アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

すべらない話

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茶室の椿事...

茶室の椿事
良寛は時おり茶会に招かれることがあった。今でも、もとは解良(けら)家にあったという良寛在世のときからの茶室が原田家邸内に移築保存されている。・・・

http://ryoukankai.up.seesaa.net/zenkoku/haradake-tyasitu-thumbnail2.jpg栄重(よししげ)の『奇話』二十七段が描いたその茶会は、いわゆる濃い茶で、ひとつの茶碗に盛られたドロドロの緑茶を口で小刻みに吸って適度に飲み、次にまわす作法である。ところが良寛は、自分のところにきた茶碗をガブリと飲み干してしまった。しかし、良寛の次にはまだ客が控えている。
                                  原田家茶室
それに気づいた良寛は、その口に含んでいた茶を碗に吐き出し、次の客にまわしたと。次席の客はどうしたか。ナムアミダブツと念仏を唱えてそれを飲んだ、と後に良寛が栄重に語って聞かせたという椿事(ちんじ)・・・ http://ryoukankai.up.seesaa.net/zenkoku/tyasitu-naibu-thumbnail2.jpg良寛はただ反射的にか、口に含んだ茶を碗に吐き出した。次客は、良寛のルール違反を克服するのに念仏をもってしたというのは、どこかほろ苦くて、おかしみがある。それに続いて、同じ茶席での奇行は『奇話』二十八段にある。客の居ならぶ茶席で良寛は、鼻の穴に指をつっこんで鼻くそを取り、それを指で丸め、気づかれないようひそかに自分の席の右側に置こうとした。良寛が何をしているかは、狭い茶室の中ではお見通しだ。右側の客は良寛の右側の袖口を引き鼻くそを置かせまいと制止する。右側がまずければ左側に、と持ちかえて左側に置こうとする。左側の客も袖口を引いて置かせまいとする。無言の拒絶にあった良寛は、仕方なくその鼻くそを自分の鼻の穴に戻して置いたという滑稽な話。濃い茶を飲み干したのは、不注意でついつい過ったのだという申し開きの余地は十分にあるが、同じ席での鼻くそ話を聞けば、あきらかに良寛は茶室でおどけを演じているとわかる。これは何かの寓意を示すため、わざとなした態度であったにちがいない。それは何の寓意だったか。
そのヒントは、茶の湯の歴史をひもとけばつかめるかもしれない。ただの清涼飲料であったお茶が、堺の商人から出て宗匠となった利休
(りきゅう)により、格式も高い「わび・さび」の風流にまで変容して既に五百年になる。だから茶の湯を点(た)てるとは「茶芸」ではなくして「茶道」なのである。歌の道と同じようなレベルの高い茶の道は利休によって確立されたのである。茶道とは単なる喫茶を越えた、多分に美意識を伴う精神の儀式というものになり変わった。でたらめで筋道が立たず、異常に程度のひどいことを「無茶苦茶」の漢字をあてて表現する。これは精神の理路を正すべき茶の湯の効用を裏側から言いあてた例だが、これを見ても茶道の何たるかがナットクできる。
余談になるが、利休の茶の点前
(てまえ)にはキリスト教のミサ[聖餐式(せいさんしき)]の手順を摂り入れてある。これはあまり知られていない。茶道こそ日本の伝統的なものと固く信じて疑わない日本人なら、茶道がキリスト教の影響を受けるはずはないと思うだろうが、その双方の儀式を知る人ならばハタと思いあたるところはあるはず。
利休の前に茶人なく、後にも茶人なしといえるほど、利休の茶にはほかの誰にも真似のできない意外性を取り入れている。利休の「七哲
(しちてつ)」と呼ばれる、高山右近(うこん)・蒲生氏郷(がもううじさと)・細川三斎(さんさい)・古田織部(おりべ)らの七人の弟子は皆すべて武人で、キリシタンに関係が深かった。それらの弟子にとり囲まれていた利休は、神秘的なミサの儀式をたちまち茶の湯に応用した。信長とその後の秀吉に仕えた利休の茶の湯は、政治や権力と密接にかかわり、もはや天下びとにとっても政治的な戦略の道具としてなくてはならないものになった。飲みまわしの濃い茶という形式をはじめたのは利休だといわれる。濃い茶の飲みまわしは「一味同心」の感情をよびさます。お茶でなくとも「一味神水」のまわし飲みは、農民一揆など連帯感を強める儀式として日本にも古くからある。
静寂の境に集まった者たちは団結を誓ったのち、次なる飛躍をめざして踏み出す境界に茶の湯の意義がある。この安息と緊張という精神の節度なしに茶の湯の効用というものはなきに等しい。それはちょうどキリストの「最後の晩餐」を儀式化し、パンとぶどう酒を飲みまわすミサの息づまる緊張と同じくらいの緊張を求められた。
日本人にとってキリスト教は新しかったが、すでに二千年の歴史をもつ。茶の湯はたかだか五百年。それでも利休は、日本の数奇を伝統にした「不易」なるものの中に、キリスト教の儀式を「流行」として摂り入れ、それによって新しい様式を生み出した。南蛮渡来の文化は新鮮で刺激的でもあったからだが、そこに利休の創造性の秘密がひそんでいる。
わが良寛は「茶人くさきはなし」を嫌って「戒語
(かいご)」に書きとめている。茶の湯も、利休が作り出したときのような緊張感もなく、単なるお稽古ごととして形骸化し、ただの形式作法に流れていることを忌避したい気持ちが強かった。濃い茶の飲みまわしは茶室に参集した者たちの強い連帯の絆を求めるものである。しかし、吐き出したお茶が汚いからとて「ナムアミダブツ」の念仏で飲むとは心外なこと、という思いがあったろう。書家の書、歌人の歌、料理人の料理をきらったほどの良寛だもの、茶の湯の由来も知らず、軽い気持ちで列席する人には一泡ふかせてやろうとしたのかも。」

*人にとって必要に迫られ作られた、人のためのルールでしかなっかたはずだのに、知らぬ間に人はそのルールを金科玉条のように奉ってる/縛られててしまってる...そんな逆転の構図に気付けよって...そんなの滑稽だろって...ことですよねぇ?
茶道も葬式仏教も政治も...医者も看護師も公務員も...無茶苦茶になってやしないだろうかって...喫茶/喫コーヒー/喫煙しながら...思いを馳せる余裕が欲しいもの...^^;...

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