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画像:https://ameblo.jp/umesadao/entry-12416969121.html より 引用 Orz〜
(けいろく) たいして役にはたたないが、捨てるには惜しいもの。 https://rekijin.com/?p=5609 より 引用 Orz〜
「三国志には、割と食べ物がよく出てくる。中でも有名なのが本コラムの第2回で紹介した饅頭(まんじゅう)、それと今回の鶏肋(けいろく)の逸話だ。 吉川英治『三国志』から、その場面を引用してみよう。
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こよいも彼は、関城(かんじょう)の一室に籠って、ひとり頬杖ついて考えこんでいた。ところへ、膳部の官人が、「お食事を……」と、畏る畏る膳を供えてさがって行った。曹操は思案顔のまま喰べはじめた。温かい盒(ごう)の蓋(ふた)をとると、彼のすきな鶏のやわらか煮(に)が入っていた。 喰(く)らえども味わいを知らずであろう。彼は鶏の肋(あばら)をほぐしつつ口へ入れていた。すると、夏侯惇(かこうとん)が、帳(とばり)を払って、うしろに立ち、「こよいの用心布令(ぶれ)は、何と布令(ふれ)ましょうか」と、たずねた。これは毎夕定刻に、彼の指令を仰ぐことになっている。つまり夜中の警備方針である。曹操は何の気なしに、「鶏肋(けいろく)鶏肋(けいろく)」と、つぶやいた。========================この「鶏肋」という言葉の意味を理解できたのは、楊修(ようしゅう)という人物だけ。鶏肋(鶏のアバラ)は「良いダシが出るため捨てるには惜しいが、食べても身は無い」という意味に解釈し、撤退の準備を指示したという。・・・ちなみに、鶏肉スープは、昔の中国では羹(あつもの)と呼ばれた。このうち、羊(ひつじ)肉を使ったものを羊羹(ようかん)という。食べずに放置しておくと、冷めて油脂がゼリーのように固まる。「煮こごり」と呼ばれる状態だ。これが贅沢品として、点心(おやつ)に食されるようになった。やがて、肉を食べないお坊さんが甘い味付けにしたものが、今に知られる小豆の「ようかん」になったという。 」 「 【噴水台】 ニワトリのあばら骨(鶏肋)2005年07月12日21時01分 [ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
建安24年に曹操は、漢中の地を取りもどすため、劉備と一戦を交えた。簡単に勝てるだろうとの予測とは裏腹に、持久戦になるにつれ、曹操の軍の勝算は段々と減った。 曹操は、内心軍の撤退を考えたが、名分がないうえ、プライドも傷つけられた。 悩んでいる曹操に、夕食として鶏肉のスープ(鶏湯)が差しだされた。 曹操は、スープの中にあるニワトリのあばら骨を見ては、その日の軍令を「ニワトリのあばら骨(鶏肋)」に決めた。 捨てるには惜しいが、食うほどの肉はないニワトリのあばら骨に漢中の地をたとえ、軍の撤退を望んでいることを、プライドを傷つけずに伝えたのだ。 曹操麾下(きか)の優れた才人だった楊修だけが、主君の考えが「軍の撤退」にあることを感じ取り、行装を整えた。 そのうち楊修の説明を耳にはさんだ将帥らが、帰る支度をし、騒々しくなった。 曹操は、軍紀を乱れさせた罪を問うって楊修を殺し、それを口実に軍を撤退させた。 鶏肋のアイデアで名分と実利をともに手にすることができたわけだ。 ヘンリー・キッシンジャーは、米国の国益を何よりも重視した「キッシンジャー外交」で有名だ。 73年1月、キッシンジャーはパリで、北ベトナムの交渉代表レ・ドク・ト(黎徳寿)を相手に、巧みな話術を駆使して、停戦協定を成功させ、軍を撤退させた。 勝算も名分もない戦争を終えさせた功労で、キッシンジャーは同年、ノーベル平和賞まで受けた。 」
*いずれも知らなかったわ ^^;v
わたしのブログも鶏肋みたいなものでんなぁ ^^...
問題18655・・・https://blog.goo.ne.jp/difkou/e/1cbca2b2bd08691760b438fa05b70c32 より 引用 Orz〜
解答
・わたしの...
3!+3!/3=8
^^ |

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