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アメリカの自由の女神像がフランスから送られたことは知ってたけど...それが...自由・平等・博愛を求めたフランス革命を象徴することも...ただ...その女神像の原型が彼のこの絵だったことは知らなかった...
っていうか...想像力の欠如だね...^^; だって...この絵も知ってたんだから...そつくりじゃん...^^;♪
画像:www.s-hoshino.com/ f_photo/obuje/ob_065.html より Orz〜
「ニューヨーク&アメリカのシンボル。言わずと知れた自由の女神(Statue of Liberty)」
画像: www.mtbook.com/usscenery/ 2008/05/post_211.html より Orz〜
「自由の女神:アメリカンドリームに導かれ、ヨーロッパから渡ってきた移民たちは、この女神に胸をときめかせました。」
画像:めるてぃんぐぽっと?Melting Pot? http://melting-pot.cocolog-nifty.com/blog/cat4149003/index.html より Orz〜
「Musee Bartholdi(バルソルディ博物館)に大感激しました!NYにある自由の女神はフランスからアメリカへの贈り物ですが、その作者のバルソルディはColmarの出身だったのです。
この博物館には、自由の女神がフランスで作成されている様子はもちろん、自由の女神が送られたときのNYの新聞記事などがあって楽しかったです。上の写真(絵葉書)は、NYへ送られる前、フランスの街中に自由の女神が立っている様子です。」
画像:『7月28日−民衆を導く自由の女神』ウージェーヌ・ドラクロワ (1798-1863)
油彩 260×325cm 1830年 ルーブル美術館 (仏国) 所蔵
とおる美術館 muse.main.jp/ arts/00053.html より Orz〜
「自己の意思、資質、行う努力によって、人生を選べる社会。 今日のわたしたちが、その中にいて、不思議とも思わなく、また、生きる活力と希望を与えてくれる、自由な社会が存在しているのは、生まれによる生涯の身分固定を撤廃させた、フランス革命(1789-99)によっています。
この革命を、いち早く成したことで、フランスは当時の世界のリーダーとなり、その思想や文化、政治・経済のあり方は世界へと波及して行くことになるのです。
新世界アメリカが独立し、自由の国が誕生したのにも、フランス革命の思想が反映されており、ニューヨークで片手を掲げている「自由の女神像」は、この独立を支援したフランスから贈られています。・・・」
Bee's Photograph http://jterap.jugem.jp/?eid=139 より Orz〜
「まずはなんといってもこの絵でしょう!誰でも教科書などで一度はお目にかかったことがあると思います。ウジェーヌ・ドラクロワの『7月28日−民衆を導く自由の女神』です。ドラクロワはフランス・ロマン主義時代最大の巨匠です。彼はこの絵を描くことで、1830年の7月革命に応えたのです。ドラクロアは、将官であった弟にこんな手紙を書いています。「私は祖国のために、戦かって、勝利を得たわけではない。しかし、すくなくとも、支持の表明として、絵を描くことができる」と・・・・・自由の女神の左側、シルクハットをかぶっている男が、ドラクロア自身なのだそうです。バリケードを乗り越え、敵の陣営で最後の攻撃を仕掛けようとする群集を描くことによって、歴史的な出来事を叙事詩に壮大に表現しました。新古典主義がデッサンを重視していたのに対し、色彩を追求したドラクロワの秀作である。」
http://www.odekake.us/ny/topic/statue_of_liberty.htm より Orz〜
「Statue of Liberty(自由の女神) アメリカ雑学
ニューヨーク・ハーバーの中央に位置する島(リバティ島)に立っている「自由の女神」は1886年 アメリカ合衆国の独立100周年を記念してフランスから贈られました。今やアメリカのシンボルとしてだけではなく、自由と民主主義の世界的なシンボルとなっています。・・・
まず「自由の女神」は英語では「Statue of Liberty」ですから、本来は「自由の像」ですよね。何で「自由の女神」になったかと言うと、明治19年に郵便報知新聞が像の完成を伝えた時に女神と訳したのが始まり。そして「自由の女神はニューヨークにある」と言われていますが、自由の女神(リバティ島)はニューヨーク州とニュージャージー州間の海の上にあり、マンハッタン島から東がニューヨーク州とされるので、海の上位置するということは本来であれば自由の女神はニュージャージー州にあるという事になります。でも自由の女神の住所はリバティ島とされ、Liberty Island, New York, New York となっています。・・・ 」
http://ja.wikipedia.org/wiki/自由の女神像_(ニューヨーク) より
「・・・正式名称はLiberty Enlightening the World(世界を照らす自由)である。・・・
自由の女神像はアメリカ合衆国の独立100周年を記念して、独立運動を支援したフランス人民の募金によって贈呈され、1886年に完成した。アメリカ合衆国の自由と民主主義の象徴であるとともに、19世紀以来絶えることなく世界各地からやってくる移民にとって新天地の象徴ともなっている。1984年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
本来のモデルはフランスの象徴マリアンヌである。性別は女性で銅製だが、緑青の為に緑色になっている。像の頭の部分までの高さは33.86メートル(111.1フィート)、台座からトーチ(たいまつ)までの高さが46.05メートル(151.1フィート)、台座の高さは47メートル(153フィート)、台座部分も含めると93メートル(305.1フィート)、総重量は225トンである。
右手では純金で形作られた炎を擁するたいまつを空高く掲げ、左手にはアメリカ合衆国の独立記念日である「1776年7月4日」とローマ数字で刻印されている銘板を持っている。足元には引きちぎられた鎖と足かせがあり、これを女神が踏みつけている。全ての弾圧、抑圧からの解放と、人類は皆自由で平等であることを象徴している。女神がかぶっている王冠には7つの突起がある。これは、7つの大陸と7つの海に自由が広がるという意味である。
台座部分にはエレベータが設置されている。エレベータの最上階(10階)からは像の中のらせん階段を上って王冠部分の展望台に登ることができる。2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件後は安全のため、同展望台は閉鎖されていたが、2009年7月4日、アメリカの独立記念日に合わせて約8年ぶりに再開された。再開後は、同展望台に入場できる人数が1時間あたり30人まで、1日240人までと制限されたほか、入場には予約が必要となった。台座部分はアメリカの移民の歴史の博物館になっており、エマ・ラザラス (Emma Lazarus) の「新大国 (The New Colossus)」という14行詩が刻まれている。たいまつは灯台とするためのものであったが、雲に反射して船舶運航の妨げになるということで中止された。なお女神は贈り主のフランスに向けられているとよくいわれているが、実際はニューヨーク港のほう(南南東)を向いている。なお、自由の女神像はフランス系フリーメイソンリーとアメリカ系フリーメイソンリーの間に交わされた贈り物であった。
歴史
設計と建設
アメリカ合衆国の独立100周年を祝い、フランスの法学者エドゥアール・ド・ラブライエがモニュメントの寄贈を提案し、寄付の募集を呼びかけた。設計は1874年にラブライエからフレデリク・バルトルディに依頼された。設計にはエッフェル塔で知られるギュスターブ・エッフェルも関わった。像のデザインはウジェーヌ・ドラクロワの絵『民衆を導く自由の女神』とバルトルディの母親をモデルにしたものである。資金集めのため記念像建造キャンペーンとして、宝くじや、1878年の万国博覧会であるパリ万博に完成頭部を展示し約40万ドル相当の寄付金を集めた。1884年にフランスパリで仮組み完成され、214個に分解してフランス海軍軍用輸送船イゼール号でアメリカに運ばれた。
台座部分の建設資金は、「ニューヨーク・ワールド」紙社主ジョセフ・ピューリッツァが資金集めのキャンペーンを行い、アメリカ国民の寄付によってまかなわれた。台座部分の設計はアメリカのリチャード・ハントが行った。また女神像が置かれることになったリバティ島(当時はベドロー島と呼ばれていた)の庭園の設計はペイリー・パークの設計で知られるランドスケープアーキテクトのロバート・ザイオンが担当した。1886年10月28日に除幕式が行われた。当日はあいにくの雨であったが、グロバー・クリーブランド大統領をはじめ100万人以上の観衆が集まり、顔にかけられたフランス国旗を製作者のバルトルディが除幕した。
アメリカの象徴
1924年にアメリカ合衆国国定記念物、1966年にアメリカ合衆国国家歴史登録財、1984年に世界遺産(文化遺産)にまで登録された。1990年代に白人か黒人かとの議論となり、双方にそれらしい理屈が上がったため、意見の一致をみることは無さそうであった。しかし、結局のところ女神像の色が緑であることから「緑人」ということで議論は終息している。以後も、アメリカだけでなく世界の自由を象徴する建造物として多くの人に知られている。
創作の方面でも、アメリカ、あるいはそれに関わるを象徴するものとして特に描かれる場合がある。例えば映画『猿の惑星』第一作では最後の場面で、その星が実は地球だったことが証される場面に使われている。『ゴーストバスターズ2』では、悪霊と戦うためには地域の人間の善意が必要、といってみんなの納得する象徴として自由の女神を持ち出す。・・・
登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
(i) 人類の創造的天才の傑作を表現するもの。
(vi) 顕著な普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの。」
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