アットランダム≒ブリコラージュ

「転ぶな、風邪ひくな、義理を欠け」(長寿の心得...岸信介) /「食う、寝る、出す、風呂」(在宅生活4つの柱)

今日の晩飯...^^;...

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うな重カムバック☆

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たぶん今年度最後の青うな重♪
蛋白で免疫力つけて、ビタミンB1でブドウ糖のTCAサイクルを回して、ビタミンEで抗酸化作用まで得られる!! まさに栄養の宝庫あるね♪
食べて美味しく感じるものには必須栄養素が詰まってるのよ…
脳は必須なものを取らせるために"旨い!!"という快感を与えてる…
so...食欲が維持される…

子々孫々と残すために面倒なものかも知れない ^^; SEXという必須なものを脳は"気持ちいい""="エクスタシー"ってな快感(恍惚)と感じさせその営みを永続させてる…^^…so...性欲がキープされる…

眠くなくなればずっと仕事も遊びも続けられるのに…眠くなってしまう…
これは...別にわたしゃ快感を感じるわけじゃないのに...眠くて眠くて…
so...脳のサボタージュ...脳が欲する睡眠欲あるね…^^;

かくして、脳のなされるがままに人は動かされてる…のよ!!

but...唯一脳さえ抗えないものが…「死」…
脳が「NO!!」といくら叫ぼうが...脳とは独立した人のアポトーシスともいえるより大きなる原理で…
ゼンマイの切れたロボットのように(古い!!)ぴたりとその動きは止まる…
止まったのかどうかも確認できる脳はもはやいてない...
そして…再びゼンマイが巻かれたとき前の記憶がそのまま残っているのかどうかを確認できる前の脳はすでになく、たとえ同じ軌跡を描いたとしても...唯我独尊としか思えない新生脳として存在するしかない存在...いつも唯我独尊じゃん ^^…=わしゃ、まだ朝飯食ってないぞなもし...状態と同値 ^^;
脳もしょせん、有限の時間=泡沫の夢を見てる人工知能に過ぎないってわけで…
人生を楽しむのが一番と思ってるのはわたしなのか、脳がそうだからそう思わせられてるだけなのか…?

少なくともわたしに食べられた鰻は自分が食べられることの不条理さを考える脳じゃないと思いたいですわ…そうじゃないからこそ...鰻の霊に祟られたってな話はないわけで...牛だって、クジラだって、うらめしや〜ってでて来たってな画像はYouTubeでも見たことないバッテン...生もなければ死もなく…
何かのプログラムで動いてる…無機質的な生物...生きる有機物…

そんなに変わるものでもない命の存在形態の違いだけというドングリの背比べなら…
あの世もこの世も、幽霊も、霊魂も、…
脳に紡ぎ出されただけのイリュージョン=幻影…
煩悩も苦痛も...火もまた涼しも
脳の勝手なイメージに過ぎない代物なのかもね…
その意味で言うと…「暑さ寒さも此岸まで」ってのが正確よね?…
彼岸にゃそんなものはな〜んにもない涅槃と言うところなんだからなんべさ?…

脳が現出させてる眼前のこの世界というプラネタリウムってのは…
バーチャルリアリティと何ら変わる所なし ^^

ダヴィンチに執刀してもらいますか?
神の手の名医に執刀してもらいますか?…
名人にも勝っちゃう人工知能の方を選んじゃう時代はもうそこまでやって来てる…?

鰻を食しながら…邯鄲の夢を見ちゃったのも脳のランダムな明滅のなせる技あるね…Orz…


「邯鄲(かんたん)の夢」という有名な中国の故事がある。
盧生(ろせい)という若者が一旗揚げようと邯鄲に向かって旅をしていた。途中のある町で、昼飯を食べるため一軒の店に入ったとき、そこにいた老人に自分のこれからの夢を話した。老人は若者の話を興味深く聞いてくれたが、飯ができるまで一休みするようにと枕を貸してくれた。若者が枕をあてると、すぐにうつらうつらし始めた。夢の中で、地位も名誉も財産も持ち、美しい妻や5人の子供に囲まれ、大きな屋敷住んでいる自分自身の姿、50年にわたる波瀾万丈の成功物語を見ていた。
誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。「さあ、食事ができましたよ」。その声で若者は目を覚ました。その途端、今まで見ていた屋敷も何もかもが消え、そこにいるのはただのみすぼらしい身なりの自分自身であった。若者は驚いた。老人は若者が何に驚いているのかを知っていた。
自分が今見ていた夢、50年にも渡るあの波瀾万丈のドラマは、粟が煮えるまでのつかの間の出来事に過ぎなかったのか。彼は自分の抱いていた夢のはかなさに気がつき、邯鄲に行くのをやめ、故郷に戻ったという話である。
これは、一般には栄枯盛衰のはかなさを象徴した話として知られている。またそれと同時に、どのような波瀾万丈のドラマチックな生涯をおくろうと、過ぎてしまった時間を後から振り返れば、ほんの束の間の出来事に過ぎなかったと感じる「時の流れの不思議」を語っているのだろう。八十歳まで生きても、百歳でも、自分の人生を振り返ったとき、それが一瞬の出来事、まさに「一炊(いっすい)の夢」と変わらない短さに驚くはずだ。二百歳でも同じこと。千年であっても、十万年であっても、時間を後から振り返ったときは同じことが起きる。・・・」


画像:http://sunahara.exblog.jp/23187725/ より 引用 Orz〜
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邯鄲男の能面は岩崎久人作

この故事を題材とした謡曲『邯鄲』はよく知られる。能面の『邯鄲男』はこの曲に使うために作られた。「人生とは何ぞや」と、思い通りにならない現実に悩む憂愁味を偲ばせる若い男の面だ。

物語は、蜀の国の青年盧生は官吏登用試験に落ちるなどままならない人生の問題に悩み求道の旅に出て邯鄲の里で泊まる。宿の女主人の勧めで仙人が置いていった『邯鄲の枕』を借りて午睡をとる。すると楚国の王からの迎えが来て、盧生は王位にのぼり、50年の栄華の生活を送った。ところが見たのは、宿の女主人が粟の飯を炊く間に過ぎなかった。

「百年の歓楽も、命終れば夢ぞかし、五十年の栄華こそ、身のためにはこれまでなり。栄華の望みも齢の長さも、五十年の歓楽も、王位になれば、これまでなり。げに、何事も一炊の夢」と、枕を見つめる。
そして、「げにありがたや邯鄲の、夢の世ぞと悟り得て、望みかなへて帰りけり」・・・」

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