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以下のサイトの落語を知った ^^
そこのサワリの言葉の応酬を引用させていただいた...Orz〜
医者「これ、そこの魚屋」
熊「へ?あっしですかい?」
医者「そう、そなたじゃ、風邪を引いたな」
熊「分かりますか」
医者「分かるとも。これでも医者じゃ」
熊「そりゃよかった。じゃあちょっと診ておくんなさいよ。流行の風邪なら大変なんだ。まだ死にたくはねえ。助けておくんなさい」
医者「では診てしんぜよう。でも風邪は治せても、死ぬのは止められないぞ」
熊「そりゃま、そうでしょうけど、今はまだ死にたくねえんでさあ」
医者「だがな、風邪は治っても、その心はどうするつもりじゃ?」
熊「心をどうするってねえ、風邪さえ治してくれたらそれ以上の野暮は言わねえや……」
医者「いや、今風邪で死ぬのを逃れても、いずれまた死ぬ羽目になる。また慌てふためくぞ。だから急ぎ解決すべきは、後生真っ暗なその心のほうではないか?」
熊「何だか難しい話になってきたねえお医者さん。でもあんたの言うとおりかもしれねえな。死なずに済んだのを助かったてえなら、風邪が治ったところで助かったわけじゃねえ。死ぬのがちょっと先送りになっただけだもんな」
医者「さよう。助かったといっても、一時助かったにすぎんのだ。この辺の漁師さんから聞いたことじゃがな、お父つぁんも爺さんも皆代々、漁に出て海で亡くなったんだそうだ。だから『そんな恐ろしい海に、よく毎日平気で漁に出られるのう』って言ったんじゃよ」
熊「すると?」
医者「その漁師が、『じゃあ、あんたのお父さんはどこで死んだんだ?』って言うからな、『そりゃ畳の上だ』『じゃあおじいさんは?』『やっぱり畳だ』。するとこう言うんだ。『そんな恐ろしい畳の上で、あんたよく平気で寝ておれるねえ』だとさ」
熊「ははは、なるほど。どこにおろうが死は免れねえってわけか。そりゃ道理だ」
医者「死の縁無量だ。だから、いつ死が来ようと往生一定、一切が障りとならない身になることこそ、急がねばならぬ最大事なんじゃよ」 」 「臨終にならないと分からぬ救いでは、死ぬまで安心できないではありませんか。
臨終にも阿弥陀如来の本願に救い摂られなかったならば、後生は一大事。問題は、臨終の相ではなく、平生に後生の一大事が解決できているかどうか、です。 親鸞聖人のみ教えの一枚看板は、 「平生業成」(へいぜい ごうじょう) と言われます。 「平生、生きている間に、人生の大事業が完成する」 という意味です。 「人間に生れてよかったー! 仏法が聞けてよかったー!! 自殺しようと思ったこともあったが、死ななくて本当によかった。 この身に救われるために、人間界に生を受けたのか・・・・・・。 今、ハッキリ知らされたー!」 というときがある。 人生の目的を果たしたときです。」 *いつもわたしが言ってるように...一寸先は闇/明日は我が身...だから、いつお迎えがきても従容として逝ける/あれもしておけばよかったなんて後悔しないためには、自分がしたいことを欲することをいましてなけりゃいけないんだって...嫌なことをする時間なんて残されてない...自分がやりたいことは何かがわかってる人は幸いかな...そうでない人は少なくとも、嫌なことはしちゃいけない/そんな暇はないはずなのよ!! 「No !!」と言いなさい!! 他人のために「Yes!!」と言い、献身的に尽くして生きるのは...楽な生き方だと...殉教者のように...恍惚になれるから...他人を利用した利己的な生き方のようにわたしは思えて仕方ない...自分とまじで向かってない...他人を利用しないで自分の欲望を追求するなら...他人に多大な迷惑をかけちゃうかもしれない...でも、それはお互い様...衝突を避けながら、どっち付かずの手打ちをし続けて生きるのって、嘘っぱちな生き方...
自分で選んで、自分の手で掴んで生きる...結果は別もののはず...なでしこJapanのような栄光を手にできなくても...アメリカチームは悔しくって泣いて酒を浴びたかふて食いしたか ^^; Orz...知らないけれど...お互いの欲望は優勝カップを手に入れることだった...それが相手に渡ってしまったからといって...悔しいだろうが...それまでの努力が無になったわけじゃない...フェアに戦える相手がいる喜びを感じられただろうし...また、チャレンジする相手に恵まれたとも言える...坂の上の雲を目指してる限り、精神はぶれない/弛緩しない...いい緊張感で人生を駆け上れるってものじゃない ? 日本がそうして来たように...歴史は繰り返す...人間のすなる道はどうも同じみたいだね...^^;
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