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これも、藤原正彦氏のYou tube で知った言葉♪
ニュートンは匿名で書籍を平気で出版してたらしい...奇癖の一つとして有名らしい...^^;
「私は仮説をつくらない アイザック・ニュートン (Sir Isaac Newton 1642.12.25〜1727.3.20) イングランド 言わずとしれた、数学界の巨人です。彼の偉業は、数学に関するあらゆる分野に及びます。 老人となってからの彼の意固地な頑固さは有名ですが、偉大な人物であったことは間違いない。 晩年、ライプニッツとベルヌーイが出した意地悪な難問に、ヨーロッパ中の数学者たちが半年呻吟していたさなか、それを聞きつけたニュートンは忙しい仕事の後の夕食後にそれを解き、匿名で解答を送りました。ベルヌーイは一目見るなりこう叫んだそうです。
「ああ、ライオンはその爪を見ただけでわかる!」 彼は、結石で苦しみ、咳で衰弱し、浅い眠りの中で死にました。享年85才。」
藤原氏のお話では...彼は3歳で母の愛を牧師に奪われ...彼の孤独を癒すために教会を通さず神の声を聞くために晩年の聖書の研究やら錬金術に嵌ったんだって...和算が微分積分の行きまで達してたのにそれ以上進まなかったのは...神が宇宙を作ったからには美しいものに違いないというキリスト教という偏見の勝利だったに違いないって...ハレー彗星を見つけて惑星の運動の問題を彼に尋ねたことが再びニュートンに数学に没入させるきっかけを作ることになったらしく(41歳からの著作期間の3年間に笑ったのは1°だけだったらしい...)...そのあと完成したのが数学を初めて科学に応用したという「プリンキピア」という金字塔...著作年の1687年7月5日が近代科学の始まりになったという...♪...50歳からはノイローゼになったって...さすがに溢れ出てた泉も枯れたことによるのだろうと推測されてた...ちなみに、彼は一生涯独身だったらしい...
何かと引き換えとして天はジーニアスというギフトを贈るのだろうか...Orz...
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ノーベルミュージアムに行ったら彼の言葉「もし私がより遠くを見渡していたとしたら
それは多分過去の巨人の肩に乗っていたからだ」という言葉がカフェの壁に書かれていました
天才にしてこの謙虚さ 凡人は恥ずかしいですね
2012/5/5(土) 午前 1:53
>あかんぽんさんへ ^^
ノーベルミュージアムのカフィーは日本のよりやっぱり美味かったのかなぁ?...^^
『巨人の星』じゃなくって ^^...『巨人の肩』の話聞いたことあります...
少し調べてみたらば...
「1669年から1672年にかけての講義が、後の「光学」(1704年)のもとになる。本当はこの時期に「光学講義」として出版したかったようだ。ニュートンはこの頃、反射望遠鏡も自作している。この望遠鏡は大評判となり、これがきっかけで1672年にロンドンの王立協会(1660年創設、初めての「学会(学界)」といってもよい)の会員に選出された。ここで、最初のライバル、ロバート・フックと対することになる。↓
2012/5/5(土) 午前 11:23 [ スモークマン ]
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王立協会員になったニュートンは、さっそく自分の光の理論を王立協会で発表しようとした。ニュートンの論文を読んだフックは、これらはすべて既に自分が考えたことで、目新しいことは何もない。まちがっているところもあると論評した。以後、ニュートンとフックの光学論争は4年あまりも続くことになる。ニュートンは自分の学説がすんなり発表できなかったことで、その後研究の公表には異常に慎重になる。このときのニュートンからフックに宛てた手紙(1675/76年=旧新暦のずれ)の中で有名な、「もし私が、より遠くを眺めることができたとしたら、それは巨人の肩に乗ったからです。」がある。
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2012/5/5(土) 午前 11:24 [ スモークマン ]
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これは、表面的にはニュートンの謙虚さを示すものではあるが、背骨の曲がった醜い小男フックを揶揄するものであるという解釈(フックの肩には乗っていないという解釈)もある。なお、「巨人の肩に云々」という表現は、当時の一般的な成句(科学翻訳家・青木薫氏のページ参照)で、ニュートンが初めて使った言葉ではない。・・・」http://www.s-yamaga.jp/nanimono/sonota/newton.htm より...
テクストのなかでいかようにも解釈できるものですよねぇ...^^;...Orz〜
2012/5/5(土) 午前 11:25 [ スモークマン ]