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*きょう、藤原正彦氏の「天才の栄光と挫折」のYou tube 観てて遭遇したエヴァリスト・ガロアの最後の言葉!!...20歳にしてはなんという覚悟!!
藤原氏は...「ふつうは決闘の前の日に論文は書かない...銃の練習をするだろう...それかよっぽど死にたかったのかもしれない...数学は永遠に不滅なものとしてこの世に残そうとしたのだろう...」とおっしゃられた...
彼は、友人宛に送った最後にしたためた論文をフランスの学者の仕打ちにはさすがに辟易したんだろう、ドイツのガウスか誰だったかにこの論文が正しいかどうかはどうでもいいけれど、自分が命がけで考えてきたことが意味のあることだったのかどうかの確認をしてもらいたいという望みを書いてた...」って!!
最高に燃えることができたなら...死ねる=灰になれるってこと...
長生きすることだけに価値を見いだせないわたしがいる...^^;...Orz...
「天才と狂気 エヴァリスト・ガロア(Évariste Galois 1811.10.25-1832.5.31) フランス 若き天才という言葉がこれほど似合う人はいません。奔放と無謀、高慢と失意をとりまいた、愚者たちの嫉妬と無能。悲劇としか言いようがない生涯でした。 ガロアは富裕な農家に生まれ、教養ある共和主義者の両親に育てられました。 フランス革命の動乱からいくらも経っていないこの時期、彼も時代の中で反政府運動に浸ります。彼の天才が発揮されたのは、10台後半でした。しかし、彼は終生不運につきまとわれます。高等理工科学校の入試に落ちた時、驚愕したのは彼ではなく彼を取り巻くすべての彼を知る人たちでした。コーシーに対して提出した論文は、忘れられ、紛失されました。彼には怒りだけが醸成されました。二度目の入試の時、無能な試験管に対し怒りのあまり黒板消しを投げた伝説は有名です。政治上の些細な恨みを買い、商売女がらみの罠に落ち、ピストルで決闘することを承諾させられました。腹を打ち抜かれた彼は無惨にもそのまま放置され、数時間後に通りかかった農民に病院に担ぎ込まれます。 「泣くな。20才で死ぬにはありったけの勇気がいるものだよ」 彼は激痛の中で、泣き叫ぶ弟を慰めました。享年20才7ヶ月。 決闘の前日、「時間がない...時間がない!」と悲痛なメモを残しながら書き殴ったノートに、後世の数学者は永遠の評価を捧げたと言います。『ガロア理論』として知られる特殊な方程式の解法と、「場」の理論の開拓者の、あまりにも早い死でした。」 |

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