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この母子象は素敵だ♪
画像: imhere8128.seesaa.net/ index-4.html より Orz〜
「・・・
「今日、ひつようなのは、一日一日の、静かな冒険のためのことば」。
── 長田 弘 『世界はうつくしいと』 みすず書房 より引用
フジタ礼拝堂(シャペル・フジタ Chapelle Foujita )は、正式には「ランスの礼拝堂ノートルダム・ドゥ・ラ・ペ(平和の聖母) La chapelle Notre-Dame-de-la-Paix de Reims 」、または、「礼拝堂ノートルダム・ドゥ・ラ・ペ(平和の聖母)・フジタ礼拝堂 Chapelle Notre-Dame-de-la-Paix dite Chapelle Foujita 」、と呼ばれています。これは、ヨハネ23世の回勅「地上に平和を Paix sur la Terre 」に由来します。設計、装画をはじめ金具、ステンド・グラス、彫刻のプランもすべてフジタ自身の手によるものです。
レオナルド・ダ・ヴィンチの手記に、次のような言葉があります。──
・・・ 版画が版木に、感覚が知覚できるものに左右されるように、
愛するものは愛する対象によって左右され、
対象と結合して同じひとつのものとなる。
作品こそ その結合から生まれる最初のものである。
恋される対象が下劣なら、恋するものも下劣になる。
── 結合されたものがそれを受け入れるものと調子の合うとき、
そこには歓びと快楽と満足とが生まれる。
── 愛するものが愛される対象のもとに到着したとき、
そこに憩いが生まれる。
── 重荷がおろされるところには休息がある。
対象は、認識されたのち、はじめてわれわれの知性にとどまる。
タゴール
赤子の手足に花咲くうつくしき柔らかき新しい生命(いのち)──
誰れかそんなに長くそれが何処に隠されていたかを知っているか。
然り。母がまだ若き娘の時分、それは愛のやさしい沈黙の神秘となって母の心を充たしていた。
── 赤子の手足に花咲いたうつくしい柔らかい新しき生命。
日本に生まれて祖国に愛されず、フランスに帰化してもフランス人としても待遇を受けず、共産党のように擁護もなく、迷路の中に一生を終わる。
── レオナール・フジタ 手記『夢の中に生きる』 1965年4月18日付
「一日をきれいに生きられたらいいのだ。人生は、音楽の時間のようだと思う。」
── 長田弘 『世界はうつくしいと』 「グレン・グールドの9分32秒」 」
絵も美しいけど...5人もの奥さんたちもきっと美しかったんだろうなあ...^^;v Orz...
女性は彼の孤独を癒し...かつ想像力をいや増すことはあってもその衰退から彼はきっと守られたはずなんだ...♪
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こんばんは。
フジタ作品、大好きで、何年か前に回顧展が開催された時は見に出掛けました。
第二次世界大戦時には日本に帰国し、トレードマークのおかっぱを短髪にさせられ、国の命令で戦争画を描かされたものの、終戦後にはさんざんおだてて来た日本の画家たちに責任を押し付けられ…と、祖国日本に対しては複雑な思いでフランスに“帰った”んでしょうね。
2009/10/6(火) 午後 6:45 [ - ]
>bigflyさんへ ^^
お久しぶりです〜^^; Orz...
わたしは詳しくないけど...故郷は遠きにおいて思うもの...
フランスって...芸術家には保守的じゃないようですね ^^?
というよりも自律した個人として生きてる限り尊重される・・・?
たしか...婚姻外ベイビーってのが多数なんですよね ^^v
2009/10/6(火) 午後 7:08 [ スモークマン ]