アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

すべらない話

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崇徳院 (落語)...

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                                               rrradioさんのもの Orz〜

崇徳院の有名な歌をご存知なら...笑ける...♪

http://ja.wikipedia.org/wiki/崇徳院_(落語) より
崇徳院』(すとくいん)は、古典落語の演目の一つ。元々は上方落語の演目で、後に東京でも口演されるようになった。
一門の垣根を越えて幅広く演じられているが、30分程度を要する大ネタであるため、普通の寄席ではベテランの噺家でないと持ち時間的に演じることはできない。独演会などの落語会で、中入り前やトリの演目として出されることが多い。
この作品は初代桂文治の作といわれ、後世に改作などを繰り返し現在の形になったとされる。

あらすじ 

以下は上方落語に準拠する。

商家の若旦那・作次郎が重病になった。医者に見てもらったところ「医者や薬では治らない気病で、思いごとが叶えばたちどころに治るが放っておくと5日もつかどうか」とのこと。これを聞いた親旦那、作次郎の幼少のころからの馴染みである熊五郎を呼びつけ、その思いごとを聞き出して来いと命ずる。作次郎が熊五郎に告げた事情はこういうものだった。
先日、作次郎が高津神社へ参詣したときのこと。茶店で休憩していると、そこへ入ってきた歳は17、8の美しい娘に一目惚れする。娘が茶店を去る際、緋塩瀬(深紅色の羽二重)の茶帛紗を置き忘れていったので追いかけて届けると、娘は料紙に「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」という崇徳院の歌の上の句だけ書いて作次郎に手渡し、去って行った。作次郎はこの歌の下の句「われても末に 逢わんとぞ思う」を思い出し、あの娘は「今日のところはお別れいたしますが、いずれ後にお目にかかれますように」と言ってくれていることに気付き、それから今までずっと娘のことばかり思い詰めているのである。しかし先方がどこの誰であるのか訊かなかったため、皆目見当がつかないのだ。
熊五郎の報告を受けた親旦那は、熊五郎にその娘を何としても捜し出してくれと懇願する。熊五郎はどこのお方かもわからないのにと渋ったが、借金を棒引きにしてなおかつ蔵付きの借家を五軒譲渡し、別に300両の礼金を支払うからと言われ、3日間の猶予をもらって捜し回ることになった。
2日間、大阪の街中を捜したが見つからない。それもそのはず、熊五郎は「瀬をはやみ」の歌を誰に伝えるわけでもなく、ただ闇雲に走り回っていただけだったのだ。女房には「探し出さなければ実家へ帰らせてもらう」とまで脅かされ、最後の1日に全てを賭ける熊五郎。人の多く集まりやすい床屋風呂屋、行く先々で「瀬をはやみ〜」と叫んでは反応を待つ。「うちの娘はその歌が好きでよく歌っている、別嬪だし高津神社にも足しげく通っている」という人に出会うが、その娘はまだ幼い子供と知りガックリ。結局有力な情報が得られないまま日暮れとなって、疲労困憊になりながら入った本日10数軒目の床屋。
もうすでに剃れる髪も髭もなく、「いっそ植えてほしい」と悲鳴をあげる熊五郎。待合場で例によって「瀬をはやみ〜」と歌い出す。ちょうどそこへ入ってきたのが棟梁風の男、急いでいるので先にさせてほしいと先客に頼み、髭を剃ってもらうことになった。その男によると、主家のお嬢さんが今日明日とも知れぬ身。そしてその原因は、お茶会帰りに高津神社の茶店に立ち寄った際、さる若旦那に気を取られて茶帛紗を忘れてしまい、その若旦那に届けてもらったとき余りの名残惜しさに、崇徳院の歌の上の句を書いて手渡したきり、恋煩いで頭が上がらなくなったというものであった。男は、その若旦那を捜し出してくれと命ぜられてこれから紀州方面へ行こうとしていたのだ。
艱難辛苦の末にとうとう捜し求める娘が判った熊五郎。その棟梁風の男に飛びかかり「その歌を書いてもろうたのはうちの若旦那や!」と叫ぶ。「うちへ来い!」「先にわしのとこへ来い!」「お前が来たらこっちは借家五軒に300両…」揉み合いになり、弾みで床屋の鏡を割ってしまった。「どないしてくれる」と怒った床屋の主人。熊五郎は「心配するな!崇徳院の下の句や!」
「割れても末(月末)に 買わんとぞ思う」             」

ちゃんちゃん...^^
でも...乙な恋ね♪...歌の教養がなきゃ...二人は結ばれなかったかもしれなかったんだもの...今の自由恋愛よりも味わい深いっていうか...奥ゆかしいっていうか...動物的でないっていうか...
今でもこんな段階踏まなきゃ成立しないなら...みんな古典は必至に覚えるだろね...^^;v
面倒くささからの脱却から便利さを追求してきたわけだけど...上品さは不便さの追求でもあるわけで...その意味では...下品/破廉恥に堕してきたとも言える...^^;?
恋はやっぱり病気...恋患い...いまだ有効な薬なんて見つかってません...Orz...

人は恋した時、胸がキューンと締まる感覚になる。その人の事を想う時、胸が詰まり、苦しくなる。その人に面した時、心臓が早鐘のように鳴り、破裂しそうになる。患いという字は心臓を串刺しにした状態である。漢字は上手く出来ている。
恋をして、その想いを相手に告げられない時は、その想いが募れば募る程胸がキューンとなって、心臓が串刺しになる。頭の中は相手への想いで一杯になる。何処を見ても視界の先に相手がいる。何もかも相手に見えてくる。幻状態だ。思考能力は幻に占領される。食欲は減少し、睡眠時間も幻に奪われる。真しく、頭脳・視覚・聴覚・味覚と次々に乱れ、病状態である。恋をする事は素敵な事なのに、何故こうも苦しく、病状態になるのであろうか。
恋患いは病院に行っても受付の科が無い。温泉に行って名湯に浸かっても治らない。どんな妙薬も効きめがない。恋患いは人やモノに頼っても何の意味もないのだ。
恋患いは病ではない。病の症状に似ている丈なのである。この恋患いは、その想いが相手に通じ、相手が受け容れてくれた時、消滅する。一方通行の間だけ起きる現象なのである。
想いが相手に通じ、二人は交際を始める。恋は愛に発展する。相思相愛である。幻が現実となり、相手の事を想う時、胸が熱くなり心が躍る。血流が良くなり肌が艶々と光る。何を食べても美味しく、何を見ても綺麗に見える。周りの事が気にならなくなり、その寛大な心は少々の事では腹が立たなくなる。人に優しくなる。悩みは無くなり、幸福一杯になる。愛は人を育む。愛は人を成長させる。病には罹らない。病が発生しない。
と、順調にいけば良いのだが、その想いが通じない時、恋患いは頂点に向かい、不幸のどん底へと落ちていく。悶え、苦しみ、身を焦がす。身も心もボロボロになり、ホンモノの病に罹る。胃や肝臓や肺に疾患が生じ、病院が受け付けてくれる。対症療法で、それ以上悪化しないように努力してくれる。しかし、治る訳ではない。失恋の痛みを止めてくれる訳ではない。  
痛み止めはないものか――」

So do I...^^;v
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       http://shashin-haiku.jp/taxonomy/tag/856?page=3 より Orz〜

「秋の蝶 恋患いに 涙して 焦がれて燃えて 燃えて焦がれて  ぼたん」

この歌もいいなぁ...♪
生きたまま灰になっちゃうんだ...^^...それを人は廃人(灰人/俳人 ^^;)と呼ぶ...Orz...


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