは正義の神で、インドラは力の神です。
アシュラには美しい娘がいて、その美貌は神々の世界で評判になっていました。父親のアシュラは、力の神のインドラに心を寄せていて、自分の娘をインドラに稼がせたいと願っていました。ところが、インドラは力の神であるだけに豪放磊落で愛されるところもある反面、乱暴なところがありました。あるとき、アシュラの娘を見て気に入ったインドラは力でもって彼女を無理やり自分の宮殿に連れ去ったのです。父親のアシュラは当然怒ります。そして、武器をとってインドラに挑みます。しかし、インドラは力の神です。正義の神であるアシュラが、力の神に勝てる訳がありません。戦いはアシュラの敗北に終わります。けれども、それでアシュラの怒りがおさまるはずがありません。娘を奪われたアシュラの怒りは烈しく、なおもアシュラはインドラに戦いを挑むのです。戦いは何度繰り返しても、アシュラの敗北になりますが、にもかかわらず、アシュラは執拗に戦闘を繰り返します.
その結果・・・面倒になったインドラは、ついに正義の神のアシュラを神々の世界である天界から追放してしまったのです。
仏教はこの神話にもとずいて、敗北者のアシュラを「阿修羅」または「修羅」と呼んで魔神にし、勝利者のインドラを「帝釈天」と呼んで護法の神にしました。すなわち、正義の神を魔類にし、力の神を護法の神としました。それが仏教のとらえ方となるのですが、なぜなのかわかりますか?
この結末に納得できない人は多いかもしれません。父親として娘を暴力でとられたアシュラが怒るのも当然のことでしょう。 しかしながら、帝釈天の行動はほめられたものではありませんが、過去の出来事をいつまでも根に持って、みずからの「正義」にこだわりつづけている阿修羅の心の狭さの方がもっとよくない、仏教ではそう考えるのです。さらに暴力で帝釈天の女とされた阿修羅の娘は、実は幸福な帝釈天の妃になっているのです。にもかかわらずこだわりつづけるのは、魔類の正義「阿修羅」に他なりません。
帝釈天のエピソードの中にこんな話もあります。珍しく負け戦で、逃げていく帝釈天の軍勢の行く手に、道の上を何万匹ものアリが歩いていました。それを見て、そのアリを助けるために、帝釈天は軍勢を再び元の逃げてきた方に引き返させているのです。【アリではなくガル−ダ(霊鳥)が巣を守っていたという説もあります】逃げている軍隊が又とって返すなど普通はありえない行為です。それができるのは、帝釈天は力の神であって、弱いものに対する同情心、あわれみの心があるからだというのです。おそらく正義の神である阿修羅には、それができないでしょう。正義のためには、少しぐらいの犠牲はやむを得ない、そう考えるのが正義の特色です。ですから、正義にこだわり、自らの正義ばかりを主張しつづけて相手の立場を考えない、そんな正義は魔類の正義となります。仏教はそんな思いやりのない「正義」にこだわるなと教えているのです。」

う〜ん、、、寓話だよね...なんだかいろんなことを考えさせられてしまう...^^;
わたしの生き方は...阿修羅的だな・・・っていうか、、、勝ち負けじゃないことっていっぱいあるでしょ・・・?
それにしても阿修羅像って惚れ惚れするっていうか,,,見てはいけないものだけに見たくなるようなような妖しさがありますね ♪

画像:興福寺阿修羅像
http://blog.livedoor.jp/oyajinonegoto/tag/%B0%A4%BD%A4%CD%E5 より Orz〜
「一説では、阿修羅は正義ではあるが、舎脂(シャチー)が帝釈天の正式な夫人となっていたのに、戦いを挑むうちに赦す心を失ってしまった。
つまり、たとえ正義であっても、それに固執し続けると善心を見失い妄執の悪となる。
このことから仏教では天界を追われ人間界と餓鬼界の間に修羅界が加えられたともいわれる。
阿修羅はサンスクリットで「asu」が「命」、「ra」が「与える」という意味で善神だったとされるが、「a」が否定の接頭語となり、「sura」が「天」を意味することから、非天、非類などと訳された。これは阿修羅の果報が優れて天部の神にも似ているが天には非ざるという意義から名づけられたと言われている。
ちなみに、神々の住むところは、古代インド(バラモン教、仏教、ジャイナ教等)の世界観の中で中心にそびえる山 「須弥山(しゅみせん)」 である。」

画像:asyura.com/0311/ dispute15/msg/1180.htm より Orz〜

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拝みました。^^傑作です。

2009/5/2(土) 午前 11:35 瑠

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