アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

スクラップ

[ リスト ]

イメージ 1

彼女の話はおもしろいしいつも説得される...^^
随分前に以下のサイトを探し当ててたんだけど...忘れないうちにスクラップをば...♪
まんまです・・・^^; コメント付けたくなったとき付けます...今日は無性に眠いので...Orz...Zzzz...

http://www8.cao.go.jp/kourei/kou-kei/14semminer/s_kouen02.htm より Orz〜
画像:樋口 恵子  高齢社会をよくする女性の会代表
<略歴>
東京家政大学教授
1956年東京大学文学部美学美術史学科卒業・東京大学新聞研究所本科修了。時事通信社・学習研究社・キャノンを経て、評論活動に入る。・・・

「高齢者の実像がもっと伝わるように――コミュニケーションが大切
私は、メディアの中に等身大のしっかりした高齢者像を打ち立てて欲しいと考えています。現役でも40代になると第一線の記者をデスクに引き揚げてしまうような今のメディア、マス・メディアの人員配置では、高齢者像がどこまで描けるのかなと思うことはあります。
1つだけ例を申し上げます。これはある地方のある大新聞の話です。自治体などが長寿番付というのをやりますが、東の横綱は女性で108歳とか、男性は107歳ということで、ずっと前頭ぐらいまで番付を作って、新聞がそのまま掲載する。若い人たちは「すごい。うちの村にはこんな人がいる」と言っていたわけですが、お年寄り自身あるいはお年寄りの家族から「元気ならともかく、寝たきりでいるのに年齢を晒されるのはうれしくない」という声が出て、それを取り止めたところがあるそうです。その頃まだ65歳前だった私は、番付を出すことにちょっと違和感を持ちながらも、そこまできちっと考えていなかったものですから、載せられる身の思いというものに想像力が不足していました。言われてみれば、横綱まで行ってしまったら、後は死しかないではないですか。相撲なら、横綱は引退してから、親方になったり、ちゃんこ鍋屋を開いたり、いろいろな生き方があります。ですから、長寿番付というものは、記録として出すのはともかく、一人ひとりの家族の中で看取られながら、長い介護生活をしている時に、98歳小結などと出た時、どんな気がするのかなというところまでは思い至っていないし、ましてや私の歳の半分以下の人が多い第一線の新聞記者が思い至らないのは当然のことと思いつつ、その話を聞きました。
私は介護保険創設にもいろいろかかわらせていただきました。今は改定作業の最中ですが、介護保険も含めて、やはり利用する高齢者側の意識と実像がもっと伝わるようにするには、メディア、あるいは担当する人たちにコミュニケーションの技法を磨いていただきたい。結局はコミュニケーション。もしかしたら21世紀のキーワードの1つは多世代、男女、あるいは多人種、多民族といった背景の違う人たちとのコミュニケーションになるのではなかろうかなどと思っています。・・・私も赤穂浪士は大好きです。高齢社会をよくする女性の会は毎年12月14日直前の土曜日に「女たちの討ち入りシンポ」を行っています。昨年は年金問題、今年は高齢女性の住宅問題です。・・・かつ、私はこの1月から杉並区シルバー人材センターから家事の人材を派遣していただいています。本来なら、武蔵野から来ていただくはずでした。私の家は杉並区役所へ行くよりは三鷹あるいは武蔵野市役所へ行くほうがずっと近いという地理的条件にあります。ところが、10年ほど前私が最初にシルバーさんをお願いしようとしたとき、武蔵野へ申し込んだら「管轄外」と言われてしまいました。以来お願いしてなかったのですが、時代が変わって近頃シルバー人材センターに「成長産業」のような力強さを感じております。

1.メディアと私の関係
今日の前半はメディアと私の関係をお話しさせていただきます。後半は「失われた10年から創造の10年へ」というメモ(* 最後の記事にアップ予定 Orz...)が出ていますように、21世紀を迎えた近過去、90年代からの動きを振り返りながらお話をします。直近10年を振り返ってみますと、今後来るべき10年において何をなすべきかがわかってくるかと思います。
今日おいでの方々もそうかもしれませんが、私はもちろん男女共同参画推進論者です。これは男性も女性も共々幸せになる社会であるにもかかわらず、一部の男性からはまるで男の権益を奪うがごとき憎まれ方をしています。私は長年家族関係とか男女の生き方、夫と妻との関係、親と子の関係といったものを主たる研究領域としてきました。あえて言えば、私は定年後の男性のウォッチャーなのです。

私の「老いるショック」
・・・私の「老いるショック」は、白髪もそうでしたが、アクセサリーの重さでした。40歳ぐらいの頃はじめて中国へ行き、清水の舞台から飛び下りる思いで、古代ガラスの黄色いネックレスを買ってきました。私は図体が大きいので、大きいネックレスが似合うのです。当時はどこへ行くにも、大きい黄色のネックレスをぶら下げて出かけました。ところが、古代ガラスというのは比重が鉄に近いのだそうです。40代は何でもありませんでしたが、50代に入って、私はネックレスで肩が凝る自分を発見しました。この肩の凝りは何だろうと思ったら、その重いネックレスが原因だったのです。これが私の「老いるショック」です。以来、このネックレスは使われることのないまま、記念としてわが家の引き出しの奥にしまわれています。私は今、黄色いものをつけたい時は琥珀です。琥珀が高齢者に好まれる理由がよく分かりました。琥珀は非常に軽いのです。衣服と重さ、アクセサリーと重さが、本当に私の「老いるショック」でした。

経済的自立と社会参加と自己実現を一時にかなえることができるのは仕事
・・・時は1981年(昭和56年)。まだ総評が健在で、総評のリーダシップで春闘が行われていた頃です。労働組合の力にちょっと陰りが出てきた頃ですが。1981年、総評傘下の家族の会も含めて、合言葉を募集したところ、当選した合言葉は「母ちゃん内職、それでも赤字。頑張れ父ちゃん、81春闘」でした。皆さん、今は笑うでしょう。でも、81年には笑わないで、大まじめにこれが採用されました。ただし、一部の女性―私たちは疑問を持ちました。
その6年前の1975年(昭和50年)は、日本の国際的な女性運動が世界の源流と一致して流れ始めた時です。日本にも女性運動はもっと以前からありました。アメリカで参政権運動の後、ベティー・フリーダン(Betty Friedan)などが第2期の女性運動を起こしたのが1960年代です。この動きが世界に広がり、国連で取り入れられ、国連主催で第1回国連世界女性会議がメキシコシティーで行われたのが1975年(昭和50年)です。日本において、男女平等、性別役割分業見直しの声が一般に普及し始めたのは、この10年後の女子差別撤廃条約という国際条約を批准した1985年前後からではないでしょうか。
1985年には、女子差別撤廃条約を批准し、その批准の要件の1つとして、男女雇用機会均等法ができ、家庭科の男女共修が定まりました。その前に国籍法の父系優先血統主義を父母両系血統主義に改めました。これら女子差別撤廃条約を批准する上で支障となる日本の法律制度の主な3点が改められて、条約に批准したのが、1985年(昭和60年)です。つまり、1981年はそのちょうど間ですから、めざめる女子はめざめていました。1975年の国際婦人年、そして女性差別撤廃条約、男女雇用機会均等法づくりに向けて、世の中はとにかく動き出していたのです。もちろん当時はまだ「男は仕事一辺倒。女は家事・育児・介護一辺倒」が主流でした。しかし、「それでは、一辺倒の弊害が出るのではないですか」と、今の言葉でいえば、まさにワークライフ・バランスをとるようにという提言は、まず家事・育児を一身に背負いながら働いている女性たちの側から出てきていました。女性もまた、自分の能力を活かして職場で働きたい、働いて自分自身の経済的自立も果たし、社会的貢献も果たしたいということなのです。
雇用労働であれ何であれ、経済的自立と社会参加と自己実現と他人への後見という4つを一時にかなえることができるのが仕事だと、私はつくづく思っています。バラバラに果たせるものなら、他にいくらでもあります。仕事をするよりも、趣味のほうが自己実現できるかもしれないし、経済的自立なら、だれかから莫大な財産を寄贈されればいくらでも自立できます。社会参加も、これは本当にもっと別なあり方もいろいろあるでしょう。他者の幸せへの貢献もいろんな筋道があります。でも、4つを一時にかなえてくれるのは仕事しかありません。仕事の範囲はNPOまで広げて考えてよいと私は思っています。
働く権利がまだ女性に確立されていなかった時代を生きた一人として、女性の就労問題にはその頃からいろいろ発言をしていました。当時いちばん心から取り組んでいたのは、女性の結婚退職・出産退職若年定年制に対して、反対の声を挙げることでした。労働組合はこちらの味方かと思っていたら、「母ちゃん内職、それでも赤字。頑張れ父ちゃん、81春闘」ですからがっくりきました。内職しないで済む賃金を父ちゃんにくれたら、母ちゃんは家にいろということではないですか。もちろんそういうご家庭があることは否定しません。しかし、父ちゃんの収入が十分であろうがあるまいが、自分自身の就労の意欲を考えてみたら、この言葉はどうでしょうか。
最近憲法論議が盛んで、9条についていろいろ論議されています。私は憲法27条が大好きです。「すべて国民は勤労の権利を有し、義務を負う」とあります。こんな潔い条文はありません。よく日本の現在の憲法は権利のみを書き過ぎて、義務が少ないと批判する方がありますが、27条を見てほしいと思います。ところが、私が若いころ聞いた解釈によりますと、これは働きたい人すべてに職を与えなくてもいいのだそうです。昭和20年代末頃のある憲法学者の解釈によると、27条は「パンを与えよ。しからずんば職を与えよ」なのです。「あなたのようにちゃんと食べられている専業主婦は何も仕事がないからといって、憲法違反だなどと言うことはできない」と言われてしまいました。「そもそも憲法は国と国民との関係を規定しているので、会社と働く人のような私人同士の問題は扱わない」とも言われました。ずいぶん腑に落ちない思いをしてきましたが、やっとこの頃、女性の就労について世の中の意識が腑に落ちるようになってきました。10年前私が60歳で死んでしまっていたら、こんな世の中を見られなかったわけですから、長生きはするものだと思っています。 」

To be continued...


.
スモークマン
スモークマン
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(1)
  • ヤドカリ
友だち一覧
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

検索 検索

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事